【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

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第三章 本性

オングストレーム商会

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 神殿を出た後は、徒歩で移動した。
 街中は昼時とも会って活気づいている。
 大人たちに交じって、手を引かれて歩く子供の姿も見た。
 そういえば、アデラ城には子供がいない。
 小さな子を見るのは、これが初めてだ。

 僕の視線に気付いたのか、子供が手を振ってくる。
 振り返してあげると、嬉しそうに笑った。
 そうして、15分くらい歩いたところで、広い路地に出る。

「この先に、オングストレーム商会がある」

 中央にある噴水の向こう側をリディアンが指差した。
 その名前には、聞き覚えがあった。
 しかも、結構最近誰かが言っていた気がする。

 一体、どこで聞いたんだっけ。 
 思い出そうとしていたところで、調理場で聞いた言葉を思い出した。

『そろそろ、オングストレームに連絡して、スパイスを卸してもらった方がいいんじゃないのか?』

 そうだ。エイノック随一の卸問屋で、この国の貿易の拠点でもある商会だ。
 国内で販売されている商品は元より、他国の品も扱っている。
 ほとんどの商品が、一度オングストレーム商会を介して売買されていた。

 この先に、その商会があるなんて、是非行ってみてみたい。
 これまで見たこともない品物にも出会えると思うと、楽しみで仕方がない。

 その分岐路から更に5分ほどで、オングストレーム商会の本部まで来た。
 商会は総2階建てで、倉のような土壁でできていた。
 脇には大きな厩舎があり、馬が何頭も顔を出している。
 幌馬車や荷車も、荷物を積んだまま横付けされていた。
 ここから商品を各地に送るのか。

 物珍しくて、僕は荷物を積んでいる一台の幌馬車に近寄ろうとした。

「タカト。そこは危ないから近付くんじゃない」

 声を掛けられて振り返ったところで、低い唸り声がした。
 振り返ると、緑色をした毛に覆われた獣が、僕に向かって牙を剥いている。

「うわっ。ごめん!」

 不用意に近付いて興奮させてしまったかと思わず謝ると、獣はぴたりと唸るのを止めた。

「驚いた。言葉が通じるんですかい?」
「え……?」

 いきなり獣が喋り出し、僕は驚いてまじまじとその目を覗き込む。
 美しい瑠璃色をした瞳は、猫の目のように瞳孔が縦長だ。

「足の裏に小石が挟まっていてよう。取ってくださいませんかねえ」

 そう言って、こちらに足の裏を向けてくる。
 分厚い黒い肉球には、確かに石が挟まっている。

「わかりました」

 僕は足首を握り、その小石を取ってあげた。
 人間の僕には容易いことでも、この獣には難しそうだ。

「これでいいですか?」
「おお、ありがとな」

 僕は、獣に手を振ってからリディアンの元に戻ろうとした。
 すると、他の獣を世話していた人が、僕の傍に寄ってくる。

「こりゃあ、驚いた。お前さん、獣と喋れるのかい?」
「えっと……」

 やっぱりこの獣は、本当は話せないのか。
 何と言えばいいのかと返答に窮してしまう。

「ただの偶然だ。獣と話せるわけがない」

 近くでそんな声がして、肩を抱き寄せられる。
 相手はリディアンで、有無を言わせぬ迫力で僕をその場から連れ出した。

「まったく、ちょっと目を離すとすぐ巻き込まれているな」
「そんなことは──」
「ある」

 リディアンは被せるようにそう言って、ぐいぐいと引っ張って歩いていく。
 後ろからくすっと笑う声がして、ちらりと見るとグンターが笑っていた。
 笑い事じゃない。
 おかげですっかり周囲の衆目を集めている。
 物珍しそうに見つめられて、とても恥ずかしい。

 商会の中に入ると、突然音が掻き消えた。
 中は少し涼しくて、外よりも薄暗い。
 他にも客が数人いて商談中のようだった。
 そこかしこから声がするものの、はっきりとは聞き取れない。

「遮蔽がかかっているんだ」
「遮蔽?」

 聞き慣れない言葉に反応すると、リディアンは頷いた。

「言葉が外に漏れたら大変だからな。音に遮蔽の魔法をかけている」
「なるほど」

 魔力を使うとそんなことも可能になるのか。
 能力は思ったよりも細分化されていて、僕が思う以上に魔力は実用的なのかもしれない。

 その後も、棚に並ぶ商品を見ながら、リディアンからレクチャーを受ける。
 通貨とその相場。課税の割合と対象商品。
 僕がまだ知り得ていなかった事柄まで、リディアンは教えてくれた。

 やっぱり、博識だ。
 王子だからというだけじゃない。
 リディアンの日々の努力の賜物だろう。

 丁寧な説明に耳を傾け、脳内にメモを取り続ける。
 店の中を歩きながら話を聞いていると、商品を見ている人とぶつかりそうになった。

「ごめんなさい」
「いや、こちらこそ不注意だった」

 そう応えた人は、この辺ではあまり見ない服装をしていた。

 薄青の長衣は襟が高く、金糸の刺繍が施されている。
 身体にぴったりとフィットしていて、男性の鍛え抜かれた肉体が窺えた。
 淡い色の金髪は腰に届くほどで、よく見れば耳も長い。

 隣の立つ女性も、同様に耳が長い。
 こちらは、淡い萌黄色のドレスを着ている。
 
「こんなところで王族に会うとはな。しかもサガンまで連れている」

 僕と王子を見てから、隣の女性に話しかけた。

「そうですわね。たしかに、エイノック国の第二王子です」

 女性も、僕たちを見てから答えた。

「フン、出来損ないと言われている二人だろう?」

 次いで、翠色の瞳でじろじろと見ながら言われて、僕はちょっと驚いた。
 こんなにあからさまに面と向かって言われるのも、あまりないことだ。
 敵意は感じないけれど、いい気はしない。
 一体どんな意図があって、言っているんだろうか。

「やめろやめろ。エルフなんかと関わるもんじゃない」

 すると、少し下からそんな声が聞こえてきた。
 見れば、僕の胸元ほどの背丈の人が、顔を顰めている。

「ドワーフに言われたくはない」

 男性がフンと鼻を鳴らして、ドワーフを見下ろしている。
 一触即発とはこのことだ。
 しかも発端は僕、かもしれない

 何とか割って入ろうとしていると、トントンと背中を叩かれた。
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