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第一章
変化とは、常に勇気を必要とするもの。――1
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探索者がダンジョン攻略を円滑に行えるように結成された公的機関『探索者協会』。その文京支部のエントランス前で、俺は立ち尽くしていた。
「いま……なんて?」
「あ? 聞き逃してんじゃねぇよ」
呆然としながら尋ねる俺に、五十嵐くんが舌打ちをする。
ひどく面倒くさそうに、五十嵐くんが改めて俺に告げた。
「お前はクビだ」
再びぶつけられた言葉に、頭が真っ白になる。
しばし声も出せずに視線を泳がせて、俺は震える唇で訊いた。
「……どうして」
「んなもん決まってるだろ。お前が役立たずだからだよ」
『役立たず』――その言葉がのしかかる。
胃の辺りがズンと重くなる。目の前がぐわんと歪み、いまにも倒れてしまいそうだ。
そんな俺の様子を一切無視して、五十嵐くんが続けた。
「モンスターとの戦闘に参加できず、できるのは荷物持ちくらい。しかも、ストレージは誰にでも使えるんだ。お前だからいけないってわけじゃねぇ」
五十嵐くんの言うとおり、ストレージは俺にしか使えない特殊能力というわけじゃない。ステータスとスキルが発現した者なら誰だって使える基本能力だ。もちろん、五十嵐くんたちも扱える。
ストレージに収納できる限界重量は三〇キロ。五十嵐くんたちは、ダンジョンで入手したアイテムでストレージが圧迫されないよう、俺を荷物持ちとして雇っていたわけだ。
だが、どうやらそれも今日までらしい。
「荷物持ち程度で報酬を持っていかれたんじゃ割りに合わないだろ? だからクビだ。大体、お前の代わりなんていくらでもいるんだしな」
吐き捨てるように五十嵐くんが言った。
五十嵐くんの言うことはもっともだ。ぐうの音も出ない。
それでも頷くわけにはいかなかった。俺には養わないといけないひとたちがいるのだから。
「けど、俺には生活費が必要なんだ!」
「じゃあさ? 荷物持ち以外にできることはあるの?」
食い下がる俺に赤井くんが尋ねてくる。
「勝地くんの事情はわかったよ。けどさ? きみの事情と、僕たちがきみを雇うこととは関係がないでしょ? 僕たちの仲間でいたいなら、きみがどう貢献してくれるのか教えてくれるかい?」
「それは……」
俺は言葉に詰まった。しかたない。いくら考えても、荷物持ち以外で俺にできることが思いつかないのだから。
押し黙る俺に、心底呆れたと言わんばかりに宝条さんが溜息をつく。
「あんた自身、おかしいと思わない? あたしたちは慈善活動してるわけじゃないの。無能のあんたをどうして雇ってないといけないのよ」
「てかさー。あーしら、早く打ち上げ行きたいんですけどー」
宝条さんも萩野さんも聞く耳を持たないらしい。萩野さんに至っては、俺の今後よりも今日の打ち上げのほうが大切なようだ。
「んなわけで、お前はクビだ。まあ、今日の報酬はちゃんと分けてやるよ」
五十嵐くんが封筒を取り出した。Cランクダンジョン攻略の報酬として、先ほど探索者協会から受け取ったものだ。
封筒から、一万円札一枚と千円札二枚、数枚の硬貨を抜き出して、五十嵐くんが俺に渡してくる。
報酬全体の一〇分の一。荷物持ちとして俺に与えられる分け前だ。
「いつもどおりこいつもやるよ。餞別ってやつだ」
さらに、ストレージから取り出した十数枚の板を、五十嵐くんが俺の足元に放った。ダンジョンで手に入るアイテム『カード』だ。
カードはMPを注ぐことで発動できるアイテム。召喚術のように味方となるモンスターを喚び出したり、魔法に似た現象を起こしたり、特殊なアイテムを生成したりすることができる。
ここだけ聞くと便利そうだけど、実際は違う。
カードが喚び出す味方モンスターは脆弱だし、起こす現象は魔法の劣化版でしかないし、生成するアイテムも大して役に立たない。
一見すると強力そうなカードもあるが、それらは決まってカードを対象にするもので、人間やモンスターに対しては使えない。
効果に対して消費MPが激しく、戦闘時にしか使えず、戦闘が終われば効果が消えるという欠点もある。
加えて、一度の戦闘では同じ名前のカードを四枚しか発動できないという制限があるなど、とにかく使い勝手が悪いのだ。
唯一、使用したカードは戦闘終了時に復活するという利点はあるが、そもそも使うに値するアイテムじゃないのだから意味がない。
そのため、カードはゴミアイテムのレッテルを貼られていた。
