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第12章 信仰される“段取り”、困る本人
急遽開催、“段取り祭”
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夕暮れの村の広場は、予想以上の熱気に包まれていた。
風が心地よく吹き抜けるなか、大小さまざまな出店が並び、提灯の光が空の色を橙色に染めていく。
どこからともなく漂ってくる焼きトウモロコシの香ばしい匂い、子どもたちの笑い声、大人たちの掛け声。
それは確かに“祭”の風景だった。
だが、田所の目に映るのは、どうにも普通ではない祭の様相だった。
「さあさあ、次は“議事録暗唱競争”だよー! みんな、ちゃんと復習してきたかー!」
壇上に立った若い村人が高らかに声を張ると、子どもから老人まで十数人の参加者が一列に並ぶ。
手にしているのは、ラミネートされた一枚の紙。そこには、“第十一回 村営会議 議事録 抜粋版”と書かれていた。
その内容を、順番に、一言一句間違えずに暗唱していくというのだ。
「農機具の修繕に関しては、ノルフ村との協定に基づき、六月末までの補修を目指す……」
「納品報告書の様式が改訂されました。対象は収穫物の重量記録……」
田所は思わず頭を抱えた。
「……誰がこんな競技考えたんだよ……」
隣で、リゼットが静かに言った。
「おそらく村長でしょうね。先月の会議記録に、“村民の段取り理解を深めるための行事化提案”とあったわ」
「通っちゃったんだ、それ」
「ええ、満場一致で」
田所は深くため息をついた。
完全に“段取り”が、この村で文化として定着し始めていた。
信仰から風習へ、そして今や娯楽へ――進化というには奇妙すぎる変化だった。
その隣では、もうひとつの催しが始まっていた。
「フロー図お絵かき大会」。
模造紙の上に自由にフローチャートを描き、「どうすれば朝の支度を早く終わらせられるか」「納税の窓口を効率化するには」など、テーマに沿って工夫を凝らすという内容だった。
「うちの息子、すごいのよ。“靴をそろえる”ってところに分岐つけて、次の“忘れ物チェック”までルート引いてるの」
「おぉー、意識高いなあ」
そんな会話が広がるなか、田所は自分の眉間を押さえていた。
この世界で段取りを広めた張本人である自覚はある。
だが、ここまで昇華されるとは、想像すらしていなかった。
祭の中心では、さらに盛り上がる第三の競技が始まっていた。
「役割分担かるた」だ。
札には、“記録係”“司会補佐”“道具係”“時間管理係”など、会議や作業に必要な役割が書かれている。
読み札としては、状況文が読み上げられ、適切な札を取りに行く。
「“進行中、発言が長引いて全体が遅れそうなときの調整役は?”」
「時間管理係!」
子どもたちが一斉に手を伸ばす。
熱狂的な空気に包まれたその場で、ひときわ大きな声が上がった。
「付箋は心を映す鏡!」
声の主はガルドだった。
いつの間にか額に鉢巻を巻き、腕まくりをして、段取り祭の“親善大使”のような顔をしていた。
両手には蛍光色の付箋束を持ち、全身でその価値を訴えている。
「見ろ、この貼り方! “伝えたいけど遠慮してる気持ち”が、ちゃんと色で出てるだろう! これは青だ! 心が冷えてる証拠なんだ!」
「ガルド、お前ほんとにそれ理解してるか……?」
田所はつぶやき、頭を振った。
広場の真ん中には、かつてないほどの熱狂が渦巻いていた。
村人たちは一様に笑顔で、子どもも大人も関係なく、誰もが“段取り”を語り、“段取り”を競い合っている。
段取りが、祈りになり、神話になり、そして今、祭りになっていた。
田所は少し離れたところに腰を下ろし、焼きトウモロコシを片手にぼんやりとその光景を眺めた。
煙が上がり、子どもたちが笑い、紙が舞う。
自分が知らないうちに生まれたこの文化が、村に根を張り、暮らしの一部として機能している。
「……完全にやりすぎだろ、これ……」
ぽつりと漏らした言葉に、誰も応えなかった。
ただ、プリンターヤギの低い唸りだけが、夜の帳のなかで規則正しく響いていた。
でも、それが不快だったかと問われれば、答えは否だった。
誰かが嬉しそうに作業をしている。
誰かが段取りを通して、人の考えを思いやろうとしている。
誰かが紙を使って、明日の仕事を少しだけ楽にしている。
それが“やりすぎ”であったとしても――
それは、確かに田所が望んだ世界の、ひとつの形だった。
彼は焼きトウモロコシを齧りながら、夜空に浮かぶ星を見上げた。
