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第25話 異世界転生主人公を追放したパーティーにありがちなこと
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「どうなってやがんだクソッタレがぁ!?」
冒険者の集う街、ホロレル。ここは人と物と色と音で満ち溢れる異世界のはじまりの地。夢やロマンを目指して日夜冒険する冒険者達を支えるのは、冒険者管理組織『ギルド』の役割だ。ギルドは仕事・クエストの斡旋の他にも冒険者の仲介や酒場、教会、鍛冶屋、雑貨ショップの提供。その他にも、特殊なクエストの斡旋や、世界に疎い転生者に対する手厚い支援も行っている。
特にオドルガルドでも珍しいのが、【パーティーハウス支援サービス】だ。協力関係になって共に行動する数人単位の冒険者は『パーティー』と呼んで括られ、ギルドに申請を出すと人数と実績に見合ったハウスの利用が可能になる。
日本で言うシェアハウスになるのだが、ロッジ型や宿屋型。一軒家型から小屋型まで選べる建物の種類は幅広い。これが冒険者の社会的なステータスにも反映され、女を連れ込むことでリア充ぶりをアピールしたがる男も多い。パーティはSSからEランクまでの段階に分けられ、ランクによって借りれるハウスは変わってくる。
クエストの達成率やギルド・街への貢献度合いによってランクは変動するのだが、Aランクで順風満帆な冒険者ライフを送っていた『紅の竜爪』のパーティハウスには怒号が飛んでいた。
「なんであんな簡単なクエストすら失敗してんだよォ!!」
冒険者の集う街・ホロレル。その一等地にある二階建ての洋風屋敷──ギルドから貸与されたAランク専用パーティハウス。そのリビングには赤い絨毯が敷かれ、シャンデリアや高級家具が並ぶ。かつては冒険者の羨望を集めた憧れの空間だった。しかし今は、未達成のクエスト契約書が床に散らばり、酒瓶が転がる荒れ果てた惨状となっていた。
怒声の主は、『紅の竜爪』のリーダー。クレイン・ロックフォード。頭を掻きむしりながら荒れた空気を一層乱す。
「グレイン。少しは落ち着いたらどうだ?」
紅の竜爪のナンバー2に上り詰めた黒光の鎧に身を包んだ転生者──『御門 慶也』は、凪いだ湖面のように冷静だった。だがその沈黙こそがグレインの苛立ちに火を注ぐ。
「逆になんでテメーは冷静なんだよケイヤぁ!」
グレインの真横には、いつも2人の取り巻きがいた。しかし今では荒れ狂うリーダーに怯えた様子で離れており、キッチンの方まで逃げて癇癪を見守っている。【神官】のレティナと、【アーチャー】のジュレッタは手を握り合って露骨に落ち着かせようとする。
「ぐ、グレインさん。ケイヤさんの言う通りちょっと落ち着いた方が…」
「そうだよ。こんなのたまたまだって」
「たまたまでこんなに失敗続きになるかってんだよ!」
吠えるグレインは手にしていた酒瓶を正面に座る黒い鎧の少年に目掛けて思い切り投げ捨てる。しかしケイヤは瞬きもせず、くいっと首を動かしただけで酒瓶を回避してみせた。
「おいグレイン! ケイヤさんに当たったらどうすんだ!」
「うるせぇぞニィゼル! 俺に文句を言う暇があるならさっさと薬作って売り飛ばしてこい!」
「ンだと~!?」
「リーダーだからって、あんまし調子に乗らない方が良いんじゃないか?」
怒鳴るだけのグレインに、ケイヤの両脇を固めた2人が戦闘の意志を見せる。バンダナを巻いた赤紫の髪の少年は【薬師】のニィゼル。紅の竜爪の回復物資担当で、ホロレル基準でも優れた才能を持つ若き薬師。もう1人、鋼鉄のナックルを装備した軽装備の褐色肌の美女は【拳闘士】のジュリアン。卓越した格闘術と闘争心の持ち主で、男勝りで豪快な気性とパワーを兼ね備えたハードパンチャー。ケイヤの人柄と実力に惚れこんでいるこの2人は、グレインへ堂々と反抗してみせる。
「ケイヤの言う通り、ここ最近の私達はクエスト失敗続きで降格寸前だ。笑い者になる前に、なんとかするのがリーダーの務めじゃないの?」
「そうだぜ。俺がポーションやエリクサーをどんだけ売っても、こんだけ醜態晒してたらすぐに降格になっちまうよ」
「黙りやがれ!そんなの分かってんだよ!!」
かつては絶対的な実力でクエストを次々成功させ、街でも名の通ったAランクパーティーだった紅の竜爪。しかし今では、ありえない失敗が続いている。中級クエストの討伐ですら全滅寸前、前衛は満身創痍、ヒーラーのレティナの魔法も効きが悪くなり、遂には簡単なお使い任務すら満足にこなせない状態に陥っていた。治癒士で大して目立ちもせず、後方でちまちま回復するだけだった地味で目障りなササキヒビキを追放してからというもの、これまで簡単にこなせていた討伐クエストや探索クエストが急に難しくなり、クエスト達成できなくなっていたのだ。
