オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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主任補佐と新入社員と、距離感ゼロの恋未満

同じ部屋、音がやけに響く夜

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駅からタクシーで数分の場所にある、やや年季の入ったビジネスホテル。  
部屋の鍵を受け取り、フロントを後にしてエレベーターに乗り込む。  
静かな廊下の突き当たり、少し広めのツインルームがふたりの宿だった。

「入るで」  
佐倉がカードキーでドアを開けると、室内は既に暖房が入っていた。  
空調の機械音が規則正しく鳴っていて、それがかえって耳についた。

バッグをベッド横に置き、上着を脱いで壁に掛ける。  
ふと隣を見ると、瀬戸も無言のままスーツの袖をまくっていた。  
洗面台からは、手を洗う水音。  
それすらも、妙に大きく感じる。

静かだ。  
音がやけに響く。

いや、静かというよりも――沈黙が気になる。

ふたりのあいだに、これほどの沈黙があったことは今まであまりなかった。  
仕事の合間にも、気まずさを感じることはなかったのに。  
今日だけは違う。  
ホテルの部屋という空間のせいだろうか。

着替えを済ませた瀬戸が、部屋の隅のソファに腰を下ろした。  
佐倉はベッドの縁に腰かける。  
距離はそう遠くないのに、会話が生まれない。

テレビをつけるべきか迷ったが、リモコンには手を伸ばさなかった。

沈黙を破ったのは、佐倉だった。

「……お前、なんか黙ってんな」

「佐倉さんこそ、さっきから無言です」

「緊張してるの、バレたくなくて」

冗談のように言ったつもりだった。  
だが、口に出してしまうとそれが本音だったことに自分でも気づく。

瀬戸が顔を上げる。  
暗い照明の中、その瞳が少し揺れた。

「……俺もです」

その一言で、ようやく空気が少しやわらいだ。  
ふたりのあいだに張っていた緊張の膜が、ゆっくりと溶けていくのが分かった。

「まあ……考えてみたら、そりゃそうか。  
男ふたりでホテル泊まりとか、普通の関係なら緊張なんてせんわな」

「そうですね。普通の関係じゃないって、思ってるから」

はっきりとしたその言葉に、佐倉は一瞬まばたきを忘れた。  
瀬戸は笑っていなかった。  
まっすぐに、どこも誤魔化していない声音だった。

「……俺も、そう思ってる」

そう言ったあと、佐倉は自分の手のひらを見つめた。  
さっきまではあんなに落ち着いていたのに、今は指先がほんの少し震えている。  
この体の正直さが、情けないようで、どこか愛しくもあった。

ベッドの上で背を預けたとき、布団が少し沈んだ。  
瀬戸もまた、ソファから腰を上げ、もう片方のベッドに座る。

「電気、消しますね」

「ああ。頼む」

部屋が暗くなり、空調の音がまた一段と大きく感じられた。

横になっても、目を閉じても、眠気はこない。  
隣に瀬戸がいるというだけで、体が覚醒している。  
緊張とは少し違う。  
意識してしまう、という感覚。

数分後、ベッドのきしみ音が静かに鳴る。  
佐倉は目を開けず、聞き耳を立てるように呼吸を整えた。

「……佐倉さん」

瀬戸の声が低く、くぐもっていた。  
同じ部屋の中で、互いに見えない距離。  
それが妙にくすぐったかった。

「ん?」

「なんでも、ないです。……眠れそうですか」

「無理やろ。こんなん」

「ですよね」

ふたりして、微かに笑う。  
それだけで、少しだけ楽になった。

「なんか……お前が近くにおると、俺、平常心でおられへんわ」

「それ、俺のセリフです」

互いに顔を見ずに交わす言葉のあいだに、何があるのか。  
まだ言葉にはならない。  
けれど確かに、同じものを見つめていると思えた。

眠れない夜。  
でも、悪くない。

むしろ、こんな夜があるから、明日も隣にいたいと思える。  
そんなふうに感じた、静かな夜だった。
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