15 / 36
好きって言ったら、終わる気がして
しおりを挟む
春の風が、屋上の空気をやさしくかき混ぜていた。
昼休みの終わりが近づき、校舎の下からは授業に戻る準備を始めた生徒たちのざわめきが微かに届く。けれどここ、屋上の時間はまだ静かだった。
ベンチに並んで座るふたりの間に、沈黙が落ちたまま、長い数分が経っていた。
神城凪は、手のひらに残った空気のぬるさを感じながら、やがて立ち上がった。
制服の裾が風に揺れ、ほんのわずかに、隣に座る一ノ瀬結翔の肩をかすめていく。
凪はベンチを離れ、数歩歩いて柵の前に立った。
そこから見える景色は、午前中に眺めたときよりも少し明るく、けれどどこか遠く感じた。白い校舎の屋根と、街路樹の新緑。そしてその上には、青く晴れた空が広がっている。
手すりに指をかけて、凪はつぶやいた。
「……もし俺が『好き』って言ったら」
言葉が空に吸い込まれていく。
振り返らずに、凪は続けた。
「その瞬間、終わる気がするんだ」
結翔はすぐには何も言わなかった。
ただその場で、しばらく静かに凪の背中を見ていた。
凪は気づいていた。視線の熱も、迷いも、そこにあったことを。
結翔はやがてゆっくりと立ち上がった。
一歩、そしてまた一歩、凪の隣へと近づく。
何も言わず、柵のそばに並び立つ。
風がまた吹いた。制服の袖と袖がふわりと揺れて、かすかに重なった。
触れてはいない。でも、空気のなかで繋がった何かが、確かにそこにあった。
結翔が視線を遠くの空へ投げたまま、低く言った。
「……同じだな」
ただそれだけの言葉。
けれど、その響きには、すべてが詰まっていた。
凪は横目で結翔を見る。結翔もまた、わずかに顔を向けて、凪の視線を受け止める。
まるで言葉を使わない会話が、視線だけで交わされたような瞬間だった。
凪は小さく笑った。
ふっと、肩の力を抜くように。
結翔も同じように、目元を緩めて笑った。
どちらの笑顔にも、照れも、強がりも混じっていた。
でも、それは本気だった。
わざと軽く見せているのに、気持ちは重く沈んでいるのが伝わる。
それでもふたりは、笑っていた。
真面目に向き合うには、まだこわい。
正面から“好きだ”と告げるには、関係が近すぎる。
だから、あえてふざける。
だから、あえて“ゲーム”にしてしまう。
勝ち負けの話をしていれば、まだ恋じゃないふりができる。
凪は目を細め、やわらかい陽射しの中に言葉を浮かべた。
「……じゃあ、言わなきゃいいんだよね」
結翔はそれに応えるように、口角を上げて言った。
「言ったら、負けだ」
凪は小さく笑う。
「ほんと、バカみたい」
「でも、負けたくないんだろ?」
「……そうだね」
風が、ふたりの言葉をなぞるように吹いた。
その瞬間、ふたりのあいだに“暗黙のルール”が成立した。
どちらが先に気持ちを口にするか。
どちらが先に、心の内側をさらけ出してしまうか。
それを“勝ち負け”と呼ぶことで、曖昧にできる。
甘さも、照れも、弱さも、ぜんぶ隠せる。
言わないという選択が、ふたりの繋がりを保っている。
そうやってバランスを取らなければ、
あまりにも、心が近づきすぎてしまうから。
ベンチに戻るでもなく、教室へ戻るでもなく、ふたりはしばらくのあいだ、柵のそばに並んで立ち尽くしていた。
それぞれの視線は前を向いているのに、意識はとなりにあった。
午後のチャイムが遠くで鳴り響いた。
ふたりは同時に、少しだけ顔を上げた。
そのタイミングさえも、ぴたりと重なる。
結翔が先に歩き出す。凪が少し遅れて、その背を追う。
「……ねえ、結翔」
背中に向けて、凪がそっと呼びかける。
結翔は歩みを緩めた。振り返らない。
「やっぱり、俺は負けたくない」
「知ってるよ」
それだけ言って、結翔はふたたび歩き出す。
凪は唇をかすかに噛んで、彼の背を追いかけた。
その歩幅の間に、もうすでにたくさんの言葉がこぼれ落ちていた。
けれどそれらは、どれも拾われることはない。
なぜなら今は、ふたりにとって――
言わないことが、唯一の答えだから。
そしてそれが、戦いのはじまりだった。
「好きって言ったら負け」
そのルールの下、ふたりの恋は静かに火蓋を切った。
昼休みの終わりが近づき、校舎の下からは授業に戻る準備を始めた生徒たちのざわめきが微かに届く。けれどここ、屋上の時間はまだ静かだった。
ベンチに並んで座るふたりの間に、沈黙が落ちたまま、長い数分が経っていた。
神城凪は、手のひらに残った空気のぬるさを感じながら、やがて立ち上がった。
制服の裾が風に揺れ、ほんのわずかに、隣に座る一ノ瀬結翔の肩をかすめていく。