余裕で倒せていた魔物は急に強くなって苦戦を強いられる様になっていた。失敗に次ぐ失敗。敗走に次ぐ敗走。1回2回失敗しただけなら受付嬢や冒険者仲間も意外そうにするだけで済むが、何日も連続で失敗すると流石に周囲の目の色や評判は変わってくる。Aランクにもなれば中級~上級の魔物を討伐するクエストを紹介されるのだが、ここ数日で受けた討伐クエストは全て失敗。達成したのは精々初心者冒険者がこなすお使いみたいなクエストだけ。報酬をメインに生活費を稼ぐ冒険者にとってクエスト失敗は命取り。なのに紅の竜爪はAランクにあるまじき失敗続きで、深刻な戦力ダウンと経済難に追い込まれていたのだ。
「パーティーハウスの維持費、クエスト失敗の補填、シェードの治療費に回復アイテムの補充──ぜんぶ、まだ払いきれてねぇ! 日に日に金が減ってく! このままじゃ、俺たちは看板だけの無能パーティだ!」
紅の竜爪は、静かに腐り始めていた。仲間を追い出した代償はジワジワと、確実に内部から蝕んでいた。誰もそれを「ヒビキのせい」だとは言わない。だが誰もが、うすうす気づき始めていた──“何かを、間違えた”のだと。ここまで順調だった何かが無くなって、そのせいで狂い始めていると。
「…ニィゼル。パーティーの資金はあとどれぐらいある?」
「そうっすね…あんまし言いたくないですけど、来月まで持ったら良い方じゃないですか? 維持費と失敗の補填がとにかく馬鹿にならないんで、そっちを急がないともっと早く追い出されるかも」
ニィゼルはクエストに積極的に参加しない代わりに、薬師として回復アイテムの調達とパーティーの金庫番を任されていた。数字に弱い人間が見ても、とにかく赤字が酷い。オドルガルドでは回復系や支援系の冒険者はなれる人物が少なく、貴重な存在として重宝される。戦闘向きじゃない職業はそれぞれの分野で金を稼ぐのが定番だが、薬師なんかは作ったポーションや解毒薬を売買して金を稼いだりする。ホロレルで広い販売網と契約先を持っているニィゼルはヒビキが抜ける前から潤沢な利益を生み出していたが、それすら追い付かないほど今は金が無い。
「パーティーハウスは維持費を滞納したら即追い出されるし、失敗の補填を済ましてからじゃないとAランクの仕事は回してもらえないんで、なんでも良いからとにかく金が必要っす」
「そうか…次の販売にはいつ出向く?」
「出来るならすぐにでも行きたいですけど、正直素材が全然足りないっす。予備はみんなの回復やレティナとシェードの魔力回復にも使っちゃって、売りに出ても微々たるモンですね。それに、出荷する分も量が無くて…」
「実質、手詰みの状態か」
「はい…すみません、ケイヤさん」
「お前が謝ることじゃない。俺達がこうなっている現状の責任は俺達にある」
不穏な空気のハウスの中で、ケイヤはあくまで冷静に状況を分析していた。そしてその答えは、既に分かっていた。
(ヒビキ……お前の存在は、俺が思っているより大きかったみたいだ)
満場一致で追放したヒーラー。同じ死因。同じ時間。同じ場所で異世界転生した元親友、佐々木 響を思い浮かべる。
(すまない。だが、俺はどうしても…お前に生きてほしいんだ…)
ケイヤは自信の行いを信じ、拳を強く握りしめる。ヒビキの追放は、パーティー全員の意志だった。ヒビキと共にホロレルの街へと転生したケイヤは、【ダークナイト】のチート能力をアネストから授かり順調に強くなっていった。【治癒士】のチート能力を授かったヒビキとの相性は抜群で、同じ剣道部で培った剣術は異世界でも大いに役に立った。共に魔物を倒し、危険を乗り越え、冒険者になって生き抜く力を手にれていた。そんな時、冒険者ギルドで2人に声をかけた男がいた。
それが紅の竜爪の現リーダーであり、怒り狂って酒瓶を投げてきたグレイン・ロックフォードである。グレインは剣士として有能なケイヤと、回復に特化したヒビキをパーティーへと勧誘した。異世界に詳しい頼れる仲間と、冒険者として活動しやすい居場所を求めた2人は誘いに乗って紅の竜爪のメンバーになった。最初はとても順調だった。【重戦士】でリーダーシップのあるグレインの指揮の元、【ダークナイト】ケイヤと【拳闘士】ジュリアンの3人で前衛を。中衛は【氷魔導士】シェードと【トラッパー】ノエミ、そして【アーチャー】ジュレッタが魔法と弓矢でバランスよく戦い、状況に応じて罠で敵を錯乱。後衛は【治癒士】ヒビキと【神官】レティナが回復と補助を行い、誰1人欠けることなく高難易度のクエストを達成してきた。クエストに出ている間は【薬師】ニィゼルが薬を作ったり在庫管理をしたり街で売買をして金を稼ぎ、ダンジョンと商売の両方でなにもかも順調だった。
(この男の誘いに乗ったのが、俺のミスだったのかも知れん…)
◇
あれは数か月前のことだ。
紅の竜爪が順調すぎるほど順調だった頃。クエストは成功続き。街の名声も上がり、パーティーハウスは豪奢な屋敷にまでランクアップした。ホロレルの中でも『転生者がいるパーティー』として名が知られ、周囲の冒険者たちからも一目置かれるようになっていた。
