転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第6章 同志、紙面に集う〜初めての即売会(私設文藝市)

文藝市への招待状

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春の終わり、風籠荘の縁側に初夏の風が入りはじめたころだった。  
小田切いろはが、少し興奮を抑えきれない面持ちで一枚の封書を差し出してきたのは。  
厚手の和紙に丁寧な筆跡。封緘には青磁色の紙印が押されており、どこか懐かしい品のある手紙だった。

「文藝市、ですって」

その言葉を聞いたとき、ひかるはすぐには意味を飲み込めなかった。  
封を切り、中の文面を読み進めていくうちに、ゆっくりとその意図が伝わってくる。

主催は、「東文会」と名乗る小規模な文藝サークル。  
活動内容は、短歌や詩、評論や散文小説などの私家版冊子を発行する若者の集まりだという。  
その東文会が主催する、いわば“即売会”のような文藝即売イベントが近く開催されるとのことだった。

開催地は東京郊外、山のふもとの小さな寺。  
書院と本堂の回廊を使って、一日だけの“私設文藝市”が開かれる。  
参加団体は、女学生の詩誌グループ、青年文士の同人会、大学の短歌会など十数団体にのぼるという。

「そこに、“蒼の書”も招待されました」  
小田切が誇らしげに言った。

「えっ、わたしたちが?」  
深町が手紙を覗き込むようにして声を上げる。

「どうやって?」  
すずえも顔を上げた。

「以前、小論の冊子を送った女学校の先生が、その東文会とつながりがあったそうで」  
小田切は淡々と、しかしどこか高揚を隠しきれない調子で言った。  
「『誓い録』の創刊号が印象深かったらしく、是非出展していただけないかと…」

ひかるは驚きで声が出なかった。  
“蒼の書”の活動は、これまで密やかに、限られた仲間内のものだった。  
封筒にこめた想いを、手紙で送るように。  
誰かに届けば、それで十分だった。

けれど今、その冊子を“世に出してほしい”と求める声が、確かに届いていた。

「参加…してみましょうか」  
深町がそっと言った。

「ちょっと、こわいけど。でも、見てみたいな。他の人たちが、どんな物語を抱えてるのか」

「ここで断る理由はないでしょ」  
すずえが茶をすすりながら呟く。  
「というより、私はむしろ…自分の“萌え”が世間でどう受け止められるか、試してみたい。眼鏡×後輩の可能性を信じてるから」

笑いが起きる。  
ひかるも、口元をゆるめた。

「じゃあ…やってみましょう」  
ゆっくりと、しかし確かな声で言った。  
「これはもう、同志の海に船を出すしかない、ですね」

そうして、私設文藝市への出展が決まった。

決定してからの数日間は、嵐のような忙しさだった。  
『誓い録 創刊号』を再刷するために謄写版の版を起こし直し、インクを補充し、表紙の色を少し変えて“再版”であることを示した。  
部数は三十から五十へと増やし、折りと綴じの作業も念入りに行った。

だが、それだけでは足りなかった。  
せっかくの文藝市。  
ならば新刊を――ということで、第二号の制作が急遽決定した。

ひかるは、新たに蒼と榊原が旅先で再会する短編を執筆することにした。  
再会の瞬間に“言葉が足りない二人”が、視線と沈黙だけで交わす想いを描く。  
その一編を書き上げるまでの夜、眠れぬ時間が続いた。

小田切は、前作では書ききれなかった「主従関係における感情と義務の乖離」を主題とした論考をまとめた。  
彼女は構成にうるさく、推敲だけで三日を費やしたという。

深町は詩だけでなく、今回は蒼の後ろ姿を描いた挿絵も添えることにした。  
詩と絵とが互いに呼応するような構成で、冊子に“視覚の余白”を与えた。

すずえは、自作の眼鏡攻めシリーズから「一番刺さる話」を抜粋し、加筆のうえ掲載。  
彼女曰く「刺さる人には刺さる、全方位型眼鏡攻め小説」とのことだった。

印刷は再び謄写版を使い、製本は中綴じ。  
装丁の構想にも力を入れ、深町が描いた表紙画に、金墨で「誓い録・第二号」の題字を重ねた。  
紙はやや厚手の灰青色で、手触りにこだわった。

出発前夜、ひかるは製本の終わった冊子を両手に抱え、そっと縁側に座った。  
月明かりが白く、庭の植え込みを照らしていた。

この手の中には、確かに“物語”がある。  
言葉にして、紙に刷って、誰かに渡すために整えられた、かたちのある物語。

それは、想いだけでは届かないかもしれない。  
読まれても、理解されないかもしれない。  
けれど、語りたいと思ったその気持ちは、本物だった。

明日、それが初めて世界に出る。  
今までは、読者の手紙が扉だった。  
明日は、視線が、声が、反応が――直接やってくる。

ひかるはそっと、ノートを開いた。  
新しい頁に、筆で書きつける。

「私設文藝市、出展決定。  
この物語は、ただの妄想ではないと、伝えにいく。  
そして、どこかで待っている同志に、手渡すために」  

風が庭を渡り、頁の端が静かに揺れた。  
夜は深く、静かだった。  
けれど、ひかるの胸の内では、まだ見ぬ誰かの眼差しが、もうそこにあるような気がしていた。
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