凪はベンチを離れ、数歩歩いて柵の前に立った。
そこから見える景色は、午前中に眺めたときよりも少し明るく、けれどどこか遠く感じた。白い校舎の屋根と、街路樹の新緑。そしてその上には、青く晴れた空が広がっている。
手すりに指をかけて、凪はつぶやいた。
「……もし俺が『好き』って言ったら」
言葉が空に吸い込まれていく。
振り返らずに、凪は続けた。
「その瞬間、終わる気がするんだ」
結翔はすぐには何も言わなかった。
ただその場で、しばらく静かに凪の背中を見ていた。
凪は気づいていた。視線の熱も、迷いも、そこにあったことを。
結翔はやがてゆっくりと立ち上がった。
一歩、そしてまた一歩、凪の隣へと近づく。
何も言わず、柵のそばに並び立つ。
風がまた吹いた。制服の袖と袖がふわりと揺れて、かすかに重なった。
触れてはいない。でも、空気のなかで繋がった何かが、確かにそこにあった。
結翔が視線を遠くの空へ投げたまま、低く言った。
「……同じだな」
ただそれだけの言葉。
けれど、その響きには、すべてが詰まっていた。
凪は横目で結翔を見る。結翔もまた、わずかに顔を向けて、凪の視線を受け止める。
まるで言葉を使わない会話が、視線だけで交わされたような瞬間だった。
凪は小さく笑った。
ふっと、肩の力を抜くように。
結翔も同じように、目元を緩めて笑った。
どちらの笑顔にも、照れも、強がりも混じっていた。
でも、それは本気だった。
わざと軽く見せているのに、気持ちは重く沈んでいるのが伝わる。
それでもふたりは、笑っていた。
真面目に向き合うには、まだこわい。
正面から“好きだ”と告げるには、関係が近すぎる。
だから、あえてふざける。
だから、あえて“ゲーム”にしてしまう。
勝ち負けの話をしていれば、まだ恋じゃないふりができる。
凪は目を細め、やわらかい陽射しの中に言葉を浮かべた。
「……じゃあ、言わなきゃいいんだよね」
結翔はそれに応えるように、口角を上げて言った。
「言ったら、負けだ」
凪は小さく笑う。
「ほんと、バカみたい」
「でも、負けたくないんだろ?」
「……そうだね」
風が、ふたりの言葉をなぞるように吹いた。
その瞬間、ふたりのあいだに“暗黙のルール”が成立した。
どちらが先に気持ちを口にするか。
どちらが先に、心の内側をさらけ出してしまうか。
それを“勝ち負け”と呼ぶことで、曖昧にできる。
甘さも、照れも、弱さも、ぜんぶ隠せる。
言わないという選択が、ふたりの繋がりを保っている。
そうやってバランスを取らなければ、
あまりにも、心が近づきすぎてしまうから。
ベンチに戻るでもなく、教室へ戻るでもなく、ふたりはしばらくのあいだ、柵のそばに並んで立ち尽くしていた。
それぞれの視線は前を向いているのに、意識はとなりにあった。
午後のチャイムが遠くで鳴り響いた。
ふたりは同時に、少しだけ顔を上げた。
そのタイミングさえも、ぴたりと重なる。
結翔が先に歩き出す。凪が少し遅れて、その背を追う。
「……ねえ、結翔」
背中に向けて、凪がそっと呼びかける。
結翔は歩みを緩めた。振り返らない。
「やっぱり、俺は負けたくない」
「知ってるよ」
それだけ言って、結翔はふたたび歩き出す。
凪は唇をかすかに噛んで、彼の背を追いかけた。
その歩幅の間に、もうすでにたくさんの言葉がこぼれ落ちていた。
けれどそれらは、どれも拾われることはない。
なぜなら今は、ふたりにとって――
言わないことが、唯一の答えだから。
そしてそれが、戦いのはじまりだった。
「好きって言ったら負け」
そのルールの下、ふたりの恋は静かに火蓋を切った。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話〜君の想いが届くまで〜
一優璃 /Ninomae Yuuri
BL
異世界での記憶を胸に、元の世界へ戻った真白。
けれど、彼を待っていたのは
あの日とはまるで違う姿の幼馴染・朔(さく)だった。
「よかった。真白……ずっと待ってた」
――なんで僕をいじめていた奴が、こんなに泣いているんだ?
失われた時間。
言葉にできなかった想い。
不器用にすれ違ってきたふたりの心が、再び重なり始める。
「真白が生きてるなら、それだけでいい」
異世界で強くなった真白と、不器用に愛を抱えた朔の物語。
※第二章…異世界での成長編
※第三章…真白と朔、再会と恋の物語
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる