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第五話・当てずっぽさん(完結)
5-2
裕(ゆたか)がこれまでに言った、「あてずっぽさん」の内容を思い出す。
砂場のスズメを、祖母と言った。
チューリップを、死んだ飼い猫だと言った。
そして今さっき、シマウマを向かいの家の息子さんだと。
あとは?
私はある予感に気づいて、いつになく真面目にそれらを書き出した。
裕が言い出す相手には、共通点がある。
それはどの人ももう亡くなっていた(向いの息子さんのことはまだ未確認だが)、ということだ。
まだいくつかあったことを思い出し、書きつける。
近所の小さい桜の木を、事故で死んだ幼なじみのゆかりちゃんだと。
友達の生まれたばかりの弟(赤ちゃん)に、「君はマサルくんだよね?」と呼びかけた。マサルくんとは、ちょうどその三ヶ月前に病気で亡くなっていた、裕の遊び友達だ。
いずれも、裕の発言よりも半年くらい前に死んだ人のことばかり。幼いにしては、妙につじつまがあっている。
だから何?どうでもいいことじゃないか。
ある休日、裕が私に無断で遠出した。
一応は犬の散歩、に一人で行くと言い張ったので好きにさせたのだが。ちょっとそこまでのはずなのに、もう一時間経っている。
何度か軒先に出てみたが、姿は見当たらない。
まさか、事故や犯罪に巻き込まれたなんてことは……。
いなくなってしまった夫のことを思い出し、戦慄する。
これでもし、裕までいなくなってしまったら。
まだ携帯を持てる年齢ではない。本当はついていきたかったが、犬が一緒だったので渋々許した。
念のため、防犯ブザーを持たせたのだが。
いい加減、探しに出なくては不安でたまらない。
警察に連絡するのと、自分で探しに出るのとどっちが先か迷う。
とりあえず身支度をし、玄関まで出たその時。目の前に裕が現れた。
ハウンド(猟犬の一種)の子犬を抱きかかえて。
だけど顔や腕、膝にまでもあちこちに擦り傷ができている。ただの散歩くらいではできないような、まるで野山でも探検してきたみたいな様子。
そんな深い森みたいな場所、この近くにあったろうか?
ともかく無事に帰ってきて良かった。
「裕!遅かったじゃない?どこまで散歩しに行ってたの!」
つい声を荒げて、叱ったみたいになった。
犬のフレッドとは目が合った……気がしたが、私も彼もお互いを嫌っている。
なぜって、フレッドの目には深い闇が見えるからだ。この犬もまた、裕がいきなり拾ってきてどうしても飼いたい、とごねたものだった。
「……ちょっと、遠足に」
「遠足?どこに?」
この辺りに、子供が遠足できるような場所なんてない。
でも、一時間あればあるいは……。
私はその不安を打ち消して、考えるのを辞めた。
こんな小さな子に、あんな険しい場所までたどり着けるはずがない。
「心配したのよ。何か悪いことに巻き込まれたと思った」
「パパみたいに?」
強いまなざしで、にらむように私を見上げた。
「え、何を言ってるの」
裕は私の脇をすり抜けるように家へ上がると、リビングのテレビをつけた。
夕方のニュースが始まっていた。
女性キャスターが雑木林を前に、興奮気味に話している。
「さて、八年前に東京都の会社員男性の……さんが失踪した事件が急展開です。先ほど、警察はこの廃墟から、……さんの遺体を発見したもようです」
見覚えのある、ログハウス。
何で、テレビ局が入ってるの?
本当はもう思い出したくなんかなかった場所。
どうして今頃?
私は頭を殴られたみたいに、棒立ちになって画面を見つめた。血の気が一気に引いていく。
家屋は疎遠な親戚の所有。いつまで経っても見つかるわけなんかない、そう思ってたのに。なぜ今になって??
「今日昼過ぎに、警視庁に匿名の通報があったとのことです。その人物を探していますが、目下見つかっていません」
通報って。今頃一体誰が?