──その中心に、ヒビキがいたことを誰も意識していなかった。
ヒビキは【治癒士】。戦闘の前には必ずステータス強化を施し、戦闘中も的確なタイミングで回復し、状態異常を解除する。だがそれはあまりに職業として自然すぎて、誰もその貢献を言葉にしなかった。代わりに注目を集めていたのは、火力のある前衛や目を引く魔法職、そして指揮官として振る舞う目立ちたがりのグレインだけだった。俺もその恩恵にあやかる1人だった。孤独よりも群れで動いた方が、異世界では死ににくい。冷静に、驕らず、互いを信じて強くなればこの世界で生きていける。しかし俺は傲慢だったのか、それとも仲間のフリをしていただけなのか、群れの中にヒビキを迎え入れれなかった…。
最初に「ヒビキが足を引っ張ってる」と言い出したのは、間違いなくグレインだ。「後ろでちょこちょこ回復してるだけじゃねぇか。チートの癖に地味すぎんだろ、あいつ」その言葉に、誰も反論できなかった。俺は分かっていた。ヒビキの回復には“何か”があることを。効果が異様に長持ちし、戦闘後の疲労すら軽減されているように感じていた。だが、それをきちんと言葉にして伝えられなかった。
【ヒビキの価値】を、他の仲間に証明できなかった。
「ヒビキさんって、なーんか地味な人ですよね~」
「まっ。回復職にしちゃ、ちまちまやってるだけ良いんじゃねぇの?」
「…しかし、どうしてもケイヤと比較してしまうな」
ノエミやジェードも最初は疑問を抱いていたが、グレインの強気な物言いに押されて次第に沈黙していった。ヒビキ自身は察していたはずだ。それでも黙っていた。耐えていた。けれど、あの時──
「ヒビキ。みんなの意見をくみ取った結果、お前を追放することにした!」
周りの空気に飲まれた俺は、ヒビキの追放に反対しなかった。雑用ばかりやらせられるヒビキが、1人で調査して1人で発見してきたグレイバルコルのクエストを横取りしてグレイン主導で俺達が勝手にクリアした。その日の晩、全員を呼び集めたグレインはいかにも俺達の総意のようにヒビキの追放を決定した。
「お前はこのパーティーにふさわしくない。荷物をまとめてさっさと出ていけ!」
「悪いねヒビキ。キミなら他のパーティーでも上手くやっていけるよ」
「お達者で~」
「じゃな。あとは俺たちで上手くやるからよ」
「お疲れ様」
あの時のグレインの悪辣な顔は、今でも忘れない。散々支援に回ってくれた仲間を嬉しそうに追放するあの顔が、俺には酷く醜悪に見えて吐き気がした。いや…本当に醜悪なのは俺の方だろう。俺はその場で、ヒビキの追放に反対しなかったのだからな。ヒビキは生前、なんの偏見もなく俺を友達として接してくれた唯一の友だった。部活の遠征のバスが事故を起こして一緒に死んで、一緒に転生して、一緒のパーティーに入ったのに、俺は追放を選んだ。死んでほしくなかった。ヒビキには、平和に平穏に生きてほしかった。軽んじられるパーティーにいても、いずれ殺されてしまう。危険なクエストの時に、真っ先に犠牲にされてしまう。転生者はただでさえ目立ち、色んな組織や派閥から狙われる運命にある。あの優しくてお人好しなヒビキにはそんな生活は耐えられないだろう。
「け、ケイヤ。お前は…ち、違うよな…? 俺達、一緒にやってきただろ?」
誰も、追放に反対しなかった。グレインの物言いや、発言力のせいもあっただろう。しかし俺は『生きてほしいから』『死んでほしくないから』という自分勝手な理由で、ヒビキの助けを求める声に沈黙で応えてしまった。発言力のあるグレインに逆らえば、俺が追放される恐れだってあった。怖かった。…その程度の覚悟しかなかったんだ。
「……嘘、だよな…?」
「…命あっての人生だ。ヒビキ」
考え抜いた答えが、それだった。1度死んだ友達に、俺は命を大切にしろという淡泊過ぎる別れを押し付けた。あの時のヒビキの全てが壊れたような顔は、今でも夢に出てくる。頭にこびりついて離れない。怒りでも悲しみでもない、信じていた人から与えられた裏切りは、ヒビキの心を虚無色に塗り替えて壊してしまった。
「…ケイ、ヤ……」
あの時の俺の力では、ヒビキを押し留めるのは不可能だった。新入りで発言力も無く、ニィゼルもジュリアンもヒビキの実力には半信半疑だった。だから守るには…ヒビキを守る為には、追放するしかなかった。しかしきちんと言葉にするべきだった。ヒビキは俺を「親友」とまで言ってくれた。エリート官僚ばかり輩出する家のルールに従ってひたすら勉強を強いられ、中学から浮いた存在だった俺に声をかけてくれた唯一の友……そんな男を、俺は『守るために見捨てる』という最悪の選択肢しか選べなかった。そんな選択肢を、“正しい”と信じてしまった自分が、今は一番許せない。
「……そうかよ……もう、どうでもいいや。じゃぁな……」
俯き、死にそうな顔で呟いてハウスを出て行ったあいつの背中に、俺は言葉をかけられなかった。いや、かけられなかったんじゃない。掟があったから、踏み込めなかった。
