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侯爵家
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市場を見て回ったアリシア達は従者たちに連れられて、とうとう侯爵家へと足を進めることになった。
門を入ってしばらくした辺りはまだアリシアにとって馴染み深さの残る賑わいがあったが、足を進めるにつれて、次第にそれは薄らいでいった。
アリシアが最初に感じ取ったのは、空気だった。
活発に動き回るある種の軽さのような物が、アリシアの育ったサーカルクレ領やほかの領邦、このリヒテンブルクでも、市門のすぐ内側や、様々な地域のものが集まった、港付近の大市場近辺にはあった。
しかし、そこを過ぎて、民家らしき建物が少しまばらになってきた辺りから、装いが変わっていく。
ねっとりと、絡みついてくるような重苦しい空気。
それは、よく父のガイウスが王都の宮廷貴族とのパーティに興じているときに発していた空気に似ていた。
嘘と疑心と打算、どうすれば相手を出し抜いてより高い位置へ昇れるか――それが思考の中心になり、それだけが唯一の価値となったかのような、アリシアの疎んでいた大貴族の纏う空気。
「…………っ」
「――、アリシア様!」
あまりの不快感と嫌悪感に、直接体調不良を起こすようなものは何もないはずなのに、思わずよろめくアリシアを、すかさずテオドールが支える。
「お怪我はありませんか?」
「え、えぇ……」
とっさに声が出なくなりながら、アリシアは答えた。
そんな彼女を見て安心したような微笑を返すテオドールに、若干の自己嫌悪を感じながら。
こんなことではいけないのに。
私たちはこれから、ここで目的を果たさなくてはいけない。その為の1歩目を歩き始めたところに過ぎないのに、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。こういう風にして彼に頼りっぱなしではいけないのに……、どうしても足が竦んでしまう。
互いが互いを品定めして、牽制し合って、蹴落とし合う――そんな空気が漂う宮廷を見ているのが、たまらなく辛かった。
きっと、侯爵家に仕える従者たちもアリシアの感情を察したのだろう、「お加減はいかがですか?」と心配げに尋ねてくる。きっと、仕えている者も思わず案じずにはいられないほどに自分は疲弊して見えるのだろう、それとも、それほどまでに侯爵家が……?
一抹の不安が、またアリシアの心を騒がせる。
それでも。
「えぇ、ご心配ありがとう、私は平気です」
毅然とした表情で、笑みと共に答える。
そして、見据える。
目の前にそびえ立つ、宮廷街の中で特に豪奢な様を見せつける館――シュヴァイツ侯爵家の邸宅を。
今日この日を以て、ここが彼女の自宅となるのだと覚悟を固めながら。
門を入ってしばらくした辺りはまだアリシアにとって馴染み深さの残る賑わいがあったが、足を進めるにつれて、次第にそれは薄らいでいった。
アリシアが最初に感じ取ったのは、空気だった。
活発に動き回るある種の軽さのような物が、アリシアの育ったサーカルクレ領やほかの領邦、このリヒテンブルクでも、市門のすぐ内側や、様々な地域のものが集まった、港付近の大市場近辺にはあった。
しかし、そこを過ぎて、民家らしき建物が少しまばらになってきた辺りから、装いが変わっていく。
ねっとりと、絡みついてくるような重苦しい空気。
それは、よく父のガイウスが王都の宮廷貴族とのパーティに興じているときに発していた空気に似ていた。
嘘と疑心と打算、どうすれば相手を出し抜いてより高い位置へ昇れるか――それが思考の中心になり、それだけが唯一の価値となったかのような、アリシアの疎んでいた大貴族の纏う空気。
「…………っ」
「――、アリシア様!」
あまりの不快感と嫌悪感に、直接体調不良を起こすようなものは何もないはずなのに、思わずよろめくアリシアを、すかさずテオドールが支える。
「お怪我はありませんか?」
「え、えぇ……」
とっさに声が出なくなりながら、アリシアは答えた。
そんな彼女を見て安心したような微笑を返すテオドールに、若干の自己嫌悪を感じながら。
こんなことではいけないのに。
私たちはこれから、ここで目的を果たさなくてはいけない。その為の1歩目を歩き始めたところに過ぎないのに、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。こういう風にして彼に頼りっぱなしではいけないのに……、どうしても足が竦んでしまう。
互いが互いを品定めして、牽制し合って、蹴落とし合う――そんな空気が漂う宮廷を見ているのが、たまらなく辛かった。
きっと、侯爵家に仕える従者たちもアリシアの感情を察したのだろう、「お加減はいかがですか?」と心配げに尋ねてくる。きっと、仕えている者も思わず案じずにはいられないほどに自分は疲弊して見えるのだろう、それとも、それほどまでに侯爵家が……?
一抹の不安が、またアリシアの心を騒がせる。
それでも。
「えぇ、ご心配ありがとう、私は平気です」
毅然とした表情で、笑みと共に答える。
そして、見据える。
目の前にそびえ立つ、宮廷街の中で特に豪奢な様を見せつける館――シュヴァイツ侯爵家の邸宅を。
今日この日を以て、ここが彼女の自宅となるのだと覚悟を固めながら。
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