転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第4章 これは、ひとりのための物語ではない〜読者の眼差しと、筆の覚悟

続編、再び文藝帳へ

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風籠荘の朝は、いつも通り静かだった。  
鳥の声と庭を掃く竹ぼうきの音が混ざり合い、廊下を渡る風が襦袢の袖をわずかに揺らす。  
ひかるは湯呑みを手に、ぼんやりと縁側に座っていた。

今朝、下宿の居間に届いた郵便の束のなかに、一冊の冊子があった。  
表紙には、初夏の果実と思しき梅の枝と、淡い金の筆文字で書かれた題字。

「少女文藝帳 第十八号」

手にした瞬間、胸の奥がきゅっと収縮した。  
再び掲載されるとは、編集部からの手紙で知らされていた。  
けれど、実際にその本を目の前にしても、まだどこか現実感がなかった。

あのときもそうだった。  
印刷された活字を目にした瞬間、自分の中で何かが崩れるように動いた。  
今度は、それが“確かな手応え”として感じられるのだろうか――  
ひかるは静かに、ページをめくった。

表紙をめくると、寄稿者一覧が並ぶ。  
桜蔭女学校、山脇女学園、雙葉高女――  
そして、そこにひとつ、見慣れた名前があった。

桃野ひかり(無所属)

目が止まる。  
名前をなぞるように見つめたあと、ゆっくりと該当ページを開いた。

『誓いの後ろ姿』

それは、前作と同じ蒼と榊原を主軸とした短編。  
時間が経ち、ふたりが再会する――ただ、それだけの話だった。  
けれど、再会に至るまでのすれ違いと、言葉にならない感情の層を描くために、  
ひかるは夜を幾度も重ねて筆をとった。

今回は、前回よりも長く、構成も複雑だった。  
蒼の視点と榊原の記憶とが交錯し、読者がふたりの気配に息を止めるような構成を目指した。  
恋とは呼ばず、愛とも言わず。  
ただ、共に過ごした時間が、ふたりの身体に残っているということを、行間で伝えたかった。

活字になったその文章を追いながら、ひかるの目は徐々に潤んでいった。  
書いた内容を、自分の手で再読するという行為は、思っていたよりも深く胸に響いた。  
行間の余白に、自分の筆が込めた“言葉にならない想い”が、確かに息をしていた。

そして、ページの終わりにある「編集部より」の欄に、目をやった。

前作に続く静謐な筆致はそのままに、より感情の襞を掘り下げた構成力に驚かされました。  
行間に漂う“未完の関係”の美しさが、読後に長く余韻を残します。

読み終えたとき、ひかるは言葉を失っていた。

“感情の襞”“未完の関係”“余韻”――  
それは、ひかるが無意識に追い求めていた表現だった。  
蒼と榊原の関係は、どこまでも未完成で、完全に交わることはない。  
けれど、だからこそ、その隙間に満ちる何かが、尊く、深い。

それを、編集部が“読み取ってくれた”という事実が、ひかるを震わせた。

「伝わったんだ……」

誰にともなくつぶやいた言葉は、息のように消えた。  
でも、その小さなつぶやきが、今までにない確信として胸に残った。

妄想でもない。  
自己満足でもない。  
この物語は、自分だけのものではなくなりつつある。

手元の冊子を静かに閉じたあと、ひかるは筆を取り、妄想ノートを開いた。  
ページの上部に、日付を書き込む。  
そして、こう綴る。

「二作目掲載。  
編集部からの言葉が、私の背中を押してくれる。  
蒼と榊原のことを、私はやっぱり誰かに伝えたかったのだと思う。  
彼らは、言葉にされることで、ようやく存在の証明を得た。  
それを私の筆が担えたのなら、こんなに嬉しいことはない」

筆先が止まると、今度は小さくスケッチを描き始めた。  
梅の枝の下で立ち尽くす蒼。  
顔は描かず、ただうつむく背中だけを、柔らかく筆でなぞる。

ふと、遠くから物売りの声が聞こえた。  
豆腐屋の鐘の音とともに、日常が戻ってくる。  
でも、ひかるの内側では、確かに何かが変わっていた。

物語を書くということ。  
それが、今までは“供養”だった。  
けれど、今はもう少し違う。  
物語を通して、誰かと“呼吸を合わせる”ような営みになっていた。

それは、ひかるにとって初めての“創作の手応え”だった。

風が廊下を渡っていく。  
行灯の火がわずかに揺れる中で、ひかるは次に書くべき物語を静かに思い浮かべていた。
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