(すまない。ヒビキ…)
【仲間を裏切ってはならない】という呪いのような禁忌。そのせいで、俺は中途半端な立ち回りしかできなかった。グレインに明確に反対すれば、俺の言動が「裏切り」と見なされる可能性があった。かといって、ヒビキの追放を拒めば、パーティが内部分裂していた。パーティー内で少数派になり、表立って反対すると“派閥を割る=裏切り”になるリスクがあった。何よりも。
(お前に、死んでほしくなかったんだ)
追放されても、生きていてほしい。仲間でいるより、追い出した方が命が助かる。そんな歪な選択肢を、俺は選んだ。ヒビキは、それを“裏切り”と受け取っただろう。当然だ。俺がやったことは、どうあれ「言葉にしなかった」裏切りだ。あの時、本当の気持ちをぶつける勇気が、俺にあれば──。そうやって、俺は何度も何度も自分に言い聞かせた。追放したのは、守りたいから。大切な仲間だから。死んでほしくないから。その気持ちに嘘は無いと、自分に良い聞かせ続けた。結局、俺はあいつの“命”を守ることでしか、友情を示せなかったんだ。
「おいレティナ! 回復急げ!」
「ひ、『ヒール』!」
「…っ、お、おいなんだよっ。全然治ってねぇじゃねぇか!?」
「ちゃんとやってますってぇ!」
「マズイぞ! ブラッドウルフの群れが来る!」
「逃げろ!逃げろー!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」
パーティーがおかしくなりだしたのは、それからすぐの事だった。これまで機敏に動けていた俺と他の前衛は動きが不自然に鈍くなり、森・平原・遺跡・海辺、全ての魔物に傷を負わされるようになっていた。敵のレベルがいきなり上がって、攻撃も防御も回復も全く歯が立たない。誰かがダメージを受ければレティナが率先して回復したが、以前ほどの効果は無く回復薬やエリクサーのアイテム消費量だけがどんどん増えていく。すると長時間のクエストは困難になり、物資も尽きてリタイアするしかなくなる。
おかしいのは前衛だけではなかった。魔導士のシェードはこれまでの火力を出せず、魔力が枯渇しやすくなっていた。ジュレッタは弓矢の照準が上手く定まらず、狙撃しても外しまくって敵に気付かれて遠距離のメリットを潰してしまう。ノエミはトラップの生成速度が異様に遅くなり、魔物を罠にはめてもすぐに壊されて脱出される不自然な現象に出くわしていた。特に1番パーティーにとって痛手なのがレティナの弱体化だった。ヒビキがいなくなった以上彼女が回復役を一任されるのだが、受けた傷が全く回復しなくなっていた。以前は毒や呪いすら自然に消えていた。魔物の攻撃で即死していたはずのレベルのダメージを耐えられていた。なのに重ね掛けしないとこれまで通りに回復しないレベルまで劣っていて、触れたり手をかざすだけで回復できていたヒビキとは大違いだった。
グレインは装備の重さで鈍重になり集団戦では逃げ遅れて重傷を負いやすくなり、ジュリアンはこれまで通りのパワーを出せずにウェアウルフやオーガなどの重量級モンスターに苦戦して何度もダウンしている。俺は軽々とふるえていた剣がいきなり重くなり、剣技のキレが格段に落ちてしまった。弱かった敵も貫けず、余裕だった敵も一撃で仕留めれずに手痛い反撃を何度も食らった。全て、ヒビキがいなくなってから数日も経っていない出来事だ。
「おい!シェードがやばいぞ!レティナ!」
「ま、魔力がもうありませんっ!」
ヒビキの回復には、レティナの魔法では再現できない“何か”があった。ヒビキの回復にはステータス上昇や再生促進といった複合効果が仕込まれていた。ダメージ軽減、状態異常の自動解除、戦闘中の集中力維持、筋力増加。
明らかに複数の“隠し効果”が重なっていた。隠されていたんだ。女神アネストから授けられた恩恵の力は、異世界の冒険者の魔法を遥かに凌駕する力が秘められていた。それに気づいたのは、恐らく俺だけだっただろう。気付くのが、あまりに遅すぎた。
「ギルドまで急いで戻るんだ! それまでなんとか命を繋ぐぞ!」
「包帯と止血剤はどこだ!?」
「死ぬなシェード!しっかりしろ!」
そして3日前。シェードは討伐中の魔物の一撃を受けて瀕死の重傷を負った。レティナは魔法の使い過ぎで魔力が枯渇し、エリクサーも無かった。クエスト途中だったが大急ぎでシェードを抱えてギルドまで戻り、教会に在中しているヒーラーに回復魔法をかけてもらいなんとか一命を取り留めた。シェードを担ぎ込む時に、ギルドに居た冒険者たちは何事かと教会の周りを取り囲んだ。あの紅の竜爪のメンバーが死にかけるなんて、どんな強い魔物が現れたんだと冒険者の多くは恐れおののいた。しかし蓋を開けてみれば、なんてことのないBランクの魔物に致命傷を負わされたのだと分かり、色んな噂が飛び交った。
【最近の紅の竜爪はどうにもおかしい】
