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ep.08 抱きしめたい
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向かった先は、大阪の中心街にあるビジネスホテルだ。
会社側が用意したそれは、清潔だし悪くはないが、やっぱりいつものホテルから比べればかなりグレードが落ちる。
シャワーを浴びて、身体を休めるためのホテルだ。
そこにホスピタリティを求めることまではできない。
既にカードキーを受け取ってあるため、俺はフロントの前を通り過ぎて、エレベーターに乗ろうとした。
すると、目の端にふと、見覚えのあるシルエットが映り込む。
小さなロビーの片隅にあるソファに、スリーピースを着た人物が座っている。
遠くて顔までははっきり見えなかったが、見間違えるはずがない。
俺は慌てて向きを変え、その人に近付いた。
ソファのアームレストに肘を突き、静かに目を閉じている。
俺に気付いた様子もないところから、うたたねしているのだとわかる。
こんな時でも、髪はきっちりとセットされていて、ネクタイに乱れもない。
だが、スーツはあちらこちらにシワが寄り、長旅の跡が見られた。
ソファの横には、トランクが置かれている。
俺は、その顔をもっとよく見たくて、足元にしゃがんだ。
それでも、長いまつ毛は動くことなく、眠りが深いのがわかった。
こんなところで眠っていたら風邪を引くというのに。
「美浜さん」
声を掛けると、美浜はゆっくりと目を開けた。
そして、足元にうずくまる俺を見て、二度三度と瞬きを繰り返す。
自分が寝てしまっていたことに気付いたようで、一つ咳払いをして居ずまいを正す。
俺はくすりと笑って、問い掛けた。
「どうしてここに?」
仕事の状況は、既に連絡済みだ。
美浜がここに来る必要はない。
それでも、わざわざここに来たということは、俺に会いに来たということか。
すると、気難しそうな顔つきで、美浜は答えた。
「今日は、金曜日だ」
要するに、毎週金曜日に俺とホテルで会っているのだから、そのためにここまで来たと言いたいわけだ。
「あなたって人は」
ここは、新宿でも品川でも、横浜でもない。大阪市内だ。
ちょっと気軽に来るような場所じゃない。
「宿泊先は決まっていますか?」
「いや、特には」
この時間なら、今から東京に帰るわけにもいかない。
となると、このホテルに美浜も泊まるのが手っ取り早いのだが。
美浜に一応尋ねてみると、このホテルでいいと言う。
本当にわかっているのか確認したくなって、俺は小声で聞いた。
「ここ、ビジネスホテルですよ」
「どこでも構わない。──君となら」
まさかそんな言葉が返ってくるとは想像していなくて、妙に照れ臭い。
俺は、曖昧に笑って、その場は誤魔化した。そして、ホテル側と交渉して、ツインの同じ部屋に美浜を泊めることにした。連泊しているせいもあって、荷物はそのままだが、一応ベッドメイクには入ってもらっている。この際、少し我慢してもらおう。
エレベーターで客室フロアに行き、部屋に入るなり美浜は、深い溜息を一つ吐いた。
普段泊まるホテルとは、あまりにグレードが違っている。
こういうところに泊まった経験なんて、美浜にあるとは思えない。
だから、そんな溜息を吐いたのかと思ったが、そうではないようだ。
俺に腕を伸ばして抱き寄せ、頭を撫でられた。
「よくやってくれた。一ノ瀬」
子供にするような撫で方ではない。それでもちょっと気恥しい。
「本当に、ありがとう」
身を離してから、美浜はそう言って笑う。
その顔は、俺の知る厳しい部長としての顔でも、ホテルで見る蕩けた顔とも違っていた。
これが、素の美浜の顔なのかもしれない。
32歳の一人の男が、俺を称え、喜び合ってくれている。
