173 / 343
主任補佐と新入社員と、距離感ゼロの恋未満
となりの席が、呼吸のリズム
しおりを挟む
週明けの月曜、午後一番。
営業部と総務広報部の合同で行われる社内交流イベントが会議室で行われていた。
テーマは「チームワークとコミュニケーション強化」。
普段あまり関わらない部署同士で、グループワークや意見交換を行う、という名目のものだった。
丸テーブルがいくつか並べられた部屋に、社員たちが順に着席していく。
佐倉は資料を片手に、指定された席番号を探した。
席次表は山野の手配によるものだという話だったが、佐倉は特に気にせず、淡々と席に向かう。
席に近づくと、すでにひとり座っていた。
瀬戸だった。
スーツのネクタイを少しだけゆるめて、手元の資料に目を落としている。
佐倉の気配に気づいたのか、すっと顔を上げて微笑んだ。
「佐倉さん。隣、なんですね」
「おう、たまたまか?」
「さあ……僕も、配られたまま座っただけなので」
瀬戸は穏やかな声でそう答えた。
その声を聞いた瞬間、佐倉は思わず目を伏せた。
低く、静かで、落ち着いた響き。
聞き慣れているはずの声なのに、なぜか今日は耳に心地よすぎて、少しだけ呼吸のリズムが変わった気がした。
向かいの席では、広報部の山野がにこにこと笑っていた。
視線が合うと、わずかに親指を立てた気がしたが、佐倉は見なかったことにした。
席に着き、テーブルに手を置く。
その距離、約三十センチ。
何の変哲もないはずの隣席なのに、なぜか体温を感じる距離だった。
「これ、どんな内容なんやろな」
佐倉が小声でつぶやくと、瀬戸は手元の資料を指さして答えた。
「前半はアイスブレイク。後半は部署間での業務改善案について、ディスカッションみたいです」
「よう読んでるな。ほんま、真面目やわ」
「いえ、佐倉さんが困らないように、と思っただけです」
何気なく落とされたその一言に、佐倉の心臓が一瞬だけ高鳴った。
なんでそんなふうに言えるんやろう。
嫌味でもなく、照れもなく。
ただ、まっすぐに。
その声が、やけに近い。
耳の奥に届いて、鼓膜の裏側までじんわりと染み込んでくるような。
「……お前の声って、ええな」
言葉が、ふいに口を突いて出た。
瀬戸が驚いたように目を瞬いた。
佐倉も自分の言葉に遅れて驚いた。
「え、あ、ごめん。変な意味ちゃうねん。なんていうか……落ち着くっちゅうか」
「ありがとうございます」
瀬戸は、少しだけ笑った。
その笑みが、佐倉の胸にまたひとつ小さな波を立てた。
視線をそらすように、佐倉は会議室の壁を眺めた。
そこに貼られたスローガン「つながるチーム、築く未来」が、やけに目についた。
つながる、なんて言葉。
仕事のためにあるようで、どこか私的な意味を帯びて聞こえるのは、
隣に瀬戸がいるからだ。
肩が、ほんの少し近い。
呼吸が、自然に合っている。
これが“居心地の良さ”ってやつか。
誰かと並んでいて、気を遣わずにいられる感じ。
佐倉は無意識に視線を瀬戸に戻した。
端整な横顔。
睫毛の影。
指先がページをめくる仕草。
すべてが、自分の視界に馴染んでいて、
今さら“特別”じゃないふりをするのが難しくなってきていた。
――これ、もう“好き”って言ってもええんちゃうか。
そんな考えが、ふと浮かんで、すぐにかき消した。
まだ、言わない。
言ってしまえば、何かが変わる気がして。
でも、この時間が続けばいいと、そう思っていた。
会議室の後方。
山野はひとり、後ろの席からふたりのやりとりを見守っていた。
隣の席を指定したのは自分だ。
この絶妙な距離と、照明の角度と、空調の柔らかさ。
すべて計算ずくだ。
ふたりの会話が弾んだ瞬間、山野は手元のメモに「勝利」と書き、ペンを置いた。
その心の声は、もちろんふたりには届いていない。
けれど、この隣同士という席に意味を見出したのは、佐倉も、瀬戸も、すでに感じはじめていた。
誰よりも近くにいて、誰よりも静かに、心に触れてくる距離。
それが、いまここにあった。
営業部と総務広報部の合同で行われる社内交流イベントが会議室で行われていた。
テーマは「チームワークとコミュニケーション強化」。
普段あまり関わらない部署同士で、グループワークや意見交換を行う、という名目のものだった。
丸テーブルがいくつか並べられた部屋に、社員たちが順に着席していく。
佐倉は資料を片手に、指定された席番号を探した。
席次表は山野の手配によるものだという話だったが、佐倉は特に気にせず、淡々と席に向かう。
席に近づくと、すでにひとり座っていた。
