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第5章 議事録は剣よりも強し
記録魔術という誤解は深まる
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田所は、会議後の片づけもそこそこに、ギルドの奥にある小部屋へと案内された。
石壁に囲まれた八畳ほどの部屋。普段は記録用の道具や文具が保管されている文書準備室だったが、今日は明らかに違う用途で使われていた。
部屋の真ん中には椅子が一つ。テーブルには、さっき配布されたばかりの会議資料と、数本のペン。
壁際にはリゼットと職員が三人、まるで尋問官のように並んで立っている。
田所は、どこか釈然としない表情で椅子に腰かけた。
「なんで僕、呼び出されたんでしたっけ?」
リゼットはいつもの冷静な表情のまま、資料を手にして言った。
「確認したいことがありまして。この文書――特に、この色分けについて」
彼女はページを開き、赤く強調された文言を指差す。
「赤は警告、つまり注意事項。青は事実の記録。黄色は……これは未来予測、ですよね?」
田所は一瞬、言葉を失いかけた。
「……ええと、違います。色分けは“重要度”のランクなんです。
赤が最重要、青は通常の情報、黄色は検討中とか保留という意味合いでして」
「未来予測ではないのですか?」
「違います。PowerPoint文化といって、えー、色で視線誘導をするための、まあ、ビジネススライドの基本というか……」
隣にいた職員Cが手を挙げた。
「すみません、“ぱわーぽいんとぶんか”とは、どの学派の理論でしょうか?」
「いや、学派ではないです。ただのソフトウェアです。
情報を整理して見せるためのツールというか……あー、ここで説明してもたぶん余計混乱しますね」
職員Bが資料を覗き込んでいた。
「でも、赤い部分は読み返すと確かに“気をつけろ”って感じがします。
この色を見ただけで“危ない”と思わせるのは、魔術的な視覚誘導効果では?」
田所は笑うしかなかった。
「違います。ただの視認性の問題です。人間の目が赤に反応しやすいんで。
あと、黄色は“迷ってるっぽい感”を出すために使うことが多いんですよ。あくまで感覚的な話です」
リゼットがゆっくりと頷いた。
「感覚、ですか……この“感覚”が、実に効果的です。
我々の魔導書は構造が硬直している。こういった“読み手への誘導”ができる文書は、初めて見ました」
田所は、自分が会議用のテンプレートで苦労してきた日々を一瞬だけ思い出した。
それが今、この世界で“戦術資料”として讃えられているのが、どこか滑稽でもあり、同時に少し誇らしくもあった。
そこへ、ノイが部屋に入ってきた。
工具袋を肩から下げ、手には数枚の紙を持っている。
「おお、ここにいたか。ちょうど良かった、質問されそうな件がある」
職員Cがすかさず声を上げた。
「それです。印刷に使う魔力、どのくらいかかるんですか?
昨日の会議資料、たしか十数枚はありましたよね。あれだけの印刷量、結構な消耗じゃないですか?」
ノイはにやりと笑い、紙をテーブルに置いた。
「試算したぞ。だいたい、A4換算で1枚につき魔力供給者一人の朝食分。
つまり、パン一枚とスープ、もしくは干し肉入りのお粥くらいの消費だ」
部屋が静まり返った。
職員Bが小声でつぶやいた。
「じゃあ…朝ごはん食べたら印刷できるってことだな…?」
「理論上はな」
ノイが真面目な顔で頷くと、なぜか妙な納得が部屋を支配した。
「なるほど、エネルギー変換効率の話か」
「食べる=印刷って考えると…書類も“出す”行為なんですね」
「誰かが食って、それで文章が出るって、すごい構造だ…」
「いや待て、それなら書類をたくさん刷る日は、朝食を三回にすれば…」
田所は頭を抱えた。
「ちがいます。食べるから出力できる、じゃなくて…魔力の供給に必要なエネルギーが…」
だが誰も聞いていなかった。
「印刷士って、飯を食わせて鍛える職業なのか…?」
「じゃあ俺も印刷修行、してみようかな…肉増やして」
「やめてください、プリンタはそういうもんじゃないです!」
田所の声が、わずかに裏返った。
だがその声すら、彼らには“異世界の術者が怒りで魔力を放った”ようにしか見えていなかったらしく、皆が一歩引いた。
「やはり……田所は“記録魔術士”だったのか」
リゼットのそのひと言が、静かに部屋の空気を凍らせた。
田所は小さくため息をつきながら、机の隅に置かれたプリントアウトを手に取った。
「あの、ほんとに、ただのプリンターと議事録なんですけど……」
だが、誰も聞いていない顔をしていた。
