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第1章 俺、死んだ?しかも地味に?
これは異世界、だけど俺は俺
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焚き火の炎が、静かに揺れていた。
薪がパチパチと音を立て、細かい火の粉が空へと舞っていく。
夜の森は不気味なほど静かで、耳を澄ませば、木々の軋む音と、小動物の走る気配が時折かすかに聞こえた。
その中に、ひときわ遠くから響いてきたのは、狼の遠吠えだった。
田所一は、焚き火の前にひとり腰を下ろしていた。
肩には薄いマントを掛けているが、夜気の冷たさはどうにも染みる。
だが、その冷えがむしろ心を落ち着かせてくれていた。
傍らには、見慣れた黒いノートパソコン。
革のポーチから取り出したばかりのそれを、田所は慎重に開いた。
バッテリーはまだ生きていた。
液晶に淡い光が灯り、起動音が静かに空気を震わせる。
その音は、確かに田所にとって“現実”だった。
剣も魔法もない、あのオフィスの日常を象徴する音。
深夜の会議室や、午前中の報告会。
パソコンの立ち上がるその音に、何度救われ、何度げんなりしてきたことか。
ディスプレイが明るくなり、デスクトップが映し出される。
背景は、彼が以前いた職場の休憩室で撮られた集合写真。
思わず視線を逸らす。
もう、そこに戻ることはできない。
写真の中にいる自分は、いまよりも老けていたのに、ずっと気力に満ちて見えた。
カーソルを動かし、ひとつのファイルを開く。
それはずっと開き続けている、田所の裏の本音が詰まった場所だった。
【マジで無理.txt】
今では、仕事の一部とも言えるこのファイル。
そこには、日付もカテゴリもない。
ただ、思いついたときに書きなぐった愚痴や皮肉、悩み、独り言が並んでいた。
指先でスクロールする。
無数の言葉が流れていく。
「議題が決まってないのに会議を始めるな」
「資料は三日前にくれ」
「“検討します”は、実質“やりません”って意味だろ」
「黙って働いてる人が一番損をする構造、マジで直せよ」
それら一つ一つが、田所のなかでくすぶっていた“言えなかった言葉”たちだった。
ページの最下部までスクロールしていくと、転生直前に入力された、見覚えのある文が表示されていた。
「資料、全部作り直せ? こっちの人生が先に落ち着いてねぇよ……」
思わず、ふっと笑ってしまった。
自分で打ったはずの言葉なのに、まるで誰かに今の状況を言い当てられたような気分だった。
資料どころか、世界そのものが作り直されてしまった。
職場も、肩書も、仕事も、生活のサイクルも。
すべてを捨てて、あるいは取り上げられて、ここに来た。
彼はディスプレイを見つめたまま、無意識にバッテリー残量に目をやる。
7パーセント。
充電手段はない。
この世界に電気は存在しない。
仮に魔力で動かす方法を編み出したとしても、それが実用になるのはずっと先の話だろう。
「やれるだけ、やるか…」
つぶやいて、ファイルを閉じた。
カーソルがデスクトップの端をすべり、画面が暗転する。
暗闇のなかで、自分の顔が液晶にぼんやりと映った。
そこには、若返ったはずの自分の顔があった。
だが、その目だけは歳をとったままだった。
社会の中で揉まれ、上司に振り回され、部下に気を遣い、数字と納期に追われ続けた四十五年。
若い見た目に反して、その目だけは、どこか達観しすぎているようだった。
田所はそっとパソコンを閉じると、膝の上で両手を組んだ。
焚き火の炎が、ぱちりと音を立てる。
狼の遠吠えが、また遠くで響いた。
この世界で、自分にできることがあるのか。
魔法も剣も使えない。スキルも称号もない。
だが、それでも――
「まあ、死んだ理由は地味だったけど…
次の人生、地味にすごくしてやるか」
口に出した瞬間、その言葉がふっと夜風に溶けていった。
決意というには小さすぎる。
希望というには弱すぎる。
けれど、それが田所一の歩き出し方だった。
炎の向こう、暗闇の中に、明日がぼんやりと揺れていた。
