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第3章 魔導PC、起動せよ
表がある、という衝撃
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執務室の灯はまだ薄暗かった。
窓の外では、王都の夜が静かに更けつつある。
だが部屋の中には、異様な緊張と期待の空気が張り詰めていた。
机の上に置かれた黒い板状の機械、田所のノートパソコンが、その中心にあった。
田所は座ったまま、画面を指先で操作していた。
すでにExcelは起動しており、ファイル名「討伐計画テンプレート(仮)」が、ディスプレイ上に表示されている。
淡いグレーの罫線が交差するシートには、日付と時間、行動内容、担当者、所要時間、物資、リスク、備考といった項目が整然と並んでいた。
その画面を、ガルドとユナが椅子に寄りかかりながらじっと見つめていた。
「これが…“表”?」
ガルドが思わずつぶやいた。
彼は剣を扱う逞しい前衛戦士だが、文字に弱く、計画という言葉にはどこか拒否反応を示していた。
だが今、その目は純粋な好奇心に満ちていた。
ユナは逆に、弓と索敵を得意とする知性派だった。
彼女は机の端に手を添え、じっと画面を覗き込みながら、感嘆の声を漏らした。
「この行と列の並び…情報が並んでるの、気持ちいいです。
見ただけで、なにをするのか、誰がやるのかが分かります。これ…本当にすごい」
田所は表情を変えずに、淡々とカーソルを移動させていく。
「ここが、日程の列。
縦に進めば時間が流れていって、横に進むと工程が具体化していきます。
このマス目が一つの“行動単位”で、担当者や物資を割り振ってあります」
ガルドが身を乗り出した。
「えっ…これ、“こうげき開始時間”って…決まってるのか?
なんか安心するな。俺、いつも“行け”って言われて行ってたから、逆にこういうの、落ち着くな」
田所は軽く頷いた。
「そうなんです。“安心”って、実は“見通し”とほぼ同義なんですよ。
やることが分かってるって、それだけで半分成功してます。
逆に、やることが分からないまま突っ込むのは、だいたい失敗する流れです」
言葉の意味は、一部が難しかったかもしれない。
だが、ふたりは頷いていた。
それは言葉の中身ではなく、示された“構造”の意味を感じ取っていたからだった。
田所はセルをクリックしながら、補足する。
「ここがチェック欄。完了したら“済”と打てば色が変わります。
ここは自動で合計が出る欄。全体で何時間かかるか、一目で分かるように」
ユナが思わず手を伸ばしそうになったが、途中で止めた。
パソコンという道具の繊細さを、彼女はすでに理解しつつあった。
「計算…も、してくれるんですか?」
「ええ。たとえば“回復薬が何本必要か”とか、“誰が何回出撃してるか”とかも。
これを応用すれば、たとえば報酬配分も計算で出せます。
人が“考えて悩む”部分を、道具に預けて、その分だけ“話し合い”に集中できるようにする、というのが本来の目的です」
ガルドが口を開けていた。
田所の説明がすべて理解できたわけではない。
だが、彼の語る“道具”の可能性が、感覚として伝わっていた。
「俺、正直こういうの…苦手だったけど、これなら…なんか、分かるな。
文字じゃなくて、動きとして、なんか“見えてくる”っていうか…」
田所は画面を拡大し、一つのセルを強調表示した。
それは「討伐開始(目標地点)」という行動項目で、担当者は“全員”、必要物資には“武器、防具、回復薬”と記されている。
「これがこの作戦の“核”です。ここに向けて、前もってやるべきことが積み上がってる。
こうして“流れ”を表にしておけば、“流れを止めるもの”も見えてくる。
それを“段取り”って言います。俺の専門分野です」
言い終えたあと、田所は照れくさそうに微笑んだ。
ふだんはあまり主張しない性格だが、このときばかりは少し自信があった。
ガルドが小さく拍手のように手を叩いた。
その仕草はぎこちなかったが、素直な賛意がこもっていた。
「すげぇな、田所さん。
なんか…“準備してる感”があると、戦うのがちょっとだけ怖くなくなるな」
ユナも静かに頷いた。
彼女はもう一度、表の全体を眺める。
「これ…保存できるんですか?」
「できます。ファイルとして。
いまはこのPCだけですけど、いずれは印刷して配ることも検討中です。
それまでは、必要なら手で写してもらうしかないですね」
彼は言いながら、ふたりの反応を静かに観察していた。
驚きと関心と、わずかな希望。
それが“表”という形になって彼らの中に宿っていく感覚。
人は、見えないものを恐れる。
だが、見えるようにすれば、それは道になる。
その道を渡るために、橋をかけるのが段取りだと田所は信じていた。
「田所さん…」
ユナがぽつりとつぶやく。
「この表、もっと見せてください。
もっと使えるようになりたいです。
きっと、戦うことだけが強さじゃないって、これで少し分かった気がします」
その言葉に、田所は目を伏せた。
何かが、自分の中で確かに動いていた。
彼は、戦えない。
魔法も剣も使えない。
だが、仲間の行動を“見える形”にすることができる。
それは、この世界にとって、まだ知られていない魔法かもしれなかった。
画面のバッテリー表示は、5パーセントから4に落ちていた。
だが、その数字すらも、田所には“使い切る意味のある時間”に思えた。