そして、誰もがその紙に、魔法では書けない“整った力”を感じていた。
こうして“記録魔術という誤解”は、今日も深まっていくのだった。
石壁に囲まれた八畳ほどの部屋。普段は記録用の道具や文具が保管されている文書準備室だったが、今日は明らかに違う用途で使われていた。
部屋の真ん中には椅子が一つ。テーブルには、さっき配布されたばかりの会議資料と、数本のペン。
壁際にはリゼットと職員が三人、まるで尋問官のように並んで立っている。
田所は、どこか釈然としない表情で椅子に腰かけた。
「なんで僕、呼び出されたんでしたっけ?」
リゼットはいつもの冷静な表情のまま、資料を手にして言った。
「確認したいことがありまして。この文書――特に、この色分けについて」
彼女はページを開き、赤く強調された文言を指差す。
「赤は警告、つまり注意事項。青は事実の記録。黄色は……これは未来予測、ですよね?」
田所は一瞬、言葉を失いかけた。
「……ええと、違います。色分けは“重要度”のランクなんです。
赤が最重要、青は通常の情報、黄色は検討中とか保留という意味合いでして」
「未来予測ではないのですか?」
「違います。PowerPoint文化といって、えー、色で視線誘導をするための、まあ、ビジネススライドの基本というか……」
隣にいた職員Cが手を挙げた。
「すみません、“ぱわーぽいんとぶんか”とは、どの学派の理論でしょうか?」
「いや、学派ではないです。ただのソフトウェアです。
情報を整理して見せるためのツールというか……あー、ここで説明してもたぶん余計混乱しますね」
職員Bが資料を覗き込んでいた。
「でも、赤い部分は読み返すと確かに“気をつけろ”って感じがします。
この色を見ただけで“危ない”と思わせるのは、魔術的な視覚誘導効果では?」
田所は笑うしかなかった。
「違います。ただの視認性の問題です。人間の目が赤に反応しやすいんで。
あと、黄色は“迷ってるっぽい感”を出すために使うことが多いんですよ。あくまで感覚的な話です」
リゼットがゆっくりと頷いた。
「感覚、ですか……この“感覚”が、実に効果的です。
我々の魔導書は構造が硬直している。こういった“読み手への誘導”ができる文書は、初めて見ました」
田所は、自分が会議用のテンプレートで苦労してきた日々を一瞬だけ思い出した。
それが今、この世界で“戦術資料”として讃えられているのが、どこか滑稽でもあり、同時に少し誇らしくもあった。
そこへ、ノイが部屋に入ってきた。
工具袋を肩から下げ、手には数枚の紙を持っている。
「おお、ここにいたか。ちょうど良かった、質問されそうな件がある」
職員Cがすかさず声を上げた。
「それです。印刷に使う魔力、どのくらいかかるんですか?
昨日の会議資料、たしか十数枚はありましたよね。あれだけの印刷量、結構な消耗じゃないですか?」
ノイはにやりと笑い、紙をテーブルに置いた。
「試算したぞ。だいたい、A4換算で1枚につき魔力供給者一人の朝食分。
つまり、パン一枚とスープ、もしくは干し肉入りのお粥くらいの消費だ」
部屋が静まり返った。
職員Bが小声でつぶやいた。
「じゃあ…朝ごはん食べたら印刷できるってことだな…?」
「理論上はな」
ノイが真面目な顔で頷くと、なぜか妙な納得が部屋を支配した。
「なるほど、エネルギー変換効率の話か」
「食べる=印刷って考えると…書類も“出す”行為なんですね」
「誰かが食って、それで文章が出るって、すごい構造だ…」
「いや待て、それなら書類をたくさん刷る日は、朝食を三回にすれば…」
田所は頭を抱えた。
「ちがいます。食べるから出力できる、じゃなくて…魔力の供給に必要なエネルギーが…」
だが誰も聞いていなかった。
「印刷士って、飯を食わせて鍛える職業なのか…?」
「じゃあ俺も印刷修行、してみようかな…肉増やして」
「やめてください、プリンタはそういうもんじゃないです!」
田所の声が、わずかに裏返った。
だがその声すら、彼らには“異世界の術者が怒りで魔力を放った”ようにしか見えていなかったらしく、皆が一歩引いた。
「やはり……田所は“記録魔術士”だったのか」
リゼットのそのひと言が、静かに部屋の空気を凍らせた。
田所は小さくため息をつきながら、机の隅に置かれたプリントアウトを手に取った。
「あの、ほんとに、ただのプリンターと議事録なんですけど……」
だが、誰も聞いていない顔をしていた。
そして、誰もがその紙に、魔法では書けない“整った力”を感じていた。
こうして“記録魔術という誤解”は、今日も深まっていくのだった。
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