転生腐女子、筆一本で大正ロマンを征く!〜美少年よ、吾が筆に舞え〜

中岡 始

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第10章 語られる物語の先へ〜創作が連なっていく世界

誰かの“最初の物語”になる

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春の午後、風籠荘の離れにひかるが顔を出すと、縁側に広げられた紙束に深町が顔を埋めていた。  
あいかわらず几帳面に並べられた筆記具と、手描きの挿絵入りの原稿用紙。  
それを覗き込むように、見慣れない女学生がそばに座っていた。

「あ……桃野先生……」  
深町が立ち上がりかけ、あわてて頭を下げた。

「どうぞ、そのままで。何をしてるの?」

「新しい同人誌を作っているんです。後輩の槙田さんと一緒に。  
この子、今度初めて自作を発表するんですよ。わたしが挿絵をつけます」

隣の少女が、少しはにかんで頭を下げた。  
短く整えられた髪、まっすぐな目つき。その中に、かつての自分を重ねる。

「すてきな話なんです。書いているのは、“幼なじみ主従”の再会譚で……」  
深町が目を細めて続けた。  
「ふたりが話さないまま十年を経て、再会して、それでも“言葉を交わさない”んです。  
なのに、全部伝わってくるような構成で……読んだとき、震えました」

ひかるはゆっくり頷いた。  
彼女の手の中で、新しい関係性の形が芽吹いているのを感じる。

その日の夕方、すずえがやってきた。  
やけに晴れやかな表情で、縁側に腰を下ろすなり言った。

「ねえ聞いて。とうとう“わたしの弟子”が眼鏡攻めの小説を書き上げたのよ。  
これがね、またちょっと歪んでて最高だったの。攻めが受けに本を渡すだけで緊張感が走るの。  
“メガネが本を通して愛を告げる”のよ? 最高じゃない?」

「……その表現力が弟子に継がれていくと思うと、いろいろ複雑ですね」  
ひかるが苦笑すると、すずえは嬉しそうに肩をすくめた。

「でもさ、思うのよ。  
たとえそれがどんなに偏ってても、伝えたことが育ってくれるって、すごいことよね」

同じ日、小田切からも便りが届いた。  
文面には、彼女が町の文化会館で若い創作者のための「関係性論講座」を開いたことが綴られていた。

『主従関係における“沈黙”と“視線”をいかに描写するか』  
『攻めと受け、それぞれの“倫理と矛盾”の揺れ』  
『関係性を“関係のままに”保つための語彙選び』

そんな講義タイトルが並び、彼女の変わらぬ分析的視点と情熱に、ひかるは思わず吹き出した。  
けれど、その裏にある誠実さと真剣さも、よく知っていた。

あの頃、自分たちは妄想と熱だけで突き進んでいた。  
今、それが“教える”という形で引き継がれ、次の創作へとつながっている。

その実感は、嬉しく、どこか不思議だった。

ひかるがその日、書店の一角で偶然会った若い青年――  
丸眼鏡をかけ、まだ少し幼さの残るその顔は、緊張した様子で話しかけてきた。

「もしかして……桃野ひかり先生、ですよね……?」

「はい。そうですが」

「わたし、あなたの“風の誓い”を読んで、小説を書きはじめたんです。  
まだ下手ですけど、でも、蒼と榊原のふたりの関係に、どうしても胸が締めつけられて……  
あんなふうに“見つめるだけ”で伝わる関係を、わたしも書きたくて」

青年の手には、ボロボロになった雑誌のバックナンバーが握られていた。

「何度も読みました。  
“言葉を交わさずとも、彼らは同じ風を見ていた”って……  
あの一文に、自分の何かが変わった気がして。  
だから……あの、ありがとうございました」

ひかるは、返す言葉が見つからなかった。

ありがとうと、言いたいのは自分の方だった。  
この作品が、たしかに“誰かの最初の物語”になっていた。  
それは、かつて自分が『少女文藝帳』を手に取り、無記名の読者の手紙に救われたあの瞬間と、重なる。

輪は、回っていた。  
燃えた炎が、新たな火を生み、次の誰かへと渡っていく。

その夜、ひかるはひとり机に向かい、ノートの余白にこう記した。

「物語は、読まれることで続いていく。  
書き手が変わっても、火は絶えない。  
萌えという名の灯は、決してひとつではない」

窓の外には、春の風。  
すこしだけ花の香が混じっている。  
ひかるは静かに目を閉じた。  
この風の中に、また新しいふたりが生まれていく気がしていた。
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