オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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主任補佐と新入社員と、距離感ゼロの恋未満

お前とおるとき、全部がちょうどええねん

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土曜の昼過ぎ、晴れた空の下をふたりで歩く。  
佐倉は両手に紙袋を、瀬戸はその横で傘立て用の小物を抱えていた。  
特別な予定があったわけではない。ただ、電球が切れかけていたのと、冷蔵庫が寂しくなっていたから、一緒に買い出しに出かけただけ。  

けれど、それだけのことが、佐倉には妙に心地よかった。  

家電量販店では、佐倉が値札を見て立ち止まれば、すぐ隣に瀬戸がいて「それ、セール期間入ってます」と教えてくれる。  
スーパーでは、佐倉が手に取った調味料を無言でカゴに入れ、瀬戸が後から「それ、家にまだ半分残ってますよ」と囁く。  

そんなやりとりが、笑いになる。  
何も決めなくても、歩幅が合う。  
カゴを持ち替えるタイミングも、お互い自然に分かる。  
混み合ったレジ前でも、少し後ろに下がってくれる瀬戸に、佐倉は何も言わずに視線を返す。  

会話は多くない。  
けれど、会話のいらないやりとりが、ふたりの間にはいつの間にか増えていた。

帰り道、駅までの坂道を登る途中で、佐倉が少し息をついた。  
スーパーの袋が重くなっていて、思わず苦笑する。  

「半分、持ちますよ」  

瀬戸が言って、自然に片手を差し出してくる。  
佐倉は、片方の袋を預けながら、ぼそりと呟いた。  

「お前、気がつくの、早すぎんねん」  

「佐倉さんが言わなくても分かること、けっこう多いです」  

「……お前、たまにずるいわ」

そんな会話を交わしながら、ふたりで歩く道は長く感じなかった。  

家に戻ると、佐倉は冷蔵庫の整理を始め、瀬戸は買ってきた電球を玄関の照明に取り付けた。  
それぞれが、それぞれの動きをしているのに、不思議とぶつかり合わない。  
動線が自然と組み上がっているようだった。  

リビングのテーブルに買ってきた飲み物を並べると、瀬戸がふとつぶやいた。

「……今日みたいな日が、ずっと続いたらいいなと思います」

佐倉は、その声に返すようにソファに腰を下ろした。  
座面に沈む体を支えるように背を伸ばし、何も言わずに窓の外を見た。

外では子どもの笑い声と、遠くの犬の鳴き声が交じっていた。  
休日の午後。  
何も起きない静かな時間。  

「お前とおるとき、全部がちょうどええねん」  

瀬戸が、少し驚いたように目を見開く。  

「え?」

「いや……一緒にいると、何かが“多すぎる”とか“足りひん”とか、そういうのがない。  
静かすぎもせんし、にぎやかすぎもせん。  
落ち着くし、気も抜けるし。……たぶん、ちょうどええって、こういうことやと思うんや」

それは、ふたりの今までの日々を思い返した結果だった。  
仕事の中で少しずつ育てた距離感。  
たくさんを語らなくても、伝わってしまう安心感。  
何気ない仕草に、嬉しさが積もっていく感覚。  

瀬戸はゆっくりと佐倉の隣に腰を下ろし、黙ってその言葉の余韻に身を委ねた。  

カーテンの隙間から差し込む午後の陽射しが、ふたりの膝を照らしている。  
テレビはつけていない。  
窓の外から入ってくる生活音だけが、やわらかく部屋を満たしていた。

「……佐倉さん」

瀬戸が、そっと手を伸ばした。  
佐倉の指先に自分の指を絡めていく。  
言葉も、前置きもない。  
ただ、その手に自分の想いを重ねるように、静かに握りしめた。

佐倉も、ゆっくりと手を握り返す。  
そのまま、背を預けるようにソファに沈む。  
重なった指が、呼吸にあわせてほんの少しだけ動いた。

言葉を交わさずとも、そこには確かな安心があった。  

“こうしていられる”ことが、ふたりにとっての答えだった。

そして、気づけば瀬戸の肩が佐倉の肩にそっともたれかかる。  
目を閉じて、深い呼吸に身をまかせている。

佐倉もまた、まぶたをゆっくりと落とした。

午後の静けさのなかで、ふたりの手は繋がれたまま、  
やわらかな眠りへと溶けていった。

全てがちょうどいい――そう思える時間のなかで。

【続】
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