会議で死んだら異世界で神扱いされました〜魔法ゼロでも資料で世界は回ります〜

中岡 始

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第14章 静かなる反論、整える者たち

届くはずのなかった封筒

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地方ギルドの事務室に朝日が差し込み始めた頃、職員のひとりが棚の書類整理をしていて、不意に手を止めた。  
旧式の納品伝票の間に、見慣れない封筒が一枚、紛れ込んでいたのだ。  
封筒の色は無地の薄灰色。差出人の名前はない。消印もなければ、封の痕跡もなかった。

「……これ、いつ入ってた?」

誰に問いかけるでもなく、小さく呟く。  
中身を確認してみると、複数枚の用紙が整然と綴じられていた。  
何の装飾もない。  
タイトルもない。  
一見すれば、ただの事務用紙。

だが、ページをめくるごとに、その“ただの紙”が、まったく普通ではないことに気づかされる。  
最初のページには、入力者が自然に視線を落とす位置に「目的」欄。  
余白は絶妙に広く、書き込みやすい。  
次に「現在の状況」と「関係者」の一覧が並び、すぐ横には「優先度記号の凡例」が小さく添えられている。  
ページ下部には、指示された内容をそのまま貼り写せるようなチェック欄と、記録時刻の入力スペース。

何より、全体の流れが迷いを許さない。  
ページを追っていけば、自然と「なにを」「いつ」「誰が」行えばよいのかが、視覚的に導かれる構造になっていた。

それは、田所一の資料に通じる“無理のない導線設計”だった。

「……誰が、作ったんだ、これ」

職員の声が静かに漏れる。  
だが、答えはない。  
他の職員たちも次第に興味を持ち始め、その用紙を手に取っていく。

「これ、すごく見やすい」  
「下の段にある“想定される障害”の項目、いつも後回しにしてたけど、最初に書くと流れが変わるな」  
「提出日と“再確認日”の欄があるの、地味にありがたい。忘れなくなる」

皆が口々に感嘆を漏らすが、誰も“使っていいのか”とは口に出さなかった。  
この紙が、どこから来たものか不明であることは、全員が理解していた。  
だがそれ以上に、この紙が“役立つ”という事実のほうが、はるかに重かった。

ある職員が、つぶやいた。

「……封印されたフォーマットに似てる。でも、これ、明らかにバージョン違うな。もっと……汎用的で、自由度が高い」

「誰の名前もないし、見出しもラベルもない。なのに、分かるんだよな……“あの人のやつだ”って」

それが田所のものであると、誰も明言しなかった。  
だが、誰もが分かっていた。  
それは言葉ではなく、“感覚”で分かるものだった。

ギルド長はその様子を黙って見ていた。  
職員たちが、誰に言われるでもなく、新しい用紙に自発的に記入を始めているのを見て、ゆっくりと席を立つ。

「これを使って、明日の会議の再構成を試みてみよう。……形式上、これは“試験用補助資料”とする」

誰も反論しなかった。  
ただ数名が目を見合わせ、わずかに笑った。

同じような現象は、ほかの地方ギルドでも起きていた。  
物資倉庫の整理中に、「仕分け進行表(記録者不明)」が見つかり、職人たちが自然と使い始める。  
新人研修中の補助職員が、引き出しの奥から「作業分担シートの試作版」を見つけ、班長に提出する。  
どれも決して公式なものではない。  
だが、その整えられた構造が“本能的な信頼”を呼び起こしていた。

ギルド本部が指示を出していないにもかかわらず、職員たちは次々とその“匿名の紙”に従い始めた。  
それは命令ではなく、“助け”としてそこにあった。

ある職員が書いた進行表の隅に、こう記されていた。

「この紙、誰が置いたか知らないけど、今の俺には必要だった。ありがとう」

誰かが整えたということに、感謝すら要らない。  
ただ「整っている」こと自体が、安心を生んでいた。

田所は、その光景を直接見ることはなかった。  
だが、手応えは、確かにあった。  
誰かが使い、誰かがそれを“便利だった”と思ったことは、巡り巡って必ず伝わる。  
仕組みは、声を上げずに息をする。  
そのことを、田所はよく知っていた。

どこからともなく届いた紙。  
どこにも名前が書かれていない進行表。  
それはまるで、風のようだった。  
痕跡も声も残さないまま、ただ、必要な場所へと届いていく。

そしてその風が通り過ぎた後、人々は自然と、秩序の形を思い出す。  
整った机の上、迷わず開ける引き出し、流れるように始まる議題。

誰が作ったかは、もう問題ではなかった。  
“仕組み”が、戻ってきたのだった。
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