会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

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第11章 紙の力、政策を動かす

貴族たち、文書に戸惑う

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王都の中心にそびえる行政塔。その最上階にある円形の大広間が、年に数回だけ開かれる政策決定の場、王都評議会の会場だった。  
天井は高く、壁には歴代の王族や元老たちの肖像画が飾られ、中央には巨大な魔導式の時間計と天球儀が静かに回っている。

議席は円形に並び、内側の壇上に向かって傾斜がつけられている。上級貴族、各地方の行政官、軍の高官、魔導省の代表、そして王族直属の評議官たち。総勢四十余名。  
彼らが、ひとりひとり、黒檀のように重厚な机の前に着座している。

通常、この場では、筆写された提案文が羊皮紙に綴られ、補足は提出者の口頭説明によって行われる。  
魔術的な幻像補助が使われることもあるが、それはあくまで“見せる演出”であり、内容の伝達は“声と格式”に頼るのが通例だった。

その空気を切り裂くように、一つの書類が、事前配布された。  
重ねられた用紙は滑らかな質感、色彩豊かな表紙、そして何より――妙に“読みやすい”。

各議員の前に置かれたそれは、タイトルこそ真面目なものであった。

《小規模ギルド支援制度・補助案(提案書類第一号)》  
――提出者:田所 一(ギルド文書顧問・段取り参謀)

ページを開いた者たちの視線が、静かに、しかし確実に動きを止めていく。

一枚目には、図解。  
都市圏と地方圏のギルド支出構成比を比較した棒グラフ。  
次に、箇条書きの現状課題。  
次ページには制度導入の利点が要点でまとめられ、予算配分のシミュレーションまで“わかる色”で整えられている。

「……これは……」

口を開いたのは、評議会でも古参にあたる重鎮の一人、グローデン侯爵。  
分厚い眼鏡を持ち上げながら、めくった資料のページから顔を上げた。

「読むだけで……内容が頭に入ってくる……?」

「いや待て」

別の席から、魔導省付の老議員が口を挟む。  
顎髭を震わせ、薄く開いた目をさらに細める。

「この“構造化”された文書……この妙に整然とした段組……視線を誘導する色分け……これは新手の幻惑ではないか?」

その言葉に、空気が一瞬止まる。  
冗談なのか、本気なのか判断がつかないほど、声に疑念が混ざっていた。

「まさか、文書そのものに“魔力干渉”が……?」

「文面から香る、この“事前整理された感”……何者の手によるものだ……?」

その場に居合わせた行政記録官が、小声で答える。

「ギルド顧問の田所殿によるものです。  
前回、段取り講義をご担当され、現在は多方面の帳簿改革にも……」

「……なるほど。ならば、納得だ」

と、別の貴族が呟くように言った。  
ラリマール伯爵。政治家としては若手に入るが、実務派として名を馳せている人物だ。

「この文書……我が家の執事が作る朝の報告書より、明快だ。  
問題点、改善案、予算、関係部署……まるで、語られる前に“語り終えている”」

「書かれていること以外、考えなくていい……?」

「いや、それは逆に危険では? 思考を誘導されている気がする」

「だが誘導されている内容が、誤りではないのなら、それは“理解しやすい”ということだ」

議論のようで、議論にならない囁きが飛び交う。

田所は、静かにその光景を見つめていた。  
本来であれば、この場に資料提出者が帯同することは少ない。  
しかし、今回は“文書の使い方も含めた説明が必要”との判断で、末席に臨席を許されていた。

彼は自分の椅子のひじ掛けをそっと握った。  
今、彼の提出した文書が、政治の中枢で“異物”として、確かに機能している。

ざわめきが一度収まり、議長席に座る初老の男が口を開いた。  
議長は落ち着いた声で言う。

「では……この提案書について、本日は口頭補足を求めない形で審議を進める。  
理由は、“既に十分な情報が書かれている”との判断による」

場が、静まり返った。

田所は、書類の魔力を、まざまざと感じていた。  
それは何の魔法でもなく、ただ“わかりやすく整えられた紙”であった。

それでも、人の意識を揺さぶる力を持っていた。

文書で意思を伝えるということ。  
それが、ここ異世界でも、制度を動かしはじめている。

「……俺、ただパワポで作っただけなんだけどな」

田所は小さく呟いた。

誰にも届かないその声は、ただ静かに、議場の深い絨毯に吸い込まれていった。
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