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実家に帰らせていただきます(なお、恋人付き)
兄へ、照れくさい報告
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昼休みの終わり際、榊は会社近くの公園のベンチに腰を下ろしていた。
あたりにはサラリーマンの昼食終わりの足音や、子どもを連れた母親の声が遠くで聞こえていたが、彼の頭の中は静まりかえっていた。スマートフォンを手にしては、画面を見つめ、スリープに戻す。その動作を何度繰り返したか、もうわからない。
その名前をタップするのに、これほど躊躇したことはなかった。
“兄貴”
二つ年上の兄、雅彦。
小さい頃からよく喋り、よく笑い、そして、圭吾の考えていることを何かと見抜いてくる兄だった。
兄の前では、子ども扱いされたくない。
けれど、“本当のこと”を言うと、すぐに何もかも見透かされてしまう。
ただ、だからこそ、今のこの話をするなら――兄しかいない、と思った。
覚悟を決めて、着信ボタンを押す。
数コールののち、馴染みのある声が明るく返ってきた。
「おお、なんや圭吾。年末帰ってくんの決まったか?」
「……ああ」
少し間を置いてから、言葉を続ける。
「その……今付き合ってるやつも、一緒に」
電話口が、一瞬だけ静かになる。
そのあと、予想どおりのトーンが響いた。
「……ほぉ~~……」
ニヤけたのが、声からでもはっきりとわかった。
「ついに“圭吾が人を紹介する日”が来たか~……生きててよかったわ」
「やめろや。そんなん大げさに言うな」
「いやいや、ほんまやで? だって、うちの圭吾が、彼女も彼氏も誰ひとり紹介したことないやん。今までずっと“そういうの、縁ないから”で済ませとったくせに」
「……」
「でも、ほんまに、“紹介したい”て思える人、おったんやな」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱を持った。
何かを突かれたようで、無言になってしまう。
「お前が“幸せにしたい”て思うって、ちょっと、感慨深いで」
「……」
風が吹いて、木の葉の音がさわりと耳を撫でる。
その音のなかに混ざるように、榊は小さく、静かに返す。
「……俺も、そう思たからや」
「ええな」
電話越しに兄の声が、少しだけ柔らかくなる。
「そんくらい言えるなら、もう大丈夫や」
「……」
「うちの母ちゃん、たぶんすぐ馴染むと思うわ。“圭吾がええって言うなら”って、あの人やったら、そう言うやろな」
「もう言うた」
「マジで? あの母ちゃんに、もう言うたんか」
「昨晩。……意外と、すぐ受け入れてくれたわ」
「……そうか。そら、よかったな」
ほんのわずかの沈黙。
それでも、もう言葉は要らなかった。
榊は、「じゃあな」とひとことだけ告げて、通話を切った。
画面を伏せる。
そのまま、スマホを胸元にそっと押しあてる。
何かを、抱きしめるように。
午後の日差しが、ベンチの背もたれ越しにじんわりと差し込んでくる。
あたたかかった。
いままでずっと、“ひとりでいて当たり前”だった心の奥が、
ほんの少しずつ、ほぐれていくのを感じた。
兄の声が、確かに背中を押してくれた。
子どもの頃のように、口では反発しながらも、
本当は、兄の言葉をどこかで待っていたのかもしれない。
――帰ろう。
“ふたりで”帰るんや。
そう決めたその足で、榊はそっと立ち上がり、スーツの裾を払った。
冬の光のなか、彼の背中には、これまでとは違う温もりが宿っていた。
あたりにはサラリーマンの昼食終わりの足音や、子どもを連れた母親の声が遠くで聞こえていたが、彼の頭の中は静まりかえっていた。スマートフォンを手にしては、画面を見つめ、スリープに戻す。その動作を何度繰り返したか、もうわからない。
その名前をタップするのに、これほど躊躇したことはなかった。
“兄貴”
二つ年上の兄、雅彦。
小さい頃からよく喋り、よく笑い、そして、圭吾の考えていることを何かと見抜いてくる兄だった。
兄の前では、子ども扱いされたくない。
けれど、“本当のこと”を言うと、すぐに何もかも見透かされてしまう。
ただ、だからこそ、今のこの話をするなら――兄しかいない、と思った。
覚悟を決めて、着信ボタンを押す。
数コールののち、馴染みのある声が明るく返ってきた。
「おお、なんや圭吾。年末帰ってくんの決まったか?」
「……ああ」
少し間を置いてから、言葉を続ける。
「その……今付き合ってるやつも、一緒に」
電話口が、一瞬だけ静かになる。
そのあと、予想どおりのトーンが響いた。
「……ほぉ~~……」
ニヤけたのが、声からでもはっきりとわかった。
「ついに“圭吾が人を紹介する日”が来たか~……生きててよかったわ」
「やめろや。そんなん大げさに言うな」
「いやいや、ほんまやで? だって、うちの圭吾が、彼女も彼氏も誰ひとり紹介したことないやん。今までずっと“そういうの、縁ないから”で済ませとったくせに」
「……」
「でも、ほんまに、“紹介したい”て思える人、おったんやな」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱を持った。
何かを突かれたようで、無言になってしまう。
「お前が“幸せにしたい”て思うって、ちょっと、感慨深いで」
「……」
風が吹いて、木の葉の音がさわりと耳を撫でる。
その音のなかに混ざるように、榊は小さく、静かに返す。
「……俺も、そう思たからや」
「ええな」
電話越しに兄の声が、少しだけ柔らかくなる。
「そんくらい言えるなら、もう大丈夫や」
「……」
「うちの母ちゃん、たぶんすぐ馴染むと思うわ。“圭吾がええって言うなら”って、あの人やったら、そう言うやろな」
「もう言うた」
「マジで? あの母ちゃんに、もう言うたんか」
「昨晩。……意外と、すぐ受け入れてくれたわ」
「……そうか。そら、よかったな」
ほんのわずかの沈黙。
それでも、もう言葉は要らなかった。
榊は、「じゃあな」とひとことだけ告げて、通話を切った。
画面を伏せる。
そのまま、スマホを胸元にそっと押しあてる。
何かを、抱きしめるように。
午後の日差しが、ベンチの背もたれ越しにじんわりと差し込んでくる。
あたたかかった。
いままでずっと、“ひとりでいて当たり前”だった心の奥が、
ほんの少しずつ、ほぐれていくのを感じた。
兄の声が、確かに背中を押してくれた。
子どもの頃のように、口では反発しながらも、
本当は、兄の言葉をどこかで待っていたのかもしれない。
――帰ろう。
“ふたりで”帰るんや。
そう決めたその足で、榊はそっと立ち上がり、スーツの裾を払った。
冬の光のなか、彼の背中には、これまでとは違う温もりが宿っていた。
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