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寂莫

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 シュヴァイツ侯爵家の邸宅に到着したアリシアたちは、彼女の夫となるイシュチェザールとの謁見を済ませた後、現頭首である彼の父親――ルドルフ・フォン・シュヴァルツ侯爵と会うこととなった。イシュチェザールの私室にして、夫婦の寝室として通された執務室よりも更に広く豪奢な装飾の施された応接間で対面した侯爵の姿は、アリシアがこれまで生きてきた十数年で見ることのなかったものだった。

「よくぞ参られた、アリシア嬢。貴女は本日この日より我がシュヴァルツ家の者となる。長旅でお疲れだろう、誰も通さぬゆえ、この後は暫し休まれるといいだろう」

 年老いて、既に玉座から立ち上がることすらできない様子だったが、未だにその威容は損なわれていなかった。むしろ、座したままでいるその姿は、彼女が父の催すパーティーで目にしたどの貴族たちよりも高貴で、権威ある姿に見えた。
 さすがは、野心に満ちている父がじぶんの嫁ぎ先として選んだ家の頭首――そんな皮肉めいた感想も浮かんだりしたものだったが、もちろんそれを口に出すようなことはない。その辺りの教育は、曲がりなりにも貴族の子女であるアリシアも受けていた。

 そして、通された寝室の中。
 ここまで辿り着く旅は決して楽なものとは言えなかった。ただでさえ数ヵ月も馬車で行かなくてはならなかったうえに、その間にも色々なトラブルに巻き込まれて……。
 正直、この邸宅でなら命や貞操の危機からは守られるだろう。大貴族の庇護を受けるというのは、自由以外のあらゆるものを保証されることを意味してもいるのだから。

 けれど、どうして?
 今では、そういう旅の頃の方が恋しく感じてしまう。これから待っている生活に対する不安だけが募り、いっそのこと何も知らない子どものままでいたかった――などと現実逃避じみたことまで考えてしまう。
  自分たちの、王政そのものへの復讐、、は、これから始まるというのに。

 自分と、テオドール。
 幼い頃に引き離された彼と再び巡り会えた、そして今度こそ堂々と一緒にいられるように、騎士と姫君などではなく、ただの友人として傍にいられるように。

「テオ……、テオ……」

 それまでの、暫しの別れなのだから。
 そう自分に言い聞かせても、瞳から零れる涙を止められそうになかった。
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