転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第1章 目覚めれば袴男子〜転生!推し爆誕!萌えが呼吸!

ここはどこ?推しは誰?

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見知らぬ天井だった。  
木目のある格子の天井板が、朝の光を受けてわずかに金色がかっている。  
その景色は、どこかで見たような…いや、見たことのないような不思議な懐かしさを伴って、じわじわとひかるの意識に現実味を持たせてくる。

枕の感触がやけに硬い。  
身体を包む布団は分厚く、しかししっとりとした肌触り。  
鼻を抜けるのは畳の匂い。湿った木と乾いた藺草いぐさの香りが、ぼんやりとした頭の隅に染み込んでくる。

ひかるは、身体を起こした。

その瞬間、視界の中に飛び込んできたのは――白い襦袢の袖だった。  
自分の、袖だ。  
動かせば、その通りに動く。

「……うそ」

言葉は声にならなかった。唇がかすかに動いただけだったが、胸の奥がぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。

両手を持ち上げてまじまじと見る。  
関節がすっとしていて、骨ばっている。  
白く細い、まるで別人のような手。けれど、確かに自分の意思で動いている。

掛け布団を払うと、下から現れたのは紺色の袴だった。  
そして、その下に広がるのは…見慣れない和室の風景。  
柱も、障子も、机も、すべてが“異世界”のように静かにそこにあった。

畳の上に裸足を下ろす。冷たい感触が足裏にぴたりと吸いつく。  
その瞬間、ひかるは背筋をぞわりと震わせた。

これは…夢じゃない。

そう思ったとき、胸の内に何かがじわじわと広がっていった。  
不安でも、恐怖でもない。  
むしろそれは、どこかでずっと憧れていた光景に、突然身を投じてしまったような、説明しがたいときめきだった。

ふらりと立ち上がり、障子に手をかける。  
がら…とゆっくり開いたその先に、彼はいた。

縁側に、一人の青年が座っていた。  
背筋をまっすぐに伸ばし、白いシャツに紺の袴を身につけている。  
手には一冊の文庫本。左手で持ち、右手でゆっくりとページを繰っていた。

陽の光が彼の肩口を照らし、髪に淡く影を落としている。  
黒髪はすっきりと短く、きちんと整えられていた。  
眼鏡の奥に見える目元は伏せられ、睫毛の影が頬に落ちている。  
静かで、揺るがない空気。  
まるで、この空間の時間を、彼ひとりが支配しているかのようだった。

ひかるは、一歩も動けなかった。  
目が、彼に釘付けになっていた。

息が詰まるような美しさだった。  
否、美しいという表現すらもどかしいほど、そこにいる彼は、まさしく“推し”だった。

ひかるの脳内で、何かが爆発音を立てた。

(……いる。…いる。いるいるいる…おる…おるやん……)

頭の中で警報のように繰り返される声に、口元が震える。  
だが現実の身体は、あまりに突然すぎるその“萌えとの遭遇”に、ただ呆然と立ち尽くしていた。

彼が、ふと本から視線を上げた。  
そして、ひかるの存在に気づいた。

ほんの一瞬だけ、彼の目が、こちらを向く。  
まっすぐではない。  
けれど、その横顔の角度、その視線の柔らかさ、その空気の揺らぎ――

全身が感情の奔流に襲われた。  
思考が、断線した。  
言葉が、見つからない。

「……おはようございます」

静かに、落ち着いた声が、縁側の空気を震わせた。

その声は、低く、やさしく、すこし眠たげな響きがあった。  
音の端に微かに震えがあるのに、なぜか芯がある。

ひかるは、声を返すことができなかった。  
ただ、目を見開いたまま、息を止めて、そこに立っていた。

彼は、軽く会釈をして、本を閉じた。  
そして、立ち上がる。  
袴の裾がゆるやかに揺れる。  
そのまま、静かな足取りで、廊下の奥へと歩いていった。

後ろ姿。  
やや細身の体型。  
肩の線がすっとしている。  
左手に本を持ち、右手は無防備に下ろされている。  
背中には何も語らないはずなのに、どこか哀しみのような、優しさのようなものが宿っている。

そのすべてが、完璧だった。

頭の中で、ひかるの“攻受判定脳”が作動した。

(伏し目……睫毛長い……左手持ち本……声低め……)

(これは、完全に…受け…受け度97パー……)

震える指で、どこにあるともわからない“脳内メモ帳”をめくる。  
勝手に分類が始まる。  
好みのタイプ、過去に書いたキャラとの共通点、攻めとの相性指数……  
頭の中でシミュレーションがぐるぐる回り始めた。

(あの視線で、主君を見つめてほしい…  
あの声で、“自分は構わない”って言ってほしい…  
あの背中で、誠実を演じてほしい…)

震えるように心が動いた。  
言葉にならない想いが、胸の奥でじんじんと鳴っていた。

(ああ……もう、これは……書くしかない)  
(この人を、書きたい)  
(この人を、物語に閉じ込めたい…)

そのとき、ようやくひかるは気づいた。  
自分は、推しと出会ってしまったのだ。  
しかも、現実に。  
この手で触れられる距離に。  
この耳で声を聞ける場所に。

夢でも幻でもない。

そして、ひかるの魂は確信した。  
この出会いは、書かれるべきだと。  
物語になるべきだと。

目の奥が熱くなった。  
心臓が高鳴っていた。

まだ名前のわからないその書生の後ろ姿を、ひかるはじっと見つめていた。  
その背中から、静かに、物語が生まれ始めていた。
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