【クエストの失敗ばかりが続いている】
【今まであんな雑魚にやられなかったのに】
冒険者の憧れの的。数少ないAランクパーティー。豪華なハウスに住んでいる冒険者の成功例。そんな肩書は過去の物となって、今ではギルドを歩くだけで白い目で見られるようになっていた………。
冒険者の集う街、ホロレル。ここは人と物と色と音で満ち溢れる異世界のはじまりの地。夢やロマンを目指して日夜冒険する冒険者達を支えるのは、冒険者管理組織『ギルド』の役割だ。ギルドは仕事・クエストの斡旋の他にも冒険者の仲介や酒場、教会、鍛冶屋、雑貨ショップの提供。その他にも、特殊なクエストの斡旋や、世界に疎い転生者に対する手厚い支援も行っている。
特にオドルガルドでも珍しいのが、【パーティーハウス支援サービス】だ。協力関係になって共に行動する数人単位の冒険者は『パーティー』と呼んで括られ、ギルドに申請を出すと人数と実績に見合ったハウスの利用が可能になる。
日本で言うシェアハウスになるのだが、ロッジ型や宿屋型。一軒家型から小屋型まで選べる建物の種類は幅広い。これが冒険者の社会的なステータスにも反映され、女を連れ込むことでリア充ぶりをアピールしたがる男も多い。パーティはSSからEランクまでの段階に分けられ、ランクによって借りれるハウスは変わってくる。
クエストの達成率やギルド・街への貢献度合いによってランクは変動するのだが、Aランクで順風満帆な冒険者ライフを送っていた『紅の竜爪』のパーティハウスには怒号が飛んでいた。
「なんであんな簡単なクエストすら失敗してんだよォ!!」
冒険者の集う街・ホロレル。その一等地にある二階建ての洋風屋敷──ギルドから貸与されたAランク専用パーティハウス。そのリビングには赤い絨毯が敷かれ、シャンデリアや高級家具が並ぶ。かつては冒険者の羨望を集めた憧れの空間だった。しかし今は、未達成のクエスト契約書が床に散らばり、酒瓶が転がる荒れ果てた惨状となっていた。
怒声の主は、『紅の竜爪』のリーダー。クレイン・ロックフォード。頭を掻きむしりながら荒れた空気を一層乱す。
「グレイン。少しは落ち着いたらどうだ?」
紅の竜爪のナンバー2に上り詰めた黒光の鎧に身を包んだ転生者──『御門 慶也』は、凪いだ湖面のように冷静だった。だがその沈黙こそがグレインの苛立ちに火を注ぐ。
「逆になんでテメーは冷静なんだよケイヤぁ!」
グレインの真横には、いつも2人の取り巻きがいた。しかし今では荒れ狂うリーダーに怯えた様子で離れており、キッチンの方まで逃げて癇癪を見守っている。【神官】のレティナと、【アーチャー】のジュレッタは手を握り合って露骨に落ち着かせようとする。
「ぐ、グレインさん。ケイヤさんの言う通りちょっと落ち着いた方が…」
「そうだよ。こんなのたまたまだって」
「たまたまでこんなに失敗続きになるかってんだよ!」
吠えるグレインは手にしていた酒瓶を正面に座る黒い鎧の少年に目掛けて思い切り投げ捨てる。しかしケイヤは瞬きもせず、くいっと首を動かしただけで酒瓶を回避してみせた。
「おいグレイン! ケイヤさんに当たったらどうすんだ!」
「うるせぇぞニィゼル! 俺に文句を言う暇があるならさっさと薬作って売り飛ばしてこい!」
「ンだと~!?」
「リーダーだからって、あんまし調子に乗らない方が良いんじゃないか?」
怒鳴るだけのグレインに、ケイヤの両脇を固めた2人が戦闘の意志を見せる。バンダナを巻いた赤紫の髪の少年は【薬師】のニィゼル。紅の竜爪の回復物資担当で、ホロレル基準でも優れた才能を持つ若き薬師。もう1人、鋼鉄のナックルを装備した軽装備の褐色肌の美女は【拳闘士】のジュリアン。卓越した格闘術と闘争心の持ち主で、男勝りで豪快な気性とパワーを兼ね備えたハードパンチャー。ケイヤの人柄と実力に惚れこんでいるこの2人は、グレインへ堂々と反抗してみせる。
「ケイヤの言う通り、ここ最近の私達はクエスト失敗続きで降格寸前だ。笑い者になる前に、なんとかするのがリーダーの務めじゃないの?」
「そうだぜ。俺がポーションやエリクサーをどんだけ売っても、こんだけ醜態晒してたらすぐに降格になっちまうよ」
「黙りやがれ!そんなの分かってんだよ!!」
かつては絶対的な実力でクエストを次々成功させ、街でも名の通ったAランクパーティーだった紅の竜爪。しかし今では、ありえない失敗が続いている。中級クエストの討伐ですら全滅寸前、前衛は満身創痍、ヒーラーのレティナの魔法も効きが悪くなり、遂には簡単なお使い任務すら満足にこなせない状態に陥っていた。治癒士で大して目立ちもせず、後方でちまちま回復するだけだった地味で目障りなササキヒビキを追放してからというもの、これまで簡単にこなせていた討伐クエストや探索クエストが急に難しくなり、クエスト達成できなくなっていたのだ。
