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第3章 魔導PC、起動せよ
なんかこれ、すげー整理されてる!
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石造りの部屋に、微かな光が差し込んでいた。
王都セントラーデの一角、仮設の作戦会議室として用意された小部屋。
古い文書庫を片付けて空けた空間で、壁にはまだ使われていない木製の書棚が並び、中央に大きめの丸テーブルが据えられている。
その上に、田所のノートパソコンがひっそりと置かれていた。
魔導変換器の力を借りて、今夜も画面は静かに光っている。
ディスプレイには、いつものようにExcelが立ち上がっていた。
タイトルは「討伐計画:依頼番号A-17」。
実際にギルドから届いた討伐依頼に基づき、田所が初めて“テンプレートを活用して組んだ”計画書だった。
そのまわりを囲むように、ガルド、ユナ、リゼット、補佐官の数名が席に着いていた。
騎士たちではなく、実務に関わる者たち。
討伐の遂行を“現場の視点”から整理するという、今までにない試みに挑む時間が始まろうとしていた。
田所は、少しだけ息を吸い、口を開いた。
「では、本件討伐の事前会議を始めます。
今日はこの“計画表”を使って、内容を確認していきます」
カーソルが、画面上の罫線をすべる。
一列目には、時間帯と日付。
二列目には行動。
その隣には担当者、物資、リスク、備考欄が整理されていた。
テーブルに緊張が走った。
誰もが画面をのぞき込みながら、静かに呼吸を整えている。
「まずは集合。明日午前七時、ギルド前集合。
この時点で馬車、予備食、連絡用の魔晶石を積み込みます。
担当はガルド隊。馬車の手配は補佐官に任せてあります」
田所の説明が始まると同時に、ガルドが腕を組んでうなるように言った。
「……俺、こういうの苦手だったけど、これは…見てわかる!」
思わず漏れた素直な声に、場の空気がふっと和らぐ。
田所はうなずいて続きを進めた。
「次に現地到着。午前九時予定。ユナが先行して偵察に出ます。
これもこの欄に書いてありますが、“偵察結果が不明な場合は、作戦開始を一時間遅らせる”と設定済みです。
これが、リスクに備える項目です」
「なるほど…時間のズレをこうして書き出しておけば、補給のズレも防げますね」
ユナが静かに言った。
指先で画面上の所要時間欄をなぞるようにして見つめている。
彼女の瞳には、思考の連続が映っていた。
「そうです。討伐って、突発的に見えても実は“繰り返し”が多いんです。
同じ失敗を防ぐには、“同じ失敗の記録”が必要になる。
だから、今回から“記録係”も固定します。報告文書はリゼットにお願いしてあります」
田所の言葉に、リゼットが顔を上げた。
頷きながら、短く言葉を返す。
「記録の正確性が上がれば、事故後の報告にも利く。
これは実務上、非常に有効です」
その言葉には、何より重みがあった。
現場の視点と、管理の視点。そのどちらも持つ者の実感だった。
田所は、最後にスライドを切り替えた。
そこには「署名欄」という項目があり、参加メンバーの名前が並んでいた。
“この計画を確認し、理解し、同意したことを示す”という行動。
今まで、口頭で済ませていたものを、文書として記録に残す――この世界では極めて稀な手続きだった。
彼はテーブルの上に魔導署名具を置いた。
紙とインクではなく、魔力で署名を記録するための簡易刻印装置だ。
水晶片に名前を記すと、日付と共に光文字として保存される仕組み。
最初に手を伸ばしたのは、ガルドだった。
迷いもせずに、魔導具を手に取る。
無造作にしては、意志のこもった動作だった。
「…こういうの、ちゃんとやるのって、俺はじめてかもしれないな。
今までは“だいたい分かってる”で動いてたけど、それって逆に“分かってない”ってことだったのかもな」
水晶片に彼の名前が浮かぶ。
次にユナが手を取り、そのあと補佐官、そして最後にリゼットが静かに署名を済ませた。
全員の名が揃った。
それは決して形式だけのものではなかった。
それぞれが、自分の“責任と役割”を言葉でなく、仕組みとして受け入れたという証だった。
田所は画面を保存しながら、深く息をついた。
「これが、段取り会議の基本形です。
まだ不慣れだと思いますが、慣れてくると、“動き方”が変わります。
会議は、戦わない者がやるものではなく、“戦う人たちが無駄に傷つかないためにする”ものです」
誰も返事をしなかった。
だが、その沈黙がすべてを物語っていた。
ガルドが、ふと口を開いた。
「なんかこれ、すげー整理されてる。
でも、整理ってのは“細かくする”ことじゃなくて、“分かりやすくする”ことなんだな」
その一言に、田所は思わず笑いそうになった。
「……いい言葉ですね、それ。今度メモしておきます」
会議は終わった。
だが、そこには今までにない空気が残った。
参加した全員の背筋が、ほんのわずかに伸びていた。
紙も魔法も武器もいらない。
ただ“見える”こと、そして“共有される”こと。
それが、この世界で初めての“段取り文化”の芽吹きだった。
