オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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君が他人にモテるなんて、聞いてない〜ヨレ課長、初めてのモヤモヤ嫉妬

視線の余韻

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打ち合わせを終えて会議室を出ると、廊下には午前中とは少し違う空気が流れていた。  
照明は一定の明るさを保っていたが、どこか穏やかな静けさが漂っている。  
フロアの奥ではいくつかの打ち合わせが続いており、扉の隙間から聞こえる声が断片的に耳に入る。  
けれど、この一角は不思議なほど静まり返っていた。

エレベーターの前まで歩き、陽翔は振り返って軽く頭を下げた。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございました」

その所作に一切の無駄はなかった。  
礼儀正しく、けれど型通りすぎず、相手を見て言葉を紡いでいると分かる口調だった。  
朝比奈は立ち止まったまま、自然な笑みを浮かべて答える。

「こちらこそ。丁寧にご対応いただいて、ありがたかったです」  
「また、お話しできるのを楽しみにしています」

その言葉には社交辞令の響きもあったが、それ以上に、個人的な感情が少しだけ混ざっていた。  
そしてそれを自分で自覚していた。

陽翔はその言葉に一度目を合わせ、控えめに微笑んだ。  
その笑顔が、まっすぐで、まるで何の曇りもなかった。

ふと、朝比奈の胸の内に奇妙な感覚が走る。

その目だ、と彼女は思った。

一歩引くでもなく、必要以上に入り込むでもなく。  
ちょうどいい距離で、相手のことを見てくる目。

仕事のやりとりの中で、何度も人の目を見てきた。  
そのほとんどが、探りか防御か、もしくは自己主張を含んでいた。  
けれど、彼の目にはそれがなかった。

まっすぐで、でも押しつけがましくない。  
淡々としていながら、どこか温かいものを含んでいる。

それは、何かを守ろうとする人間の目だった。

朝比奈は無意識に、彼の顔をもう一度見た。

「……本当に、いい目をされてるのね」

そう言った自分に、少し驚きながら、慌てて付け加える。

「あ、変な意味じゃなくて。なんていうか…信頼できる目、っていうのかしら」

陽翔はわずかに目を見開き、少し戸惑ったような笑みを浮かべた。

「いえ…ありがとうございます。身に余るお言葉です」

一瞬だけの静かな空気が流れる。

エレベーターが静かに開いた。

陽翔が軽く会釈をして乗り込む。  
扉の前に立ったまま、彼は朝比奈の方をもう一度見た。

深く頭を下げることはなかった。  
ただ、目を合わせて、微かに口元を緩める。  
それだけで十分な挨拶だった。

そして、扉が閉まる。

それが、ほんの数秒の出来事だったのに、朝比奈にはずいぶん長く感じられた。

その場に立ち尽くし、扉が完全に閉まったあとも、そのまま動けずにいた。

目を閉じても、陽翔の視線が胸の奥に残っている気がした。

…あの目で見つめられたら、誰だって惹かれるわ。

朝比奈は、自分の中に芽生えていた感情をようやくはっきりと意識した。

それは、ただの好印象でもなければ、ビジネスパートナーとしての信頼でもない。

もっと個人的で、もっと不確かな、けれど否定しようのない興味。

彼の目には、何かがある。  
優しさと、まっすぐさと、誰かを想う強さと――それらがすべて、無言のままに浮かんでいた。

ビジネスの場で、こんな気持ちになるとは思っていなかった。  
ましてや、年下の担当者に対して。  
理性が制止をかけようとする。  
けれど、もう遅い。

あの目は、忘れられない。

…ビジネスだけで終わらせるには、ちょっと…もったいない。

その言葉が、胸の中で静かに形を持ったとき、朝比奈はようやくその場を離れる。

彼の名前を心の中で繰り返しながら、ゆっくりと会議室フロアを後にした。  
その背筋は相変わらず凛としていたが、歩調は少しだけゆるやかだった。
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