余裕で倒せていた魔物は急に強くなって苦戦を強いられる様になっていた。失敗に次ぐ失敗。敗走に次ぐ敗走。1回2回失敗しただけなら受付嬢や冒険者仲間も意外そうにするだけで済むが、何日も連続で失敗すると流石に周囲の目の色や評判は変わってくる。Aランクにもなれば中級~上級の魔物を討伐するクエストを紹介されるのだが、ここ数日で受けた討伐クエストは全て失敗。達成したのは精々初心者冒険者がこなすお使いみたいなクエストだけ。報酬をメインに生活費を稼ぐ冒険者にとってクエスト失敗は命取り。なのに紅の竜爪はAランクにあるまじき失敗続きで、深刻な戦力ダウンと経済難に追い込まれていたのだ。
「パーティーハウスの維持費、クエスト失敗の補填、シェードの治療費に回復アイテムの補充──ぜんぶ、まだ払いきれてねぇ! 日に日に金が減ってく! このままじゃ、俺たちは看板だけの無能パーティだ!」
紅の竜爪は、静かに腐り始めていた。仲間を追い出した代償はジワジワと、確実に内部から蝕んでいた。誰もそれを「ヒビキのせい」だとは言わない。だが誰もが、うすうす気づき始めていた──“何かを、間違えた”のだと。ここまで順調だった何かが無くなって、そのせいで狂い始めていると。
「…ニィゼル。パーティーの資金はあとどれぐらいある?」
「そうっすね…あんまし言いたくないですけど、来月まで持ったら良い方じゃないですか? 維持費と失敗の補填がとにかく馬鹿にならないんで、そっちを急がないともっと早く追い出されるかも」
ニィゼルはクエストに積極的に参加しない代わりに、薬師として回復アイテムの調達とパーティーの金庫番を任されていた。数字に弱い人間が見ても、とにかく赤字が酷い。オドルガルドでは回復系や支援系の冒険者はなれる人物が少なく、貴重な存在として重宝される。戦闘向きじゃない職業はそれぞれの分野で金を稼ぐのが定番だが、薬師なんかは作ったポーションや解毒薬を売買して金を稼いだりする。ホロレルで広い販売網と契約先を持っているニィゼルはヒビキが抜ける前から潤沢な利益を生み出していたが、それすら追い付かないほど今は金が無い。
「パーティーハウスは維持費を滞納したら即追い出されるし、失敗の補填を済ましてからじゃないとAランクの仕事は回してもらえないんで、なんでも良いからとにかく金が必要っす」
「そうか…次の販売にはいつ出向く?」
「出来るならすぐにでも行きたいですけど、正直素材が全然足りないっす。予備はみんなの回復やレティナとシェードの魔力回復にも使っちゃって、売りに出ても微々たるモンですね。それに、出荷する分も量が無くて…」
「実質、手詰みの状態か」
「はい…すみません、ケイヤさん」
「お前が謝ることじゃない。俺達がこうなっている現状の責任は俺達にある」
不穏な空気のハウスの中で、ケイヤはあくまで冷静に状況を分析していた。そしてその答えは、既に分かっていた。
(ヒビキ……お前の存在は、俺が思っているより大きかったみたいだ)
満場一致で追放したヒーラー。同じ死因。同じ時間。同じ場所で異世界転生した元親友、佐々木 響を思い浮かべる。
(すまない。だが、俺はどうしても…お前に生きてほしいんだ…)
ケイヤは自信の行いを信じ、拳を強く握りしめる。ヒビキの追放は、パーティー全員の意志だった。ヒビキと共にホロレルの街へと転生したケイヤは、【ダークナイト】のチート能力をアネストから授かり順調に強くなっていった。【治癒士】のチート能力を授かったヒビキとの相性は抜群で、同じ剣道部で培った剣術は異世界でも大いに役に立った。共に魔物を倒し、危険を乗り越え、冒険者になって生き抜く力を手にれていた。そんな時、冒険者ギルドで2人に声をかけた男がいた。
それが紅の竜爪の現リーダーであり、怒り狂って酒瓶を投げてきたグレイン・ロックフォードである。グレインは剣士として有能なケイヤと、回復に特化したヒビキをパーティーへと勧誘した。異世界に詳しい頼れる仲間と、冒険者として活動しやすい居場所を求めた2人は誘いに乗って紅の竜爪のメンバーになった。最初はとても順調だった。【重戦士】でリーダーシップのあるグレインの指揮の元、【ダークナイト】ケイヤと【拳闘士】ジュリアンの3人で前衛を。中衛は【氷魔導士】シェードと【トラッパー】ノエミ、そして【アーチャー】ジュレッタが魔法と弓矢でバランスよく戦い、状況に応じて罠で敵を錯乱。後衛は【治癒士】ヒビキと【神官】レティナが回復と補助を行い、誰1人欠けることなく高難易度のクエストを達成してきた。クエストに出ている間は【薬師】ニィゼルが薬を作ったり在庫管理をしたり街で売買をして金を稼ぎ、ダンジョンと商売の両方でなにもかも順調だった。
(この男の誘いに乗ったのが、俺のミスだったのかも知れん…)
◇
あれは数か月前のことだ。
紅の竜爪が順調すぎるほど順調だった頃。クエストは成功続き。街の名声も上がり、パーティーハウスは豪奢な屋敷にまでランクアップした。ホロレルの中でも『転生者がいるパーティー』として名が知られ、周囲の冒険者たちからも一目置かれるようになっていた。
