会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

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第13章 仕組みの壁、反発の炎

崩れる秩序、残るのは…

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ギルドの朝は、以前と同じように始まったように見えた。  
時計塔の鐘が鳴り、職員たちはそれぞれの持ち場へと足を運ぶ。  
だが、空気にはわずかな違和感が漂っていた。

「……あれ? 今日って、会議室A使うんじゃなかったっけ?」  
「え? 自分たちもそこって言われましたけど……」  

小さな混乱が、静かに広がり始める。  
机に置かれた案件表は古いままで、上書きされた形跡がない。  
前日まで更新されていた「進行管理シート」が欠けていることに、皆が気づき始めた。

通達により、すべての段取り資料が「一時封印」された。  
理由は「過度な構造化による自由意志の阻害」  
結果として起きたのは、“自由”ではなく“不明瞭”だった。

午前中だけで、各地のギルドでは連絡の食い違いが三件、ダブルブッキングが五件。  
納品予定と査定会議が重なり、対応者が不在のまま客が帰っていった。  
事務棟のホワイトボードには「急遽中止」の赤文字が次々と書き足され、誰もが自分の持ち場の確認に奔走していた。

「連絡が来ていなかったんです」  
「でも、あちらの担当が言ってましたよ?」  
「それ、誰が最終確認したんですか?」

言い合いというほど激しくはない。  
だが、細かな擦れが職場の隅々で発生していた。  
苛立ちまではいかないが、全員が心の中にひっかかりを抱えていた。

“段取り”があるときには、気にしなくてよかったこと。  
“整っている”ことが当たり前だったから、わざわざ確認しなくてよかったこと。  
それらが、いま少しずつ、崩れていく。

ギルド内の空き会議室では、若手の議員たちが集まり、手書きで何かを書き出していた。  
一人が言う。

「こういう時は、優先順位表があった方がいいと思うんです。どれから対処すればいいか分からない」  
「でも、それってどう作ってたんだっけ……“目的・現状・障害・対応”とか、そういう流れじゃなかったか?」

「それ、田所さんが使ってたやつですよね。フォーマット、もう回収されちゃって……」

別の者が頷いた。

「覚えてる範囲で書いてみる? たしか、矢印で流れを示して、ステップを色分けして……」

「色分け? でも、それって“誘導性が高い”って言われて禁止されたんじゃ……」

会話は止まった。  
自分たちがやろうとしていることが、まさに“封印された仕組み”に近いことだと、誰もが気づいていた。

それでも、手は止まらなかった。  
不便だった。  
単純に、手間が増えた。  
整理された情報がなければ、誰が何を、どこまでやっているのか、誰にも分からなくなった。

昼過ぎ、倉庫では二重で同じ品が手配されていたことが発覚。  
ユナが管理票を見て、思わず頭を抱えた。

「これ、納品者が二人で、請求書も二通……。誰がチェックするはずだったの?」

周囲の誰も答えられなかった。  
以前なら、田所が作った「物資受領フロー図」に従って動いていた。  
今、それはどこにも存在しない。

不満は声にならなかった。  
だが、それは積み重なっていった。  
それぞれが、心の中で呟いていた。

「あった方が、楽だったよな……」  
「なくても、なんとかなると思ったけど……やっぱり、必要だったんじゃないか?」

段取りとは、“なくても回るようにする”ものだった。  
田所はそう語っていた。  
だが今、その“回る”の土台になっていたのが、まさにその段取りだったことに、皆が気づきはじめていた。

夕方、ギルドの一角で、職員たちが集まり小さな会議を開いた。  
正規のものではない。  
誰かが提案し、自然と集まっただけだった。  
小さなホワイトボードの前で、一人が言った。

「……書きましょう。私たちで。完璧じゃなくていいから、とりあえず進行の地図を」

もう一人がうなずいた。

「田所式の真似でもいい。完全じゃなくても、あるだけで違うから」

彼らは机に座り、記憶を頼りに項目を書き出し始めた。  
ペンを走らせながら、一人が苦笑いした。

「なんか、紙の上にあった時は、面倒だなって思ってたのに……無いと、怖いですね」

その言葉に、誰も反論しなかった。

やがて、紙の上には不格好な流れ図と、手書きのチェック欄が並んだ。  
田所のものとは違う。  
でも、確かにそれは“段取り”だった。

その夜、ユナは倉庫を見回りながら、ふと思った。  
段取りというのは、仕組みそのものではなかったのかもしれない。  
それは、誰かが“考え抜いた痕跡”だったのだ。  
そこに宿っていたのは、整えようとする意志。  
混乱を嫌い、他者を思い、全体を見ようとする視点。  
それこそが、“段取り”の正体だったのではないかと。

そして今、それを一番強く感じているのは、田所ではなく――  
彼のいない場所にいる、皆だった。
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