会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

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第5章 議事録は剣よりも強し

印刷物が飛び交う会議室

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ギルド本部・中会議室。朝の光が石造りの窓から差し込むなか、室内にはかつてないほどの静けさがあった。

静か、というより、妙な緊張が張りつめている。  
理由は明白だった。

会議室の長机、各出席者の席に、すでに“紙”が配られていたのだ。  
ただの紙ではない。  
昨日、田所が魔導プリンターで印刷した、討伐計画の「事前資料」だった。

用紙は淡いクリーム色。  
タイトルは明朝風の文字で整えられ、本文には青、赤、黄色といった色分けが施されている。  
太字で示された要点、箇条書きで整理された議題、そして右側にはメモ欄まである。  
行間にはやや余白が取られていて、読みやすさが計算されていることが明らかだった。

普段、羊皮紙に殴り書かれた記録や、口伝だけで会議を乗り切ってきた面々には、それはまるで“本”のように見えた。

職員Aが、恐る恐る紙をめくった。

「……これ、事前に“読む”んですか?」

隣の職員Bが、同じように用紙を手に取りながら呟く。

「なんでだろう……先に読んだだけで、頭が整理されてる気がする。  
まるで、自分の頭の中が“紙の上”に広がってるみたいだ…」

「それ、どういう状態?」

「説明できないけど、整ってる感じがする。なんか…分かるような気がしてくるんだ」

一方、ガルドは最初のページを開いた瞬間から、目を輝かせていた。  
声も大きめに、

「おおっ、カラフルで助かるな!  
この赤いとこだけ見れば“気をつけろ”ってことだな?  
黄色は……えっと……迷ってるとこ? よしよし、そこは考え中ってことな!」

どこかちがう解釈をしながらも、確実に“色分け”の意味を掴んでいた。

田所は会議の開始準備をしながら、その様子を静かに眺めていた。  
参加者たちが誰に言われるでもなく、用紙を手にし、目を通し、自然に内容を確認し始めている。  
中には、横に置いた羊皮紙に自分なりのメモを取りはじめる者もいた。

資料の右側に、余白を設けておいたのはそのためだった。

メモ欄があるだけで、人は“そこに何かを書き込む”ことを想定する。  
書かれた内容が、“記憶に留める”より“確認する”前提に変わる。

田所は、小さく息をついた。

議事の始まりを告げる鐘の音が鳴る前には、すでに室内の空気は変わっていた。  
以前のような、冒険者たちの私語や、職員同士の不安げな顔合わせはなかった。

誰もが、今何を話すのか、その大枠をすでに知っていたからだった。

リゼットが遅れて入室し、席に着いたとき、机の上の資料に目を通して表情を緩めた。

「……やはり、“事前に整理された情報”には静かな力がありますね。  
言葉でなく、構造そのものが会話を導く」

田所は小さく頷いた。

「言葉は揮発するので。  
でも、紙にして“場に置く”と、人の思考が変わります。  
発言に“根拠”ができる。判断に“予習”が加わる。  
だから、会議が“対話”になるんです」

席の前で、誰かが手を挙げた。  
職員Cだった。

「この“メモ欄”、書き込んでいいんですよね?」

「もちろんです。会議中の気づきや、あとで質問したいこと、何でも。  
書いておけば、“あとで確認する”という行動が生まれますから」

数人がうなずき、紙にペンを走らせ始めた。  
細い線、太い丸、マーカーのような線。  
そこにあったのは、誰かに命じられた作業ではなく、自発的な“整理”の気配だった。

田所は、自席にある同じ資料の端を軽く整えながら、心の中で確認する。

これは、魔法ではない。  
ただの道具だ。  
だが、人が道具を使いこなしはじめたとき、  
“文化”になる。

それは、この世界にとって、まだ新しい経験だった。  
道具によって行動が変わり、行動が人の意識を変えていく。  
それが連鎖しはじめたとき、“組織”というものは生まれ変わる。

「じゃあ、今日の議題に入りましょうか」

田所の声に、全員の目が上がる。  
その瞬間、これまでにない“聞く姿勢”が、室内を包み込んでいた。

言葉はすでに、紙に支えられていた。  
それがどれだけ強い支柱かを、皆が少しずつ知りはじめていた。
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