──その中心に、ヒビキがいたことを誰も意識していなかった。
ヒビキは【治癒士】。戦闘の前には必ずステータス強化を施し、戦闘中も的確なタイミングで回復し、状態異常を解除する。だがそれはあまりに職業として自然すぎて、誰もその貢献を言葉にしなかった。代わりに注目を集めていたのは、火力のある前衛や目を引く魔法職、そして指揮官として振る舞う目立ちたがりのグレインだけだった。俺もその恩恵にあやかる1人だった。孤独よりも群れで動いた方が、異世界では死ににくい。冷静に、驕らず、互いを信じて強くなればこの世界で生きていける。しかし俺は傲慢だったのか、それとも仲間のフリをしていただけなのか、群れの中にヒビキを迎え入れれなかった…。
最初に「ヒビキが足を引っ張ってる」と言い出したのは、間違いなくグレインだ。「後ろでちょこちょこ回復してるだけじゃねぇか。チートの癖に地味すぎんだろ、あいつ」その言葉に、誰も反論できなかった。俺は分かっていた。ヒビキの回復には“何か”があることを。効果が異様に長持ちし、戦闘後の疲労すら軽減されているように感じていた。だが、それをきちんと言葉にして伝えられなかった。
【ヒビキの価値】を、他の仲間に証明できなかった。
「ヒビキさんって、なーんか地味な人ですよね~」
「まっ。回復職にしちゃ、ちまちまやってるだけ良いんじゃねぇの?」
「…しかし、どうしてもケイヤと比較してしまうな」
ノエミやジェードも最初は疑問を抱いていたが、グレインの強気な物言いに押されて次第に沈黙していった。ヒビキ自身は察していたはずだ。それでも黙っていた。耐えていた。けれど、あの時──
「ヒビキ。みんなの意見をくみ取った結果、お前を追放することにした!」
周りの空気に飲まれた俺は、ヒビキの追放に反対しなかった。雑用ばかりやらせられるヒビキが、1人で調査して1人で発見してきたグレイバルコルのクエストを横取りしてグレイン主導で俺達が勝手にクリアした。その日の晩、全員を呼び集めたグレインはいかにも俺達の総意のようにヒビキの追放を決定した。
「お前はこのパーティーにふさわしくない。荷物をまとめてさっさと出ていけ!」
「悪いねヒビキ。キミなら他のパーティーでも上手くやっていけるよ」
「お達者で~」
「じゃな。あとは俺たちで上手くやるからよ」
「お疲れ様」
あの時のグレインの悪辣な顔は、今でも忘れない。散々支援に回ってくれた仲間を嬉しそうに追放するあの顔が、俺には酷く醜悪に見えて吐き気がした。いや…本当に醜悪なのは俺の方だろう。俺はその場で、ヒビキの追放に反対しなかったのだからな。ヒビキは生前、なんの偏見もなく俺を友達として接してくれた唯一の友だった。部活の遠征のバスが事故を起こして一緒に死んで、一緒に転生して、一緒のパーティーに入ったのに、俺は追放を選んだ。死んでほしくなかった。ヒビキには、平和に平穏に生きてほしかった。軽んじられるパーティーにいても、いずれ殺されてしまう。危険なクエストの時に、真っ先に犠牲にされてしまう。転生者はただでさえ目立ち、色んな組織や派閥から狙われる運命にある。あの優しくてお人好しなヒビキにはそんな生活は耐えられないだろう。
「け、ケイヤ。お前は…ち、違うよな…? 俺達、一緒にやってきただろ?」
誰も、追放に反対しなかった。グレインの物言いや、発言力のせいもあっただろう。しかし俺は『生きてほしいから』『死んでほしくないから』という自分勝手な理由で、ヒビキの助けを求める声に沈黙で応えてしまった。発言力のあるグレインに逆らえば、俺が追放される恐れだってあった。怖かった。…その程度の覚悟しかなかったんだ。
「……嘘、だよな…?」
「…命あっての人生だ。ヒビキ」
考え抜いた答えが、それだった。1度死んだ友達に、俺は命を大切にしろという淡泊過ぎる別れを押し付けた。あの時のヒビキの全てが壊れたような顔は、今でも夢に出てくる。頭にこびりついて離れない。怒りでも悲しみでもない、信じていた人から与えられた裏切りは、ヒビキの心を虚無色に塗り替えて壊してしまった。
「…ケイ、ヤ……」
あの時の俺の力では、ヒビキを押し留めるのは不可能だった。新入りで発言力も無く、ニィゼルもジュリアンもヒビキの実力には半信半疑だった。だから守るには…ヒビキを守る為には、追放するしかなかった。しかしきちんと言葉にするべきだった。ヒビキは俺を「親友」とまで言ってくれた。エリート官僚ばかり輩出する家のルールに従ってひたすら勉強を強いられ、中学から浮いた存在だった俺に声をかけてくれた唯一の友……そんな男を、俺は『守るために見捨てる』という最悪の選択肢しか選べなかった。そんな選択肢を、“正しい”と信じてしまった自分が、今は一番許せない。
「……そうかよ……もう、どうでもいいや。じゃぁな……」
俯き、死にそうな顔で呟いてハウスを出て行ったあいつの背中に、俺は言葉をかけられなかった。いや、かけられなかったんじゃない。掟があったから、踏み込めなかった。
