会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

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第11章 紙の力、政策を動かす

PowerPoint、王都に降臨す

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議場の空気が、少しずつ変わっていくのを田所は肌で感じていた。  
配布された提案書の驚きに続き、今度は視覚的な“もう一押し”が始まろうとしていた。

議長の合図と共に、壇上の一角に設けられた簡易設営台に田所が歩み出る。  
彼の手にはいつものノートパソコンがあり、その横にはリゼットが設置を手伝った魔導投影機が小さく唸りを上げていた。

「それでは、視覚補足として――提案の要点を三枚にまとめましたので、ご覧ください」

田所が手早く操作すると、青白い魔導光が幕のように広がり、壁面に最初のスライドが映し出された。

スライド1:《現状の問題》  
中央には棒グラフ。冒険者ギルドの収入推移が地域別に可視化され、王都と辺境での顕著な格差が示されていた。  
その横には「問題点の要約」と題された四行の箇条書き。

・小規模ギルドは契約機会が少なく、稼働率が低い  
・経験者の離脱により、新規育成が困難に  
・地方定住者の減少が周辺経済に波及  
・一部の地域で治安悪化の傾向が発生

「これは……見ればわかる……」

一人の議員が、思わず呟く。  
席を立ったわけでもないのに、その視線は画面に釘付けだった。  
誰もが、文字ではなく“情報”を見ていた。

田所は滑らかに次のスライドへ切り替えた。

スライド2:《提案内容の要点》  
三段に分かれた表形式の構成。左から「施策内容」「担当部署」「予算配分(試算)」と並び、それぞれに簡潔な文言が記されていた。

・支援金の配分基準見直し → 財務審査局  
・地域ごとの冒険者登録制導入 → ギルド管理室  
・ギルド育成枠の創設(訓練費補助) → 職能教育局

文字は読みやすく、余白が多く取られている。  
強調すべき語句には控えめな色づけが施されており、全体に“読む負担”が極端に少ない。

貴族の一人が眉をひそめた。

「こんなにも……整理されている……?」

田所は、それが褒め言葉なのか疑問としての感想なのか判断できなかったが、うなずいて次に進める。

スライド3:《想定される成果と効果》

棒グラフと円グラフが並び、制度導入後に見込まれる改善指標が視覚化されていた。  
ページ下部には実例として、同様の支援策を試験導入した村の変化が簡単に記載されている。

「見てください。  
これは仮導入を行ったミルダン村のデータです。  
平均任務報酬が16パーセント向上し、登録者数も前年度比で1.4倍になっています。  
失踪率も減少しています」

それを聞いた評議員たちが、明らかにざわつき始めた。  
視線は交差せず、全員がスライドだけを見ていた。

「説明の声が……いらない……」  
「文字と図だけで、内容が伝わってくるとは……」  
「いや待て、これまでの提案が“何を言っていたか分からなかった”だけでは……」

田所は思った。  
これが、自分の仕事だった。  
伝えるべき情報を、必要なだけ、過不足なく“整える”。  
声ではなく、書式と構造で、意思を運ぶ。

壇上で立ったまま、彼は静かに画面を閉じる。  
投影が消え、魔導機の光が収束すると、再び議場には静寂が戻った。

その静寂の中、白髪の老議員がぽつりと漏らした。

「……資料だけで納得したのは……人生で初めてかもしれん……」

それに続いて、他の者も口を開く。

「いや、これは……話し合いの余地が、既に整理されていたということだろう」  
「この者……口は上手くないかもしれぬが……書き物が雄弁だ」

田所は軽く頭を下げた。

「ご確認、ありがとうございました。以上です」

短く、それだけ。

その声すら、必要なかったのかもしれない――と、彼自身が思うほどに、  
この日の提案は、すでに紙と光によって語られ、理解されていた。  
言葉に頼らない提案。  
それは、この世界の政治文化にとって、静かに――けれど確かに革命的な瞬間だった。
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