会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

文字の大きさ
69 / 92
第14章 静かなる反論、整える者たち

地味な反乱者たち

しおりを挟む
午後の陽が斜めに差し込む地方ギルドの会議室は、いつものざわめきとは異なる空気に包まれていた。  
今日、そこに集まったのは、若手の職員ばかりだった。  
正式な会議ではない。  
それぞれが勤務を終えたあとに、自然と「集まった」という言葉がふさわしい空間だった。

机の上には、バラバラの書類が広がっている。  
ある者は手描きのフロー図、ある者は古い進行表のコピー。  
中には、かつて田所が講義で配布した“段取り見本”の断片を持参してきた者もいた。

「ねえ、これって“工程ごとのリスク評価”ってやつだったよね? たしか、赤の付箋を使ってた気がする」  
「いや、たぶん“注意事項”は黄色だったよ。赤は“即時対応”だったと思う」  
「マジで? じゃあ、このフロー図、色合い全部逆じゃん……」

小さな混乱と訂正が繰り返される。  
だが、そこにイライラや責任の押し付けはなかった。  
ただ、「どうすればうまくいくか」を探ろうとする前向きな空気があった。

彼らの手元には、もう正規の資料は存在しない。  
フォーマットは封印され、公式には“段取り”は使用禁止の扱いを受けている。  
それでも、何とか回るようにしたいという思いが、彼らをここへ連れてきた。

「……本当に、誰もやってくれないんだな」

ぽつりと、誰かが呟いた。  
否定する声はなかった。  
“整えてくれる人”がいなくなって初めて、自分たちがその恩恵を受けていたことに気づいたのだ。

「でも、だからって、止まるわけにはいかない。  
 会議がぐちゃぐちゃで、何も決まらなかったら、困るのは現場の人たちだし……」

そう言った青年は、ぎこちない手つきで自作の進行表を広げた。  
まだ未完成だった。  
矢印は歪み、枠の大きさもまちまち、色使いも何となく曖昧だ。  
だがその紙には、確かに「進もうとする意思」が宿っていた。

机の上には、メモ帳の切れ端に書かれた覚え書きが積まれていた。  
「“目的”は最初に明記」  
「“関係者”には“報告・連絡・相談”の責任を書いておく」  
「付箋は“情報の見える化”」  

それはまるで、記憶の断片を寄せ集めて形にしようとする、パズルのようだった。  
彼らは、かつて一度でも田所の会議を見たことがある。  
彼の進める流れを、使われていたシートの構造を、体感として覚えている。  
だから、完全ではなくとも、組み立て直すことはできると信じていた。

「ここのタイムライン、15分刻みにしてみたら?」  
「でも、次の議題が重いから20分に伸ばした方がよくない?」  
「その調整欄、“保留”と“未決定”を分けた方がいい。いつもごっちゃになってたから」

そのやり取りは、以前のような“誰かに委ねる会議”ではなかった。  
誰かが仕切るのではなく、全員が少しずつ考えて、作って、整理していた。

そこに、ふと一人の職員が報告書の控えを持ってきた。  
ページの隅に、手書きの一文が添えられていた。

「この内容、分かりやすいけど、結論が最後になってるから伝わりにくいかも。  
 “目的・要点・経緯”の順がベターだと思います。  
 ※あくまで一案ですが、整理の参考にどうぞ」

誰の署名もなかった。  
だが、その筆跡は、見覚えのあるものだった。

「これ、田所さん……?」

誰かが呟いたが、それ以上は誰も言わなかった。  
否定も肯定もしない。  
ただその助言を、静かに紙の上に取り込むだけだった。

夜が更け、部屋の灯りが少しだけ弱まっても、若手たちは机を囲んでいた。  
彼らの目は疲れていたが、どこか充実していた。  
この日、自分たちが“整える側”になったことを、少しだけ誇らしく思っていた。

完璧な仕組みではない。  
理想の段取りでもない。  
だがそれは、自分たちの手で整えた、初めての“流れ”だった。

田所の姿は、どこにもなかった。  
だが、その考え方は、確かに彼らの中に残っていた。  
それは教えではなく、文化のように根づいていた。

やがて一人が、完成した仮フォーマットを手に取り、言った。

「明日の会議、これでやってみるか」  
「うん。上から何か言われたら、俺が説明する。……“使いやすいから”って」

小さな反乱だった。  
誰にも気づかれず、旗も掲げられず、声も上げない。  
だが、その静かな決意は、やがて世界の形を少しずつ変えていく。  
誰かが整えてくれないなら、自分たちが整える。

それが、いちばん自然な姿だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした

高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!? これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。 日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

【鑑定不能】と捨てられた俺、実は《概念創造》スキルで万物創成!辺境で最強領主に成り上がる。

夏見ナイ
ファンタジー
伯爵家の三男リアムは【鑑定不能】スキル故に「無能」と追放され、辺境に捨てられた。だが、彼が覚醒させたのは神すら解析不能なユニークスキル《概念創造》! 認識した「概念」を現実に創造できる規格外の力で、リアムは快適な拠点、豊かな食料、忠実なゴーレムを生み出す。傷ついたエルフの少女ルナを救い、彼女と共に未開の地を開拓。やがて獣人ミリア、元貴族令嬢セレスなど訳ありの仲間が集い、小さな村は驚異的に発展していく。一方、リアムを捨てた王国や実家は衰退し、彼の力を奪おうと画策するが…? 無能と蔑まれた少年が最強スキルで理想郷を築き、自分を陥れた者たちに鉄槌を下す、爽快成り上がりファンタジー!

追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る

夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...