じわじわと胸に迫る想いは見過ごせるものではなく、もう自分に嘘がつけなくなる。
俺は──美浜が好きだ。
この人を、愛している。
だからと言って、それを美浜に伝えるわけにはいかない。
この人にとって俺は、部下の一人で、ホテルで会って愉しむだけの存在だ。
俺が好きだと言えば、負担に思うだろうし、こうして抱き合うことも止めると言うだろう。
俺は一度目を閉じ、湧き起こった感情を何とか抑え付けた。
「シャワー、浴びてきます」
バスルームに行って、狭いバスタブの中でシャワーを浴び、備え付けの浴衣を着る。
髪を乾かして部屋に戻ると、美浜は手前にあったデスクに、ノートパソコンを置いて仕事をしていた。てっきり休んでいるものと思っていた俺は、少し驚かされる。
「すみません、次どうぞ」
「ああ。区切りのいいところまで終わったらな」
そして、その後もしばらく仕事を続け、最後に軽く上を向いてからパソコンを閉じた。
「シャワーを浴びてくる」
「はい」
美浜は浴衣を手に中に行き、俺はソファに座ってミネラルウォーターを飲んだ。
酒は飲み会の席でたっぷりと飲んでいたため、今は水が飲みたい。
冷えた水で喉を潤し、目を瞑って考えていた。
大阪に来てから、ホテルの本社に行き、担当者たちと話して契約を取った。
東京に戻ってからは、またしばらくその件でデスクワークが続くに違いにない。
そういえば、吉田の方はどうなっただろう。
他のホテルも回ってみるとは言っていたが。
だが、そうやって考えている間も、気を抜けば美浜のことが過った。
この気持ちを、どうしたらいいのか。
どうやったら、気付かなかったことにして関係を続けていけるか。
美浜に知られてしまったら、どうしたらいいのか。
すると、不意に唇にしっとりとした熱いものが押し付けられた。
目を開けると、ソファに座る俺を跨いで、美浜がキスを仕掛けていた。
「……美浜さん」
どうして気付かなかったのか。
もしかしたら、俺はうっかり寝ていたのだろうか。
会社側が用意したそれは、清潔だし悪くはないが、やっぱりいつものホテルから比べればかなりグレードが落ちる。
シャワーを浴びて、身体を休めるためのホテルだ。
そこにホスピタリティを求めることまではできない。
既にカードキーを受け取ってあるため、俺はフロントの前を通り過ぎて、エレベーターに乗ろうとした。
すると、目の端にふと、見覚えのあるシルエットが映り込む。
小さなロビーの片隅にあるソファに、スリーピースを着た人物が座っている。
遠くて顔までははっきり見えなかったが、見間違えるはずがない。
俺は慌てて向きを変え、その人に近付いた。
ソファのアームレストに肘を突き、静かに目を閉じている。
俺に気付いた様子もないところから、うたたねしているのだとわかる。
こんな時でも、髪はきっちりとセットされていて、ネクタイに乱れもない。
だが、スーツはあちらこちらにシワが寄り、長旅の跡が見られた。
ソファの横には、トランクが置かれている。
俺は、その顔をもっとよく見たくて、足元にしゃがんだ。
それでも、長いまつ毛は動くことなく、眠りが深いのがわかった。
こんなところで眠っていたら風邪を引くというのに。
「美浜さん」
声を掛けると、美浜はゆっくりと目を開けた。
そして、足元にうずくまる俺を見て、二度三度と瞬きを繰り返す。
自分が寝てしまっていたことに気付いたようで、一つ咳払いをして居ずまいを正す。
俺はくすりと笑って、問い掛けた。
「どうしてここに?」
仕事の状況は、既に連絡済みだ。
美浜がここに来る必要はない。
それでも、わざわざここに来たということは、俺に会いに来たということか。
すると、気難しそうな顔つきで、美浜は答えた。
「今日は、金曜日だ」
要するに、毎週金曜日に俺とホテルで会っているのだから、そのためにここまで来たと言いたいわけだ。
「あなたって人は」
