転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第1章 目覚めれば袴男子〜転生!推し爆誕!萌えが呼吸!

ひかるの妄想ノート

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翌朝の空は、ほの白く煙っていた。  
雨が降るのかもしれない。けれど、ひかるの心の中は晴れていた。  
一晩中書き続けたことで、脳内にたまりにたまった“萌えの濃縮液”が解放されたからだろう。  
まるで何かを浄化したような爽快感があった。

それでも、心の奥には小さく灯った火がまだ静かに燃えていた。  
まだ足りない。もっと見たい。もっと知りたい。  
彼のことを。彼らのことを。  
そして、物語に閉じ込めたい。

ひかるは机の上に広げたままの原稿をそっと脇に避け、押入れから一冊のノートを取り出した。  
厚手の紙を使った和綴じのノート。表紙には何も書かれていないが、角の一部が指に馴染むほど触れられており、明らかに愛用されていることがわかる。

ひかるは、それを「妄想ノート」と呼んでいた。

昨日の夜、物語を綴った直後、眠る前にほんの数ページだけ開いたこのノート。  
そこには、蒼の言動や仕草、目線の方向や手の動き、ちょっとした呼吸の間までが事細かに記されていた。

ページをめくる。

一行目からして、情報が濃い。

【村瀬蒼/初期観察メモ】  
・黒髪(襟足すっきり、全体やや重め)  
・眼鏡(銀縁、やや大きめ → 瞳が透けて見える設計)  
・白シャツ(清潔。洗濯は自分でしている?)  
・姿勢が非常に良い。座るときの背中のライン、芸術点高い  
・左手で本を持つ=利き手は右。だが左手も器用に使う  
・声は低く、やや鼻にかかる  
・語尾にほとんど揺れがない → 感情のコントロール能力が高い?

次のページには、スケッチが数枚添えられている。  
細い指がページを繰る様子。  
縁側で読書をする横顔。  
白シャツの襟元を直す瞬間。  
いずれも鉛筆の線で丁寧に描かれており、人物の気配と空気感がそのまま封じ込められている。

そして、さらにページを進めると、文字の密度が増していく。

【攻受判定ログ】  
・初動判定:受け度97%(根拠:目線・声質・所作)  
・追加判定:受け要素に“精神的タフさ”あり → これは“静かなる受け”の最上級クラス  
・現段階での結論:  
 → 攻めの言葉をじっと受け止めるタイプ  
 → しかし、状況によっては“攻め返す受け”に化ける可能性あり(いわゆるスイッチ型)

ひかるは、思わず口元を緩める。  
何度読んでも、読み飽きない。  
それどころか、見れば見るほど、想像がふくらんでいく。

こうして分析していると、蒼はもう“現実の人物”というよりも、“物語の住人”になっていた。  
でも、それでいて、すぐ隣の部屋に実在しているという事実が、ひかるの妄想に生々しさを与える。  
このリアルとフィクションの狭間こそが、今のひかるの創作欲を刺激してやまないのだ。

ページの端に、小さな文字でこう書かれている。

(この人、誰にも言えない想いを、心の奥に抱えてそう。  
 誰にも見せないけど、誰かに救われたいと思ってそう。  
 そういう人は、物語の中で、ようやく本当の“声”を持てる)

さらに数ページ進むと、今度は“組み合わせ考察”のコーナーになる。

【村瀬蒼×???】  
・現時点での最有力候補:  
 → 高身長、上流階級風、やや尊大な青年(未確認)  
 → 書生との主従関係があれば萌え爆発  
 → 敬語×敬語の会話、従順なようで反発する展開希望  
 → 最終的に“従者の方が主君を導く”構図が理想

【仮タイトル案】  
・『白墨と誓い』  
・『書生の眼差しは夜に似て』  
・『主君は知らぬ、従者の涙』

どれも、頭の中でふくらみかけているストーリーたち。  
まだ確定ではないけれど、どの方向に転んでも“美味しい”展開になりそうだ。

ひかるは、机の引き出しから新しい筆を一本取り出した。  
毛先を整えながら、真新しいページを開き、ゆっくりと筆を走らせる。

今日は、昨日よりも一歩進んだ観察をするつもりだ。  
蒼が誰と、どんな風に話すのか。  
彼の視線が、どこに向くのか。  
そして、その先に現れる“攻め候補”が、どんな人物なのか。

それはもう、創作のための“現地取材”だった。  
いや、ひかるにとっては、それ以上だった。  
この世界の“萌え”を、物語に昇華することこそが、生きる理由のようにすら感じられる。

襖の向こうから、小さな足音が聞こえた。  
誰かが、朝の支度をしているのだろう。  
もしかすると、蒼かもしれない。

ひかるは、そっと筆を置いた。  
そのまま、原稿用紙を一枚手に取り、昨夜の続きに目を通す。

「その視線を、敬礼と呼んではいけない気がした」

昨日書いた一行が、今日はまた違って見える。  
蒼の仕草を、昨夜の息遣いを、改めて思い出しながら、ひかるは小さく頷いた。

物語は、ここから始まる。  
ただの妄想だったはずの情景が、いま現実と重なり合いながら、少しずつ色と形を持ちはじめている。

そして、このノートは、それをつなぐ架け橋だ。

ひかるは静かに立ち上がった。  
今日もまた、妄想の採集が始まる。  
それは決して気まぐれな遊びではなく、真剣な創作の第一歩だった。

推しの息遣いを観察し、関係性を読み取り、言葉にならない感情を拾い集める。  
それが彼女の、朝のルーティンになっていく。  
そして、この妄想ノートは、物語の地図として、これからもページを重ねていくのだった。
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