瀬戸だった。
スーツのネクタイを少しだけゆるめて、手元の資料に目を落としている。
佐倉の気配に気づいたのか、すっと顔を上げて微笑んだ。
「佐倉さん。隣、なんですね」
「おう、たまたまか?」
「さあ……僕も、配られたまま座っただけなので」
瀬戸は穏やかな声でそう答えた。
その声を聞いた瞬間、佐倉は思わず目を伏せた。
低く、静かで、落ち着いた響き。
聞き慣れているはずの声なのに、なぜか今日は耳に心地よすぎて、少しだけ呼吸のリズムが変わった気がした。
向かいの席では、広報部の山野がにこにこと笑っていた。
視線が合うと、わずかに親指を立てた気がしたが、佐倉は見なかったことにした。
席に着き、テーブルに手を置く。
その距離、約三十センチ。
何の変哲もないはずの隣席なのに、なぜか体温を感じる距離だった。
「これ、どんな内容なんやろな」
佐倉が小声でつぶやくと、瀬戸は手元の資料を指さして答えた。
「前半はアイスブレイク。後半は部署間での業務改善案について、ディスカッションみたいです」
「よう読んでるな。ほんま、真面目やわ」
「いえ、佐倉さんが困らないように、と思っただけです」
何気なく落とされたその一言に、佐倉の心臓が一瞬だけ高鳴った。
なんでそんなふうに言えるんやろう。
嫌味でもなく、照れもなく。
ただ、まっすぐに。
その声が、やけに近い。
耳の奥に届いて、鼓膜の裏側までじんわりと染み込んでくるような。
「……お前の声って、ええな」
言葉が、ふいに口を突いて出た。
瀬戸が驚いたように目を瞬いた。
佐倉も自分の言葉に遅れて驚いた。
「え、あ、ごめん。変な意味ちゃうねん。なんていうか……落ち着くっちゅうか」
「ありがとうございます」
瀬戸は、少しだけ笑った。
その笑みが、佐倉の胸にまたひとつ小さな波を立てた。
視線をそらすように、佐倉は会議室の壁を眺めた。
そこに貼られたスローガン「つながるチーム、築く未来」が、やけに目についた。
つながる、なんて言葉。
仕事のためにあるようで、どこか私的な意味を帯びて聞こえるのは、
隣に瀬戸がいるからだ。
肩が、ほんの少し近い。
呼吸が、自然に合っている。
これが“居心地の良さ”ってやつか。
誰かと並んでいて、気を遣わずにいられる感じ。
佐倉は無意識に視線を瀬戸に戻した。
端整な横顔。
睫毛の影。
指先がページをめくる仕草。
すべてが、自分の視界に馴染んでいて、
今さら“特別”じゃないふりをするのが難しくなってきていた。
――これ、もう“好き”って言ってもええんちゃうか。
そんな考えが、ふと浮かんで、すぐにかき消した。
まだ、言わない。
言ってしまえば、何かが変わる気がして。
でも、この時間が続けばいいと、そう思っていた。
会議室の後方。
山野はひとり、後ろの席からふたりのやりとりを見守っていた。
隣の席を指定したのは自分だ。
この絶妙な距離と、照明の角度と、空調の柔らかさ。
すべて計算ずくだ。
ふたりの会話が弾んだ瞬間、山野は手元のメモに「勝利」と書き、ペンを置いた。
その心の声は、もちろんふたりには届いていない。
けれど、この隣同士という席に意味を見出したのは、佐倉も、瀬戸も、すでに感じはじめていた。
誰よりも近くにいて、誰よりも静かに、心に触れてくる距離。
それが、いまここにあった。
32
あなたにおすすめの小説
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ワンナイトした男がハイスペ弁護士だったので付き合ってみることにした
おもちDX
BL
弁護士なのに未成年とシちゃった……!?と焦りつつ好きになったので突き進む攻めと、嘘をついて付き合ってみたら本気になっちゃってこじれる受けのお話。
初めてワンナイトした相手に即落ちした純情男 × 誰とも深い関係にならない遊び人の大学生
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
課長、甘やかさないでください!
鬼塚ベジータ
BL
地方支社に異動してきたのは、元日本代表のプロバレー選手・染谷拓海。だが彼は人を寄せつけず、無愛想で攻撃的な態度をとって孤立していた。
そんな染谷を受け入れたのは、穏やかで面倒見のいい課長・真木千歳だった。
15歳差の不器用なふたりが、職場という日常のなかで少しずつ育んでいく、臆病で真っ直ぐな大人の恋の物語。
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる