転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第4章 これは、ひとりのための物語ではない〜読者の眼差しと、筆の覚悟

読者の声、熱を帯びて

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少女文藝帳・第十八号の末尾には、読者からの投書欄が設けられていた。  
ひかるは、その欄を読むとき、少し息を整えてからページをめくる。  
前回も、そこに寄せられた感想のひとつひとつに、胸を打たれた。  
読者の誰かが、自分の物語に触れ、何かを感じたという事実。  
その声に支えられて、今回の投稿にも踏み出せたのだ。

今回もまた、読者の声はあたたかかった。  
けれど、そのなかに、はっきりとした“熱”を帯びた感想が混ざっていた。

投書欄の中央、筆跡を模したような明朝体の活字が、こう綴っていた。

桃野ひかり様の『誓いの後ろ姿』を拝読し、心の深いところが静かに揺れました。  
ふたりの関係性に、名前はありません。  
けれど、もしもこれに名を与えるとしたら、  
それは「忠義の片想い」とでも呼ぶべきものでしょうか。  
言葉にされぬ想いほど、行動の端々に宿る。  
その痛みと尊さに、ただただ胸を打たれました。

(投書・匿名希望)

文章の調子は端正で、どこか理知的な雰囲気があった。  
言葉の選び方に無駄がなく、読み手としての感受性が高いことが伝わってくる。  
それだけでなく、その読者は“主従”という関係の構造を的確に理解したうえで、それを感情として咀嚼し、自分の言葉で返してくれていた。

「忠義の片想い」

そのひとことが、ひかるの胸に深く刺さった。  
自分でも明確に定義できなかったこの関係に、誰かが名前を与えてくれた。  
しかも、それがきちんと“推しカプの本質”を突いている。

ひかるは投書欄のその一文を、指先でそっとなぞった。

関係性を言葉で語ることの難しさと、それを受け取る人の想像力。  
それが合わさったとき、物語は作者の手を離れ、読者の心の中で新しい形になる。

(読まれている。ちゃんと、読まれている)

嬉しさというより、驚きだった。  
自分が書いた物語が、誰かの中で“関係性の構造”として分析され、理解され、共鳴されている。  
それはもはや偶然ではなく、確かな交流だった。

ページを閉じようとしたとき、ひかるは封筒に気づいた。  
食卓の端に、いつの間にか置かれていたもの。  
園田つばきが朝の郵便物の中に混ぜておいてくれたのだろう。  
封筒は前回と似たものだったが、少し紙質が違う。  
より薄手で、文字がわずかに裏に透ける。

宛名には、またしても筆で「桃野ひかり様」と記されていた。  
その筆致は整っているが、どこか筆圧が強く、線の引き方に芯がある。  
ふわりとした女学生の文字というより、もう少し硬質な、思考を重ねた文字。

ひかるはそっと封を切った。

中から出てきたのは、一枚の便箋。  
淡い藤色の紙に、墨の色が穏やかに広がっている。

そこには、こう綴られていた。

桃野ひかりさま

今号の作品、心から震えました。  
関係性の“すれ違い”が、ここまで痛くも優しく描けるなんて。  
“目をそらしてしまう人の眼差し”が、  
こんなにも切ないものだったとは知りませんでした。

ふたりが交わすことのできなかった言葉たちが、  
読後、長く耳の奥に残っています。  
どうか、書き続けてください。

本郷女学館 三条

ひかるは、便箋を持ったまま、しばらく固まった。

「……三条」

その名には、見覚えも聞き覚えもなかった。  
けれど、どこか、筆跡から伝わるものに引っかかりを覚える。  
それは筆遣いの問題ではない。  
文章全体に漂う空気のようなものだった。

(この人……女学生? それとも、ちがう……?)

文面の節度、語彙の選び方、そして“読まれ方”の深さ――  
どれをとっても、ただの感想とは思えなかった。

何より、「目をそらしてしまう人の眼差し」とは、まさにあのシーンの核心だった。  
自分が描きたくて、でも描ききれるか不安だったあの場面。  
榊原が、蒼の背中に目を向けながらも言葉をかけられなかったあの瞬間。  
そこに込めたものを、三条という名の読者は正確に受け取ってくれていた。

ひかるは、ゆっくりと便箋を畳んだ。  
そしてノートを開き、そこに書き記す。

「『誓いの後ろ姿』  
読者の反応が前作よりもさらに深くなっている。  
“忠義の片想い”という定義が、まさに関係性を言い得て妙。  
そして、三条。  
この人の言葉には、他の読者とは違う熱がある。  
構造と感情の両方を受け取ってくれている。  
この人には、もっと深く伝わるものを書いてみたいと思った」

ひかるは筆を止め、遠くを見つめた。

名前を知らなかった同志が、ひとり、顔のないまま現れた。  
そしてその人は、ひかるの物語の本質を、誰よりも深く読み込んでくれていた。

三条――  
その名前が、心の中に静かに灯る。

まだ会ったことのない誰か。  
けれど、確かに物語の中でつながっている誰か。

その存在が、ひかるの胸の奥に、新しい熱を生んでいた。  
それは、創作という行為の先にある、見えない絆のようだった。
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