パソコンのバッテリーはまだ残っていた。
だが、それよりも田所は、いま確かに充電されたような気持ちでいた。
自分のしていることが、この世界の誰かに届いたと。
それだけで、十分すぎる夜だった。
王都セントラーデの一角、仮設の作戦会議室として用意された小部屋。
古い文書庫を片付けて空けた空間で、壁にはまだ使われていない木製の書棚が並び、中央に大きめの丸テーブルが据えられている。
その上に、田所のノートパソコンがひっそりと置かれていた。
魔導変換器の力を借りて、今夜も画面は静かに光っている。
ディスプレイには、いつものようにExcelが立ち上がっていた。
タイトルは「討伐計画:依頼番号A-17」。
実際にギルドから届いた討伐依頼に基づき、田所が初めて“テンプレートを活用して組んだ”計画書だった。
そのまわりを囲むように、ガルド、ユナ、リゼット、補佐官の数名が席に着いていた。
騎士たちではなく、実務に関わる者たち。
討伐の遂行を“現場の視点”から整理するという、今までにない試みに挑む時間が始まろうとしていた。
田所は、少しだけ息を吸い、口を開いた。
「では、本件討伐の事前会議を始めます。
今日はこの“計画表”を使って、内容を確認していきます」
カーソルが、画面上の罫線をすべる。
一列目には、時間帯と日付。
二列目には行動。
その隣には担当者、物資、リスク、備考欄が整理されていた。
テーブルに緊張が走った。
誰もが画面をのぞき込みながら、静かに呼吸を整えている。
「まずは集合。明日午前七時、ギルド前集合。
この時点で馬車、予備食、連絡用の魔晶石を積み込みます。
担当はガルド隊。馬車の手配は補佐官に任せてあります」
田所の説明が始まると同時に、ガルドが腕を組んでうなるように言った。
「……俺、こういうの苦手だったけど、これは…見てわかる!」
思わず漏れた素直な声に、場の空気がふっと和らぐ。
田所はうなずいて続きを進めた。
「次に現地到着。午前九時予定。ユナが先行して偵察に出ます。
これもこの欄に書いてありますが、“偵察結果が不明な場合は、作戦開始を一時間遅らせる”と設定済みです。
これが、リスクに備える項目です」
「なるほど…時間のズレをこうして書き出しておけば、補給のズレも防げますね」
ユナが静かに言った。
指先で画面上の所要時間欄をなぞるようにして見つめている。
彼女の瞳には、思考の連続が映っていた。
「そうです。討伐って、突発的に見えても実は“繰り返し”が多いんです。
同じ失敗を防ぐには、“同じ失敗の記録”が必要になる。
だから、今回から“記録係”も固定します。報告文書はリゼットにお願いしてあります」
田所の言葉に、リゼットが顔を上げた。
頷きながら、短く言葉を返す。
「記録の正確性が上がれば、事故後の報告にも利く。
これは実務上、非常に有効です」
その言葉には、何より重みがあった。
現場の視点と、管理の視点。そのどちらも持つ者の実感だった。
田所は、最後にスライドを切り替えた。
そこには「署名欄」という項目があり、参加メンバーの名前が並んでいた。
“この計画を確認し、理解し、同意したことを示す”という行動。
今まで、口頭で済ませていたものを、文書として記録に残す――この世界では極めて稀な手続きだった。
彼はテーブルの上に魔導署名具を置いた。
紙とインクではなく、魔力で署名を記録するための簡易刻印装置だ。
水晶片に名前を記すと、日付と共に光文字として保存される仕組み。
最初に手を伸ばしたのは、ガルドだった。
迷いもせずに、魔導具を手に取る。
無造作にしては、意志のこもった動作だった。
「…こういうの、ちゃんとやるのって、俺はじめてかもしれないな。
今までは“だいたい分かってる”で動いてたけど、それって逆に“分かってない”ってことだったのかもな」
水晶片に彼の名前が浮かぶ。
次にユナが手を取り、そのあと補佐官、そして最後にリゼットが静かに署名を済ませた。
全員の名が揃った。
それは決して形式だけのものではなかった。
それぞれが、自分の“責任と役割”を言葉でなく、仕組みとして受け入れたという証だった。
田所は画面を保存しながら、深く息をついた。
「これが、段取り会議の基本形です。
まだ不慣れだと思いますが、慣れてくると、“動き方”が変わります。
会議は、戦わない者がやるものではなく、“戦う人たちが無駄に傷つかないためにする”ものです」
誰も返事をしなかった。
だが、その沈黙がすべてを物語っていた。
ガルドが、ふと口を開いた。
「なんかこれ、すげー整理されてる。
でも、整理ってのは“細かくする”ことじゃなくて、“分かりやすくする”ことなんだな」
その一言に、田所は思わず笑いそうになった。
「……いい言葉ですね、それ。今度メモしておきます」
会議は終わった。
だが、そこには今までにない空気が残った。
参加した全員の背筋が、ほんのわずかに伸びていた。
紙も魔法も武器もいらない。
ただ“見える”こと、そして“共有される”こと。
それが、この世界で初めての“段取り文化”の芽吹きだった。
パソコンのバッテリーはまだ残っていた。
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