私は動揺を隠そうとしたが、目の前の裕はじっと見つめていた。
「ママ、何をそんなに焦ってるの?」
「え?ううん。焦ってなんかないわ。ちょっとびっくりしただけ。こんなニュース見たから」
「それ、通報したの、僕だよ」
「え?」
この子は何を言ってるのか。まるで私の心を読んだみたいに。
「ゆっくん、冗談ならやめて」
「冗談じゃないよ。本当だって、前からずっと言ってるじゃないか。行方不明になってたパパを、ついに見つけたんだ。迎えに行ってあげなきゃかわいそうだよ」
「だから、通報したの?」
「そう。このままだと、パパはうちに永遠に帰れない。でしょ?」
「なぜこのニュースで言ってる男の人が、あなたのパパだってわかるというの?」
ふっ、と、今まで見せたこともない冷たい笑みを見せて、私はぞっとした。
この顔は、私の愛する息子じゃない。
なぜ死んだのか、何が原因なのか……言ってもないのに、わかりきっているかのように私を見た。
いや、だからまさか……そんなことまで、わかるわけないってば。
私がそこまで考えたとき、首に何か冷たいものが当たった。
「え?」
裕が、背後から私の喉に、包丁を当てていた。
「いい加減、気づこうよ」
「何?どうして?」
七歳の子に、そんなことがなぜできるのか?
「僕はずっと探してた。長いこと行方不明になっている僕のパパは、どこにいるんだろうって」
「犬なら、匂いをたどって探せるって?パパの持ち物なんて、もう匂いは残ってない。無理よ」
「そうじゃない、わかってないなあ。生きているなら無理だけど、死んでいたとしたら……そして、生まれ変わっていたら。僕なら探せる。簡単に」
フレッド!と裕は、犬を呼びつけた。
「何?何なのよ?」
フレッドは、ぐるる、と不穏な声をあげて私に唸ってみせた。
元から、私のことは嫌いな犬だとわかっていた。どうしても飼いたい、と裕が言い張るのでつい許してしまったけれど。
まさか、こんなことになるとは。
「フレッドが匂いで探したんじゃない。僕をつれて行って、自分はそこにいるって教えてくれたんだって」
「何を」
聞きたくない、不意に本能が耳を塞ぐ。
裕の言おうとしてること。
「パパは、今、ここにいる。やっと帰ってきたんだよ。この犬になって」
砂場のスズメを、祖母と言った。
チューリップを、死んだ飼い猫だと言った。
そして今さっき、シマウマを向かいの家の息子さんだと。
あとは?
私はある予感に気づいて、いつになく真面目にそれらを書き出した。
裕が言い出す相手には、共通点がある。
それはどの人ももう亡くなっていた(向いの息子さんのことはまだ未確認だが)、ということだ。
まだいくつかあったことを思い出し、書きつける。
近所の小さい桜の木を、事故で死んだ幼なじみのゆかりちゃんだと。
友達の生まれたばかりの弟(赤ちゃん)に、「君はマサルくんだよね?」と呼びかけた。マサルくんとは、ちょうどその三ヶ月前に病気で亡くなっていた、裕の遊び友達だ。
いずれも、裕の発言よりも半年くらい前に死んだ人のことばかり。幼いにしては、妙につじつまがあっている。
だから何?どうでもいいことじゃないか。
ある休日、裕が私に無断で遠出した。
一応は犬の散歩、に一人で行くと言い張ったので好きにさせたのだが。ちょっとそこまでのはずなのに、もう一時間経っている。
何度か軒先に出てみたが、姿は見当たらない。
まさか、事故や犯罪に巻き込まれたなんてことは……。
いなくなってしまった夫のことを思い出し、戦慄する。
これでもし、裕までいなくなってしまったら。
まだ携帯を持てる年齢ではない。本当はついていきたかったが、犬が一緒だったので渋々許した。
念のため、防犯ブザーを持たせたのだが。
いい加減、探しに出なくては不安でたまらない。
警察に連絡するのと、自分で探しに出るのとどっちが先か迷う。
とりあえず身支度をし、玄関まで出たその時。目の前に裕が現れた。
ハウンド(猟犬の一種)の子犬を抱きかかえて。
だけど顔や腕、膝にまでもあちこちに擦り傷ができている。ただの散歩くらいではできないような、まるで野山でも探検してきたみたいな様子。
そんな深い森みたいな場所、この近くにあったろうか?
