会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

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第10章 田所式進行術、爆誕

講堂、満員。なぜか最前列に玉座がある

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王都行政学院は、表向きは学び舎でありながら、その実、国政を支える官吏たちの登竜門でもある。  
長い回廊と石造りの高天井、丁寧に手入れされた庭園。重厚な空気が漂うその構内の一角に、学院で最も大きな講義大講堂がある。

朝の鐘が一度、高く鳴った。

講堂内には、すでに百名を超える若手官僚と候補生たちがびっしりと詰めかけていた。  
全員、正装。濃紺か深緑の礼装に身を包み、胸元には所属を示す徽章。背筋を伸ばし、無駄な動きを避けながら着席している。だが、その目は期待と興奮に満ちていた。

話題の人物――“田所一”が、ついに直々に講義を行うというのだ。

ギルドを変え、行政文書の形式を塗り替え、各地の帳簿を“見えるもの”にした。  
それを実行した人物が、自ら語る日。  
その意味を、若手たちは肌で感じていた。

そして、控室から通された田所は、講堂に入るなり一歩目で足を止めた。

講義台の真ん前、聴衆席の最前列中央に――玉座があった。

正確には玉座風の椅子。豪奢な彫刻、赤いビロードのクッション、金色の縁取り。  
それが“あなたはこちらへ”とばかりに、明らかに他の椅子と異質な存在感で置かれていた。

「……なんで玉座?」

田所の声は、小さく震えていた。

案内係の青年が自然な顔で告げる。

「ご安心ください。これは“功績講師用特別席”です。学院内規によって設置義務がありますので」

「設置義務があっても、こんなに主張してこなくていいと思うんだけどな……」

「どうぞどうぞ、先生。間もなくご紹介がありますので、こちらへ」

促されるまま、田所はゆっくりと玉座に腰を下ろした。  
腰を下ろした瞬間、なぜか周囲の空気がふわりと変わる。  
百人分の背筋が、さらに一段階伸びたのがわかる。  
視線が刺さる。見られている。敬意と好奇、そして誤解の入り混じった視線だった。

「……どうしてこうなった」

もはや誰にともなく呟いた。だが、その呟きは届くことなく、壇上の書記が立ち上がった。

壇上の書記官は、やや鼻にかかった声で、巻物を広げながら宣言する。

「それでは、“段取りの構造と思想”講義、開始に先立ち、  
本日ご登壇の田所一先生のご経歴について、僭越ながら読み上げさせていただきます」

田所は「いや、いいです。読み上げなくて」と小声で言おうとしたが、すでに巻物は広がっていた。

「氏名:田所一たどころはじめ。異界より召喚された無属性者にして、現代的帳簿術の伝道者。  
以下、功績と呼称を記します」

場内の学生が一斉に背筋を正す。書記の声が響く。

「“ギルド式帳簿革命の立役者”」

「“関数統治により財政を可視化せし者”」

「“記録魔術師”」

「“紙と秩序の勇者”」

「“段取りを以て混沌を鎮めし文書の賢者”」

田所は、玉座に沈みながら顔を覆った。

「ちょっと待って、どれひとつ名乗った覚えがないんだけど……。いやほんとに。  
関数統治って何。そんな王政的な響きつけられるほどのことしてないからね?」

書記は涼しい顔で読み続ける。

「“沈黙の時間に手を動かし、混乱の場に付箋を貼る者”」

「“空気より明瞭な議事録を紡ぎ出す、進行の詩人”」

「“エクセル様の代弁者”」

「それはやめろおおおおお……!」

田所が立ち上がりかけたが、場内の拍手が始まっていた。  
どこからともなく響く、熱狂的な拍手。正装の若者たちが、全員まっすぐな目で田所を見つめていた。

その拍手に抗うのは、もはや不可能だった。  
玉座の上、田所は両手で額を押さえたまま、再び椅子に沈んだ。

「本当に……どうしてこうなったんだろう……」

呟きながら、彼は覚悟を決めた。  
スライドは用意した。進行表も、配布資料も、講義用フォルダも整理してある。

ただ、聴衆の期待が想定よりだいぶ“信仰寄り”なのが、唯一で最大の問題だった。
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