段取りが、誰かの誇りになるのなら。
もう少し、見守ってみてもいいかもしれないと、そう思った。
風が心地よく吹き抜けるなか、大小さまざまな出店が並び、提灯の光が空の色を橙色に染めていく。
どこからともなく漂ってくる焼きトウモロコシの香ばしい匂い、子どもたちの笑い声、大人たちの掛け声。
それは確かに“祭”の風景だった。
だが、田所の目に映るのは、どうにも普通ではない祭の様相だった。
「さあさあ、次は“議事録暗唱競争”だよー! みんな、ちゃんと復習してきたかー!」
壇上に立った若い村人が高らかに声を張ると、子どもから老人まで十数人の参加者が一列に並ぶ。
手にしているのは、ラミネートされた一枚の紙。そこには、“第十一回 村営会議 議事録 抜粋版”と書かれていた。
その内容を、順番に、一言一句間違えずに暗唱していくというのだ。
「農機具の修繕に関しては、ノルフ村との協定に基づき、六月末までの補修を目指す……」
「納品報告書の様式が改訂されました。対象は収穫物の重量記録……」
田所は思わず頭を抱えた。
「……誰がこんな競技考えたんだよ……」
隣で、リゼットが静かに言った。
「おそらく村長でしょうね。先月の会議記録に、“村民の段取り理解を深めるための行事化提案”とあったわ」
「通っちゃったんだ、それ」
「ええ、満場一致で」
田所は深くため息をついた。
完全に“段取り”が、この村で文化として定着し始めていた。
信仰から風習へ、そして今や娯楽へ――進化というには奇妙すぎる変化だった。
その隣では、もうひとつの催しが始まっていた。
「フロー図お絵かき大会」。
模造紙の上に自由にフローチャートを描き、「どうすれば朝の支度を早く終わらせられるか」「納税の窓口を効率化するには」など、テーマに沿って工夫を凝らすという内容だった。
「うちの息子、すごいのよ。“靴をそろえる”ってところに分岐つけて、次の“忘れ物チェック”までルート引いてるの」
「おぉー、意識高いなあ」
そんな会話が広がるなか、田所は自分の眉間を押さえていた。
この世界で段取りを広めた張本人である自覚はある。
だが、ここまで昇華されるとは、想像すらしていなかった。
祭の中心では、さらに盛り上がる第三の競技が始まっていた。
「役割分担かるた」だ。
札には、“記録係”“司会補佐”“道具係”“時間管理係”など、会議や作業に必要な役割が書かれている。
読み札としては、状況文が読み上げられ、適切な札を取りに行く。
「“進行中、発言が長引いて全体が遅れそうなときの調整役は?”」
「時間管理係!」
子どもたちが一斉に手を伸ばす。
熱狂的な空気に包まれたその場で、ひときわ大きな声が上がった。
「付箋は心を映す鏡!」
声の主はガルドだった。
いつの間にか額に鉢巻を巻き、腕まくりをして、段取り祭の“親善大使”のような顔をしていた。
両手には蛍光色の付箋束を持ち、全身でその価値を訴えている。
「見ろ、この貼り方! “伝えたいけど遠慮してる気持ち”が、ちゃんと色で出てるだろう! これは青だ! 心が冷えてる証拠なんだ!」
「ガルド、お前ほんとにそれ理解してるか……?」
田所はつぶやき、頭を振った。
広場の真ん中には、かつてないほどの熱狂が渦巻いていた。
村人たちは一様に笑顔で、子どもも大人も関係なく、誰もが“段取り”を語り、“段取り”を競い合っている。
段取りが、祈りになり、神話になり、そして今、祭りになっていた。
田所は少し離れたところに腰を下ろし、焼きトウモロコシを片手にぼんやりとその光景を眺めた。
煙が上がり、子どもたちが笑い、紙が舞う。
自分が知らないうちに生まれたこの文化が、村に根を張り、暮らしの一部として機能している。
「……完全にやりすぎだろ、これ……」
ぽつりと漏らした言葉に、誰も応えなかった。
ただ、プリンターヤギの低い唸りだけが、夜の帳のなかで規則正しく響いていた。
でも、それが不快だったかと問われれば、答えは否だった。
誰かが嬉しそうに作業をしている。
誰かが段取りを通して、人の考えを思いやろうとしている。
誰かが紙を使って、明日の仕事を少しだけ楽にしている。
それが“やりすぎ”であったとしても――
それは、確かに田所が望んだ世界の、ひとつの形だった。
彼は焼きトウモロコシを齧りながら、夜空に浮かぶ星を見上げた。
段取りが、誰かの誇りになるのなら。
もう少し、見守ってみてもいいかもしれないと、そう思った。
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