当然、五十嵐くんたちもカードを必要としていない。むしろあるだけ邪魔だと思っている。
だから、これまでも五十嵐くんたちは、ダンジョン攻略時に手に入れたカードを、報酬という体で俺に渡していた。
五十嵐くんが、ニタリと唇を歪める。
「じゃあな、勝地。これからはひとりで頑張れよ。応援してるぜ」
明らかに皮肉なセリフを残し、五十嵐くんたちが去っていった。
足元に散らばるカードを見下ろし、俺は目元を覆って深く息をつく。
「……これからどうすればいいんだ」
悲痛が、不安が、寂寥が、俺を襲う。
生きていくにはお金が必要だ。食べていくにはお金が必要だ。養っていくにはお金が必要だ。
なのに、お金を稼ぐ手段が失われてしまった。
なんとかしないといけない。悩んでいてもしかたない。考えなくてはいけない。
そう自分に言い聞かせても、ショックのあまり頭が回ってくれない。
惨めすぎる現状に、俺はもう一度溜息をつく。
そのとき、こちらに歩いてくるひとりの女性に気づいた。
男性として低身長な俺よりも、わずかに高いだろう背丈。
スラリとした細身の体。
肌は月明かりで染めたような純白。
夜風になびくロングストレートの髪は、処女雪が染みこんだような白銀色。
青い切れ長の瞳は、まるでサファイア。
大人びた細面は、息をのむほど整っている。
『美人』以外の表現を許さないくらい美しいその女性が身につけているのは、紺色の、ブレザータイプの制服――桐山高校の制服だった。
彼女の名前は天原白姫。俺や五十嵐くんたちと同じ、桐山高校の二年生。そして、Sランクパーティー『ヴァルキュリア』に所属する、Sランク探索者だ。
黒いパンプスでコツコツとアスファルトを鳴らし、天原さんが歩いてくる。
俺と天原さんの距離が徐々に縮まっていき――天原さんが俺の横をすり抜けていった。
どうやら天原さんは、探索者協会に用事があるようだ。
天原さんが自動ドアをくぐっていったあと、俺は三度溜息をつき、足元のカードを拾うためにしゃがんだ。
散らばったカードを一枚一枚拾いながら、俺はひとり、ぼやく。
「俺も天原さんみたいに強かったらな……」
自分にどれだけのステータスが発現するか、どのようなスキルが発現するかは、発現するまでわからない。
自分が探索者として活躍できるかどうかは、すべて天に委ねられているんだ。
だからこそ、俺は思わずにいられない。
「神様って理不尽だよね……」
思ったところで、どうにもならないのに。
「いま……なんて?」
「あ? 聞き逃してんじゃねぇよ」
呆然としながら尋ねる俺に、五十嵐くんが舌打ちをする。
ひどく面倒くさそうに、五十嵐くんが改めて俺に告げた。
「お前はクビだ」
再びぶつけられた言葉に、頭が真っ白になる。
しばし声も出せずに視線を泳がせて、俺は震える唇で訊いた。
「……どうして」
「んなもん決まってるだろ。お前が役立たずだからだよ」
『役立たず』――その言葉がのしかかる。
胃の辺りがズンと重くなる。目の前がぐわんと歪み、いまにも倒れてしまいそうだ。
そんな俺の様子を一切無視して、五十嵐くんが続けた。
「モンスターとの戦闘に参加できず、できるのは荷物持ちくらい。しかも、ストレージは誰にでも使えるんだ。お前だからいけないってわけじゃねぇ」
五十嵐くんの言うとおり、ストレージは俺にしか使えない特殊能力というわけじゃない。ステータスとスキルが発現した者なら誰だって使える基本能力だ。もちろん、五十嵐くんたちも扱える。
ストレージに収納できる限界重量は三〇キロ。五十嵐くんたちは、ダンジョンで入手したアイテムでストレージが圧迫されないよう、俺を荷物持ちとして雇っていたわけだ。
だが、どうやらそれも今日までらしい。
「荷物持ち程度で報酬を持っていかれたんじゃ割りに合わないだろ? だからクビだ。大体、お前の代わりなんていくらでもいるんだしな」
吐き捨てるように五十嵐くんが言った。
五十嵐くんの言うことはもっともだ。ぐうの音も出ない。
それでも頷くわけにはいかなかった。俺には養わないといけないひとたちがいるのだから。
「けど、俺には生活費が必要なんだ!」
「じゃあさ? 荷物持ち以外にできることはあるの?」
食い下がる俺に赤井くんが尋ねてくる。
「勝地くんの事情はわかったよ。けどさ? きみの事情と、僕たちがきみを雇うこととは関係がないでしょ? 僕たちの仲間でいたいなら、きみがどう貢献してくれるのか教えてくれるかい?」
「それは……」
俺は言葉に詰まった。しかたない。いくら考えても、荷物持ち以外で俺にできることが思いつかないのだから。