(すまない。ヒビキ…)
【仲間を裏切ってはならない】という呪いのような禁忌。そのせいで、俺は中途半端な立ち回りしかできなかった。グレインに明確に反対すれば、俺の言動が「裏切り」と見なされる可能性があった。かといって、ヒビキの追放を拒めば、パーティが内部分裂していた。パーティー内で少数派になり、表立って反対すると“派閥を割る=裏切り”になるリスクがあった。何よりも。
(お前に、死んでほしくなかったんだ)
追放されても、生きていてほしい。仲間でいるより、追い出した方が命が助かる。そんな歪な選択肢を、俺は選んだ。ヒビキは、それを“裏切り”と受け取っただろう。当然だ。俺がやったことは、どうあれ「言葉にしなかった」裏切りだ。あの時、本当の気持ちをぶつける勇気が、俺にあれば──。そうやって、俺は何度も何度も自分に言い聞かせた。追放したのは、守りたいから。大切な仲間だから。死んでほしくないから。その気持ちに嘘は無いと、自分に良い聞かせ続けた。結局、俺はあいつの“命”を守ることでしか、友情を示せなかったんだ。
「おいレティナ! 回復急げ!」
「ひ、『ヒール』!」
「…っ、お、おいなんだよっ。全然治ってねぇじゃねぇか!?」
「ちゃんとやってますってぇ!」
「マズイぞ! ブラッドウルフの群れが来る!」
「逃げろ!逃げろー!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」
パーティーがおかしくなりだしたのは、それからすぐの事だった。これまで機敏に動けていた俺と他の前衛は動きが不自然に鈍くなり、森・平原・遺跡・海辺、全ての魔物に傷を負わされるようになっていた。敵のレベルがいきなり上がって、攻撃も防御も回復も全く歯が立たない。誰かがダメージを受ければレティナが率先して回復したが、以前ほどの効果は無く回復薬やエリクサーのアイテム消費量だけがどんどん増えていく。すると長時間のクエストは困難になり、物資も尽きてリタイアするしかなくなる。
おかしいのは前衛だけではなかった。魔導士のシェードはこれまでの火力を出せず、魔力が枯渇しやすくなっていた。ジュレッタは弓矢の照準が上手く定まらず、狙撃しても外しまくって敵に気付かれて遠距離のメリットを潰してしまう。ノエミはトラップの生成速度が異様に遅くなり、魔物を罠にはめてもすぐに壊されて脱出される不自然な現象に出くわしていた。特に1番パーティーにとって痛手なのがレティナの弱体化だった。ヒビキがいなくなった以上彼女が回復役を一任されるのだが、受けた傷が全く回復しなくなっていた。以前は毒や呪いすら自然に消えていた。魔物の攻撃で即死していたはずのレベルのダメージを耐えられていた。なのに重ね掛けしないとこれまで通りに回復しないレベルまで劣っていて、触れたり手をかざすだけで回復できていたヒビキとは大違いだった。
グレインは装備の重さで鈍重になり集団戦では逃げ遅れて重傷を負いやすくなり、ジュリアンはこれまで通りのパワーを出せずにウェアウルフやオーガなどの重量級モンスターに苦戦して何度もダウンしている。俺は軽々とふるえていた剣がいきなり重くなり、剣技のキレが格段に落ちてしまった。弱かった敵も貫けず、余裕だった敵も一撃で仕留めれずに手痛い反撃を何度も食らった。全て、ヒビキがいなくなってから数日も経っていない出来事だ。
「おい!シェードがやばいぞ!レティナ!」
「ま、魔力がもうありませんっ!」
ヒビキの回復には、レティナの魔法では再現できない“何か”があった。ヒビキの回復にはステータス上昇や再生促進といった複合効果が仕込まれていた。ダメージ軽減、状態異常の自動解除、戦闘中の集中力維持、筋力増加。
明らかに複数の“隠し効果”が重なっていた。隠されていたんだ。女神アネストから授けられた恩恵の力は、異世界の冒険者の魔法を遥かに凌駕する力が秘められていた。それに気づいたのは、恐らく俺だけだっただろう。気付くのが、あまりに遅すぎた。
「ギルドまで急いで戻るんだ! それまでなんとか命を繋ぐぞ!」
「包帯と止血剤はどこだ!?」
「死ぬなシェード!しっかりしろ!」
そして3日前。シェードは討伐中の魔物の一撃を受けて瀕死の重傷を負った。レティナは魔法の使い過ぎで魔力が枯渇し、エリクサーも無かった。クエスト途中だったが大急ぎでシェードを抱えてギルドまで戻り、教会に在中しているヒーラーに回復魔法をかけてもらいなんとか一命を取り留めた。シェードを担ぎ込む時に、ギルドに居た冒険者たちは何事かと教会の周りを取り囲んだ。あの紅の竜爪のメンバーが死にかけるなんて、どんな強い魔物が現れたんだと冒険者の多くは恐れおののいた。しかし蓋を開けてみれば、なんてことのないBランクの魔物に致命傷を負わされたのだと分かり、色んな噂が飛び交った。
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