会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

文字の大きさ
70 / 92
第14章 静かなる反論、整える者たち

草束は裏切らない

しおりを挟む
王都広場の朝は、普段であれば穏やかだ。  
市場が開き、職人たちがそれぞれの道具を整え、噴水の水音が風に揺れる。  
人々は行き交い、今日も“普通”の一日が始まろうとしていた。

だがその広場の中央に、妙な一団が現れたことで、空気が少しだけざわついた。

先頭に立つのはノイだった。  
いつもの作業用ローブに加え、手には不自然なまでに丁寧に縫い込まれた手作りの旗を掲げている。  
旗にはこう書かれていた。

「草束は裏切らない」  
「給餌こそが供給」  
「全ての紙は、ヤギの上に成り立つ」  

何を訴えたいのか、誰も正確には分からない。  
分からないのだが、本人は至って真剣な顔をしていた。

彼のすぐ後ろには、ヤギが2頭。  
それぞれ背中にプリンターの外装部品らしきものをくくりつけられており、首元にはリボン。  
一見すると装飾的な祭具のようにも見えるが、その実、ノイの開発した“魔導プリンターヤギ”の試作モデルだった。

更にその後ろを、何人かの子どもたちが好奇心に駆られて付いてくる。  
彼らは旗よりもヤギに興味があるらしく、静かに笑いながらも、足を止める気配はなかった。

ノイはゆっくりと歩きながら、一定のリズムでスローガンを唱えていた。

「資料は燃やせても、構造は燃えない」  
「電源は魔力、駆動はヤギ、出力は信頼」  
「我々は、草を供え続ける者である」

誰が“我々”なのかは不明だった。  
子どもたちは小声で笑いながらその言葉を真似ていたが、ノイはまったく動じなかった。

やがて、広場の衛兵たちが異変に気づき、数人が歩み寄ってきた。

「おい、これは……何の行進だ?」  
「届け出のない集会は禁止されている。特に、最近は紙関連の動きに敏感になっているんだ」

ノイは足を止め、旗を立てたまま静かに答える。

「これは抗議ではありません。動作検証です」

「……は?」

「魔導プリンターの“環境適応稼働試験”です。実地による耐振・移動時の給紙精度の確認。  
 このように、草束の消費状況を観察し、動力供給の実地検証を行っています」

「……つまり、ヤギが印刷機ってことか?」

「そうです」

衛兵たちは顔を見合わせた。  
何かがおかしいのは確かだ。  
だが、明確に“違法”とするには難しい説明だった。  
加えて、ヤギが実際に静かに反芻しているのを見て、取り締まる気力が少しずつ削がれていく。

「……このまま大人しくしてくれるなら、目をつぶる。騒ぎを起こさなければな」

ノイはわずかに頷き、旗を下げた。

「もちろん。これは記録です。騒ぎにする気はありません。草束のこと以外は」

そのやりとりを、離れた場所から眺めていたユナは、額に手を当ててため息をついた。

「……あの人、真面目なのかふざけてるのか、分からない……」

彼女は元々ノイの発想力には一目置いていた。  
実際、プリンターや魔導紙の開発において彼の貢献は計り知れない。  
だが、こうして公然と「草束の大切さ」を訴える姿を見ると、思わず距離を取りたくなるのも事実だった。

そのとき、不意に太鼓の音が響いた。

「どん、どん、どん、どん!」

音の主は、当然ながらガルドだった。  
いつ持ってきたのか分からない太鼓を肩に掛け、手にはバチ。  
ノイの横にぴたりと並び、どこから習ったのか、それらしいリズムで太鼓を叩いていた。

「草束の鼓動を感じろ! これが、段取りの脈動だ!」

子どもたちが歓声を上げ、衛兵たちが明らかに困惑し始めるなか、ガルドは勝手に即興のシュプレヒコールを始めた。

「ヤギは黙っているが、紙を出す!」  
「紙は黙っているが、道を示す!」  
「段取りは拳じゃない、でも鼓動で伝わるんだ!」

もはや目的も主張もぐちゃぐちゃだった。  
だが、不思議な一体感がその場にはあった。

笑いながら踊りだす子ども。  
ぽかんとしながらも手拍子を打つ通行人。  
それを冷めた目で見ながら、帰ろうとしない衛兵。

そして、ノイは終始まじめな顔でヤギを見つめ、紙が出力されるのを待っていた。

やがて、ヤギが低く鳴き、腹部にくくりつけられた小型プリンターから一枚の用紙が出てきた。

ノイはそれを丁寧に受け取り、しばらく眺めてから、満足そうに言った。

「……フルカラーの階層図。出力良好。草束効率、上昇傾向」

誰もその意味は理解しなかった。  
だが、不思議なことに、誰も馬鹿にする者もいなかった。

ただ、“仕組み”の片鱗が、あらゆるかたちでまだ生きているのだと――  
そう思わせるだけの、確かな存在感が、そこにはあった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした

高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!? これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。 日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

【鑑定不能】と捨てられた俺、実は《概念創造》スキルで万物創成!辺境で最強領主に成り上がる。

夏見ナイ
ファンタジー
伯爵家の三男リアムは【鑑定不能】スキル故に「無能」と追放され、辺境に捨てられた。だが、彼が覚醒させたのは神すら解析不能なユニークスキル《概念創造》! 認識した「概念」を現実に創造できる規格外の力で、リアムは快適な拠点、豊かな食料、忠実なゴーレムを生み出す。傷ついたエルフの少女ルナを救い、彼女と共に未開の地を開拓。やがて獣人ミリア、元貴族令嬢セレスなど訳ありの仲間が集い、小さな村は驚異的に発展していく。一方、リアムを捨てた王国や実家は衰退し、彼の力を奪おうと画策するが…? 無能と蔑まれた少年が最強スキルで理想郷を築き、自分を陥れた者たちに鉄槌を下す、爽快成り上がりファンタジー!

追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る

夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...