この夜、仲間たちの中に、一枚の“表”が根を下ろした。
そしてそれは、次の戦いの準備を、すでに静かに始めていた。
窓の外では、王都の夜が静かに更けつつある。
だが部屋の中には、異様な緊張と期待の空気が張り詰めていた。
机の上に置かれた黒い板状の機械、田所のノートパソコンが、その中心にあった。
田所は座ったまま、画面を指先で操作していた。
すでにExcelは起動しており、ファイル名「討伐計画テンプレート(仮)」が、ディスプレイ上に表示されている。
淡いグレーの罫線が交差するシートには、日付と時間、行動内容、担当者、所要時間、物資、リスク、備考といった項目が整然と並んでいた。
その画面を、ガルドとユナが椅子に寄りかかりながらじっと見つめていた。
「これが…“表”?」
ガルドが思わずつぶやいた。
彼は剣を扱う逞しい前衛戦士だが、文字に弱く、計画という言葉にはどこか拒否反応を示していた。
だが今、その目は純粋な好奇心に満ちていた。
ユナは逆に、弓と索敵を得意とする知性派だった。
彼女は机の端に手を添え、じっと画面を覗き込みながら、感嘆の声を漏らした。
「この行と列の並び…情報が並んでるの、気持ちいいです。
見ただけで、なにをするのか、誰がやるのかが分かります。これ…本当にすごい」
田所は表情を変えずに、淡々とカーソルを移動させていく。
「ここが、日程の列。
縦に進めば時間が流れていって、横に進むと工程が具体化していきます。
このマス目が一つの“行動単位”で、担当者や物資を割り振ってあります」
ガルドが身を乗り出した。
「えっ…これ、“こうげき開始時間”って…決まってるのか?
なんか安心するな。俺、いつも“行け”って言われて行ってたから、逆にこういうの、落ち着くな」
田所は軽く頷いた。
「そうなんです。“安心”って、実は“見通し”とほぼ同義なんですよ。
やることが分かってるって、それだけで半分成功してます。
逆に、やることが分からないまま突っ込むのは、だいたい失敗する流れです」
言葉の意味は、一部が難しかったかもしれない。
だが、ふたりは頷いていた。
それは言葉の中身ではなく、示された“構造”の意味を感じ取っていたからだった。
田所はセルをクリックしながら、補足する。
「ここがチェック欄。完了したら“済”と打てば色が変わります。
ここは自動で合計が出る欄。全体で何時間かかるか、一目で分かるように」
ユナが思わず手を伸ばしそうになったが、途中で止めた。
パソコンという道具の繊細さを、彼女はすでに理解しつつあった。
「計算…も、してくれるんですか?」
「ええ。たとえば“回復薬が何本必要か”とか、“誰が何回出撃してるか”とかも。
これを応用すれば、たとえば報酬配分も計算で出せます。
人が“考えて悩む”部分を、道具に預けて、その分だけ“話し合い”に集中できるようにする、というのが本来の目的です」
ガルドが口を開けていた。
田所の説明がすべて理解できたわけではない。
だが、彼の語る“道具”の可能性が、感覚として伝わっていた。
「俺、正直こういうの…苦手だったけど、これなら…なんか、分かるな。
文字じゃなくて、動きとして、なんか“見えてくる”っていうか…」
田所は画面を拡大し、一つのセルを強調表示した。
それは「討伐開始(目標地点)」という行動項目で、担当者は“全員”、必要物資には“武器、防具、回復薬”と記されている。
「これがこの作戦の“核”です。ここに向けて、前もってやるべきことが積み上がってる。
こうして“流れ”を表にしておけば、“流れを止めるもの”も見えてくる。
それを“段取り”って言います。俺の専門分野です」
言い終えたあと、田所は照れくさそうに微笑んだ。
ふだんはあまり主張しない性格だが、このときばかりは少し自信があった。
ガルドが小さく拍手のように手を叩いた。
その仕草はぎこちなかったが、素直な賛意がこもっていた。
「すげぇな、田所さん。
なんか…“準備してる感”があると、戦うのがちょっとだけ怖くなくなるな」
ユナも静かに頷いた。
彼女はもう一度、表の全体を眺める。
「これ…保存できるんですか?」
「できます。ファイルとして。
いまはこのPCだけですけど、いずれは印刷して配ることも検討中です。
それまでは、必要なら手で写してもらうしかないですね」
彼は言いながら、ふたりの反応を静かに観察していた。
驚きと関心と、わずかな希望。
それが“表”という形になって彼らの中に宿っていく感覚。
人は、見えないものを恐れる。
だが、見えるようにすれば、それは道になる。
その道を渡るために、橋をかけるのが段取りだと田所は信じていた。
「田所さん…」
ユナがぽつりとつぶやく。
「この表、もっと見せてください。
もっと使えるようになりたいです。
きっと、戦うことだけが強さじゃないって、これで少し分かった気がします」
その言葉に、田所は目を伏せた。
何かが、自分の中で確かに動いていた。
彼は、戦えない。
魔法も剣も使えない。
だが、仲間の行動を“見える形”にすることができる。
それは、この世界にとって、まだ知られていない魔法かもしれなかった。
画面のバッテリー表示は、5パーセントから4に落ちていた。
だが、その数字すらも、田所には“使い切る意味のある時間”に思えた。
この夜、仲間たちの中に、一枚の“表”が根を下ろした。
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