ここは、新宿でも品川でも、横浜でもない。大阪市内だ。
ちょっと気軽に来るような場所じゃない。
「宿泊先は決まっていますか?」
「いや、特には」
この時間なら、今から東京に帰るわけにもいかない。
となると、このホテルに美浜も泊まるのが手っ取り早いのだが。
美浜に一応尋ねてみると、このホテルでいいと言う。
本当にわかっているのか確認したくなって、俺は小声で聞いた。
「ここ、ビジネスホテルですよ」
「どこでも構わない。──君となら」
まさかそんな言葉が返ってくるとは想像していなくて、妙に照れ臭い。
俺は、曖昧に笑って、その場は誤魔化した。そして、ホテル側と交渉して、ツインの同じ部屋に美浜を泊めることにした。連泊しているせいもあって、荷物はそのままだが、一応ベッドメイクには入ってもらっている。この際、少し我慢してもらおう。
エレベーターで客室フロアに行き、部屋に入るなり美浜は、深い溜息を一つ吐いた。
普段泊まるホテルとは、あまりにグレードが違っている。
こういうところに泊まった経験なんて、美浜にあるとは思えない。
だから、そんな溜息を吐いたのかと思ったが、そうではないようだ。
俺に腕を伸ばして抱き寄せ、頭を撫でられた。
「よくやってくれた。一ノ瀬」
子供にするような撫で方ではない。それでもちょっと気恥しい。
「本当に、ありがとう」
身を離してから、美浜はそう言って笑う。
その顔は、俺の知る厳しい部長としての顔でも、ホテルで見る蕩けた顔とも違っていた。
これが、素の美浜の顔なのかもしれない。
32歳の一人の男が、俺を称え、喜び合ってくれている。
じわじわと胸に迫る想いは見過ごせるものではなく、もう自分に嘘がつけなくなる。
俺は──美浜が好きだ。
この人を、愛している。
だからと言って、それを美浜に伝えるわけにはいかない。
この人にとって俺は、部下の一人で、ホテルで会って愉しむだけの存在だ。
俺が好きだと言えば、負担に思うだろうし、こうして抱き合うことも止めると言うだろう。
俺は一度目を閉じ、湧き起こった感情を何とか抑え付けた。
「シャワー、浴びてきます」
バスルームに行って、狭いバスタブの中でシャワーを浴び、備え付けの浴衣を着る。
髪を乾かして部屋に戻ると、美浜は手前にあったデスクに、ノートパソコンを置いて仕事をしていた。てっきり休んでいるものと思っていた俺は、少し驚かされる。
「すみません、次どうぞ」
「ああ。区切りのいいところまで終わったらな」
そして、その後もしばらく仕事を続け、最後に軽く上を向いてからパソコンを閉じた。
「シャワーを浴びてくる」
「はい」
美浜は浴衣を手に中に行き、俺はソファに座ってミネラルウォーターを飲んだ。
酒は飲み会の席でたっぷりと飲んでいたため、今は水が飲みたい。
冷えた水で喉を潤し、目を瞑って考えていた。
大阪に来てから、ホテルの本社に行き、担当者たちと話して契約を取った。
東京に戻ってからは、またしばらくその件でデスクワークが続くに違いにない。
そういえば、吉田の方はどうなっただろう。
他のホテルも回ってみるとは言っていたが。
だが、そうやって考えている間も、気を抜けば美浜のことが過った。
この気持ちを、どうしたらいいのか。
どうやったら、気付かなかったことにして関係を続けていけるか。
美浜に知られてしまったら、どうしたらいいのか。
すると、不意に唇にしっとりとした熱いものが押し付けられた。
目を開けると、ソファに座る俺を跨いで、美浜がキスを仕掛けていた。
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どうして気付かなかったのか。
もしかしたら、俺はうっかり寝ていたのだろうか。
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