その先に何があるのかは、まだわからない。
だが、やってみる価値は、あるかもしれない――そんな気がしていた。
薪がパチパチと音を立て、細かい火の粉が空へと舞っていく。
夜の森は不気味なほど静かで、耳を澄ませば、木々の軋む音と、小動物の走る気配が時折かすかに聞こえた。
その中に、ひときわ遠くから響いてきたのは、狼の遠吠えだった。
田所一は、焚き火の前にひとり腰を下ろしていた。
肩には薄いマントを掛けているが、夜気の冷たさはどうにも染みる。
だが、その冷えがむしろ心を落ち着かせてくれていた。
傍らには、見慣れた黒いノートパソコン。
革のポーチから取り出したばかりのそれを、田所は慎重に開いた。
バッテリーはまだ生きていた。
液晶に淡い光が灯り、起動音が静かに空気を震わせる。
その音は、確かに田所にとって“現実”だった。
剣も魔法もない、あのオフィスの日常を象徴する音。
深夜の会議室や、午前中の報告会。
パソコンの立ち上がるその音に、何度救われ、何度げんなりしてきたことか。
ディスプレイが明るくなり、デスクトップが映し出される。
背景は、彼が以前いた職場の休憩室で撮られた集合写真。
思わず視線を逸らす。
もう、そこに戻ることはできない。
写真の中にいる自分は、いまよりも老けていたのに、ずっと気力に満ちて見えた。
カーソルを動かし、ひとつのファイルを開く。
それはずっと開き続けている、田所の裏の本音が詰まった場所だった。
【マジで無理.txt】
今では、仕事の一部とも言えるこのファイル。
そこには、日付もカテゴリもない。
ただ、思いついたときに書きなぐった愚痴や皮肉、悩み、独り言が並んでいた。
指先でスクロールする。
無数の言葉が流れていく。
「議題が決まってないのに会議を始めるな」
「資料は三日前にくれ」
「“検討します”は、実質“やりません”って意味だろ」
「黙って働いてる人が一番損をする構造、マジで直せよ」
それら一つ一つが、田所のなかでくすぶっていた“言えなかった言葉”たちだった。
ページの最下部までスクロールしていくと、転生直前に入力された、見覚えのある文が表示されていた。
「資料、全部作り直せ? こっちの人生が先に落ち着いてねぇよ……」
思わず、ふっと笑ってしまった。
自分で打ったはずの言葉なのに、まるで誰かに今の状況を言い当てられたような気分だった。
資料どころか、世界そのものが作り直されてしまった。
職場も、肩書も、仕事も、生活のサイクルも。
すべてを捨てて、あるいは取り上げられて、ここに来た。
彼はディスプレイを見つめたまま、無意識にバッテリー残量に目をやる。
7パーセント。
充電手段はない。
この世界に電気は存在しない。
仮に魔力で動かす方法を編み出したとしても、それが実用になるのはずっと先の話だろう。
「やれるだけ、やるか…」
つぶやいて、ファイルを閉じた。
カーソルがデスクトップの端をすべり、画面が暗転する。
暗闇のなかで、自分の顔が液晶にぼんやりと映った。
そこには、若返ったはずの自分の顔があった。
だが、その目だけは歳をとったままだった。
社会の中で揉まれ、上司に振り回され、部下に気を遣い、数字と納期に追われ続けた四十五年。
若い見た目に反して、その目だけは、どこか達観しすぎているようだった。
田所はそっとパソコンを閉じると、膝の上で両手を組んだ。
焚き火の炎が、ぱちりと音を立てる。
狼の遠吠えが、また遠くで響いた。
この世界で、自分にできることがあるのか。
魔法も剣も使えない。スキルも称号もない。
だが、それでも――
「まあ、死んだ理由は地味だったけど…
次の人生、地味にすごくしてやるか」
口に出した瞬間、その言葉がふっと夜風に溶けていった。
決意というには小さすぎる。
希望というには弱すぎる。
けれど、それが田所一の歩き出し方だった。
炎の向こう、暗闇の中に、明日がぼんやりと揺れていた。
その先に何があるのかは、まだわからない。
だが、やってみる価値は、あるかもしれない――そんな気がしていた。
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