ともかく無事に帰ってきて良かった。
「裕!遅かったじゃない?どこまで散歩しに行ってたの!」
つい声を荒げて、叱ったみたいになった。
犬のフレッドとは目が合った……気がしたが、私も彼もお互いを嫌っている。
なぜって、フレッドの目には深い闇が見えるからだ。この犬もまた、裕がいきなり拾ってきてどうしても飼いたい、とごねたものだった。
「……ちょっと、遠足に」
「遠足?どこに?」
この辺りに、子供が遠足できるような場所なんてない。
でも、一時間あればあるいは……。
私はその不安を打ち消して、考えるのを辞めた。
こんな小さな子に、あんな険しい場所までたどり着けるはずがない。
「心配したのよ。何か悪いことに巻き込まれたと思った」
「パパみたいに?」
強いまなざしで、にらむように私を見上げた。
「え、何を言ってるの」
裕は私の脇をすり抜けるように家へ上がると、リビングのテレビをつけた。
夕方のニュースが始まっていた。
女性キャスターが雑木林を前に、興奮気味に話している。
「さて、八年前に東京都の会社員男性の……さんが失踪した事件が急展開です。先ほど、警察はこの廃墟から、……さんの遺体を発見したもようです」
見覚えのある、ログハウス。
何で、テレビ局が入ってるの?
本当はもう思い出したくなんかなかった場所。
どうして今頃?
私は頭を殴られたみたいに、棒立ちになって画面を見つめた。血の気が一気に引いていく。
家屋は疎遠な親戚の所有。いつまで経っても見つかるわけなんかない、そう思ってたのに。なぜ今になって??
「今日昼過ぎに、警視庁に匿名の通報があったとのことです。その人物を探していますが、目下見つかっていません」
通報って。今頃一体誰が?
私は動揺を隠そうとしたが、目の前の裕はじっと見つめていた。
「ママ、何をそんなに焦ってるの?」
「え?ううん。焦ってなんかないわ。ちょっとびっくりしただけ。こんなニュース見たから」
「それ、通報したの、僕だよ」
「え?」
この子は何を言ってるのか。まるで私の心を読んだみたいに。
「ゆっくん、冗談ならやめて」
「冗談じゃないよ。本当だって、前からずっと言ってるじゃないか。行方不明になってたパパを、ついに見つけたんだ。迎えに行ってあげなきゃかわいそうだよ」
「だから、通報したの?」
「そう。このままだと、パパはうちに永遠に帰れない。でしょ?」
「なぜこのニュースで言ってる男の人が、あなたのパパだってわかるというの?」
ふっ、と、今まで見せたこともない冷たい笑みを見せて、私はぞっとした。
この顔は、私の愛する息子じゃない。
なぜ死んだのか、何が原因なのか……言ってもないのに、わかりきっているかのように私を見た。
いや、だからまさか……そんなことまで、わかるわけないってば。
私がそこまで考えたとき、首に何か冷たいものが当たった。
「え?」
裕が、背後から私の喉に、包丁を当てていた。
「いい加減、気づこうよ」
「何?どうして?」
七歳の子に、そんなことがなぜできるのか?
「僕はずっと探してた。長いこと行方不明になっている僕のパパは、どこにいるんだろうって」
「犬なら、匂いをたどって探せるって?パパの持ち物なんて、もう匂いは残ってない。無理よ」
「そうじゃない、わかってないなあ。生きているなら無理だけど、死んでいたとしたら……そして、生まれ変わっていたら。僕なら探せる。簡単に」
フレッド!と裕は、犬を呼びつけた。
「何?何なのよ?」
フレッドは、ぐるる、と不穏な声をあげて私に唸ってみせた。
元から、私のことは嫌いな犬だとわかっていた。どうしても飼いたい、と裕が言い張るのでつい許してしまったけれど。
まさか、こんなことになるとは。
「フレッドが匂いで探したんじゃない。僕をつれて行って、自分はそこにいるって教えてくれたんだって」
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感想
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