押し黙る俺に、心底呆れたと言わんばかりに宝条さんが溜息をつく。
「あんた自身、おかしいと思わない? あたしたちは慈善活動してるわけじゃないの。無能のあんたをどうして雇ってないといけないのよ」
「てかさー。あーしら、早く打ち上げ行きたいんですけどー」
宝条さんも萩野さんも聞く耳を持たないらしい。萩野さんに至っては、俺の今後よりも今日の打ち上げのほうが大切なようだ。
「んなわけで、お前はクビだ。まあ、今日の報酬はちゃんと分けてやるよ」
五十嵐くんが封筒を取り出した。Cランクダンジョン攻略の報酬として、先ほど探索者協会から受け取ったものだ。
封筒から、一万円札一枚と千円札二枚、数枚の硬貨を抜き出して、五十嵐くんが俺に渡してくる。
報酬全体の一〇分の一。荷物持ちとして俺に与えられる分け前だ。
「いつもどおりこいつもやるよ。餞別ってやつだ」
さらに、ストレージから取り出した十数枚の板を、五十嵐くんが俺の足元に放った。ダンジョンで手に入るアイテム『カード』だ。
カードはMPを注ぐことで発動できるアイテム。召喚術のように味方となるモンスターを喚び出したり、魔法に似た現象を起こしたり、特殊なアイテムを生成したりすることができる。
ここだけ聞くと便利そうだけど、実際は違う。
カードが喚び出す味方モンスターは脆弱だし、起こす現象は魔法の劣化版でしかないし、生成するアイテムも大して役に立たない。
一見すると強力そうなカードもあるが、それらは決まってカードを対象にするもので、人間やモンスターに対しては使えない。
効果に対して消費MPが激しく、戦闘時にしか使えず、戦闘が終われば効果が消えるという欠点もある。
加えて、一度の戦闘では同じ名前のカードを四枚しか発動できないという制限があるなど、とにかく使い勝手が悪いのだ。
唯一、使用したカードは戦闘終了時に復活するという利点はあるが、そもそも使うに値するアイテムじゃないのだから意味がない。
そのため、カードはゴミアイテムのレッテルを貼られていた。
当然、五十嵐くんたちもカードを必要としていない。むしろあるだけ邪魔だと思っている。
だから、これまでも五十嵐くんたちは、ダンジョン攻略時に手に入れたカードを、報酬という体で俺に渡していた。
五十嵐くんが、ニタリと唇を歪める。
「じゃあな、勝地。これからはひとりで頑張れよ。応援してるぜ」
明らかに皮肉なセリフを残し、五十嵐くんたちが去っていった。
足元に散らばるカードを見下ろし、俺は目元を覆って深く息をつく。
「……これからどうすればいいんだ」
悲痛が、不安が、寂寥が、俺を襲う。
生きていくにはお金が必要だ。食べていくにはお金が必要だ。養っていくにはお金が必要だ。
なのに、お金を稼ぐ手段が失われてしまった。
なんとかしないといけない。悩んでいてもしかたない。考えなくてはいけない。
そう自分に言い聞かせても、ショックのあまり頭が回ってくれない。
惨めすぎる現状に、俺はもう一度溜息をつく。
そのとき、こちらに歩いてくるひとりの女性に気づいた。
男性として低身長な俺よりも、わずかに高いだろう背丈。
スラリとした細身の体。
肌は月明かりで染めたような純白。
夜風になびくロングストレートの髪は、処女雪が染みこんだような白銀色。
青い切れ長の瞳は、まるでサファイア。
大人びた細面は、息をのむほど整っている。
『美人』以外の表現を許さないくらい美しいその女性が身につけているのは、紺色の、ブレザータイプの制服――桐山高校の制服だった。
彼女の名前は天原白姫。俺や五十嵐くんたちと同じ、桐山高校の二年生。そして、Sランクパーティー『ヴァルキュリア』に所属する、Sランク探索者だ。
黒いパンプスでコツコツとアスファルトを鳴らし、天原さんが歩いてくる。
俺と天原さんの距離が徐々に縮まっていき――天原さんが俺の横をすり抜けていった。
どうやら天原さんは、探索者協会に用事があるようだ。
天原さんが自動ドアをくぐっていったあと、俺は三度溜息をつき、足元のカードを拾うためにしゃがんだ。
散らばったカードを一枚一枚拾いながら、俺はひとり、ぼやく。
「俺も天原さんみたいに強かったらな……」
自分にどれだけのステータスが発現するか、どのようなスキルが発現するかは、発現するまでわからない。
自分が探索者として活躍できるかどうかは、すべて天に委ねられているんだ。
だからこそ、俺は思わずにいられない。
「神様って理不尽だよね……」
思ったところで、どうにもならないのに。
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