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第三章 本性
三種面談
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「珍しいところで会うもんだな」
「エクムントさん」
知っている顔にホッとしたけれど、後ろではまだやり合っている。
「どうせ、我々の言葉を介さないのだ。何を言ったところで構わないだろう?」
あれ? そうか。
僕にはわからないと思って、エルフの言葉で喋っていたのか。
「さあ、それはどうだかねえ」
ドワーフの1人がそう言って、振り返って僕を見る。
こういう時はどうしたらいいのだろう。
「えっと、すみません……」
「できる、のか?」
エルフと見られる男性が愕然としたように僕に聞き、頷くとまじまじと見つめてきた。
「そんな能力を有するサガンなど、これまで聞いたことがないぞ」
そして、隣にいたリディアンにも視線を向ける。
すると、リディアンは苦笑してから、僕を含めた皆に言う。
「立ち話もなんだ。場所を移動してはどうだろうか」
リディアンの提案にエルフとドワーフは顔を見合わせていたが、最終的には誘いに乗って、商会の裏手にある建物に移動した。
そこは、もともとリディアンが昼食用に確保していたところらしい。
事情を話すと、すぐに席が用意され、お酒とお茶が運ばれて来た。
「エルフと人間とドワーフの茶会か。珍しいこともあるものだ」
エルフの男性はヒューブレヒト、もう一人の女性はララノアと名乗った。
「わしも里にこもってばかりいたからなあ。人と会うのは久しい」
ドワーフの名前はオイゲン。里の長で、10年祭のために来ていたという。
「それでは、乾杯しましょうか」
盃を手にして乾杯し、僕はお茶を、他はみんなお酒を呑んだ。
「リディアン殿は、だいぶ噂とは違うらしい」
ヒューブレヒトはそう言って、僕を見た。
「サガン殿もだ。魔力はないと聞いていたんだが」
首を傾げてから、気難しそうな顔で僕を見てきた。
もしかしたら、僕が敢えて国に対して魔力を隠していたと思っていたのかもしれない。
ヒューブレヒトに魔力を見る目があるのなら、そう思われても仕方がない。
「噂に踊らされるとは、エルフも落ちぶれたもんじゃ」
オイゲンはやれやれとでも言いたげに溜息を吐く。
この会話のどこまでリディアンに通訳したらいいのか。
言葉はわかっても、通訳の心得はない。
すると、ララノアが身を乗り出した。
「大丈夫。私とヒューブレヒトは、エイノック語も話せるわ。だから、ドワーフの言葉だけ、リディアン様に伝えてくれるかしら」
「ありがとうございます。助かります」
そうして、三者面談ならぬ、三種面談が始まった。
最初の頃は、互いに気を使ってか、お酒や食べ物の話しかしなかった。でも、だんだんと酔いが回ったこともあるのか、話の内容が深くなっていく。
「エルフは緩やかに衰退していっている。魔力が弱まり、子も生まれない。ドワーフもそうだろう」
ヒューブレヒトの言葉に、オイゲンはちらりと視線だけくれた。
否定しないということは、事実なのだろうか。
「このままでは、我々は滅ぶ。だが、滅びゆく種でも、今日明日死ぬわけではない」
「エルフは死なないさ。しぶといからのう」
オイゲンはそこで言葉を切り、盃を置いた。
「滅ぶとするなら、ドワーフが先じゃて」
2人が黙り込んだ後、ララノアが言った。
「滅ぶのはまだ先。でも、このままでは心が先に死ぬわ」
──心が死ぬ。
僕はそれを聞いて、この国での2種族について考えた。
エイノックにおいて、エルフとドワーフの地位は低い。
魔力が人よりも劣るというほどじゃないし、能力がないわけでもない。
問題は他にある。
ヒューブレヒトやララノアのように、エイノックの言葉が話せるのならまだいい。
エルフの中には人間の言葉が話せない者も多く、通訳頼りなのが現状だ。
ドワーフも片言は話せるが、通訳もいないため、そもそも会話が成り立たない。
そのせいで誤解が生じて、社会に溶け込めないでいる。
中でも、光の精霊であるルミナスの地位は低く、扱いが酷過ぎる。
召喚された日の夜、僕は王都の外灯を見た。
ガラス製の筒の中で揺れる青白い炎。
ガス灯なのかと思ったけれど、ここで暮らすうちにガスを使う文明はないと知った。そして、あの外灯の正体が何であるかもわかった。
あの外灯のガラス内には、ルミナスが閉じ込められている。
奴隷として連れて来られて、ガラスの筒の中に入れられた。そして、街中を照らす灯りの役割をやらされている。
ルミナスでなければできないわけじゃない。
実際にルミナスが来る前までは、鉱石で事足りていた。
毎日交換しなければならない鉱石より安く、手っ取り早い。ただそれだけの理由だ。
「同胞の地位向上に努めたいと思うのは、不思議ではないはずだ」
リディアンは、表情を変えずに話を聞いている。
精霊を「使う」ようにしたのは、王太子であるマティアスだ。
奴隷として連れ帰ったルミナスの数が多く、処分に困って売り払ったという。
それなら、エルフの森に返すべきだった。
でも、ここからエルフの森は遠く、危険が伴う上に輸送コストが高い。
結果として、今の状況が生まれた。
「要するに、ルミナスに外灯以外の適職が生まれればいい。そういうことですよね」
僕がそう言うと、誰もが首を傾げた。
職を与えて、地位向上を目指す。
それなら、雇用を生み出すのが手っ取り早い。
「僕が考えます」
「タカト」
リディアンが止めに入ったが、僕はもう決めていた。
「2週間、お待ちいただけますか?」
「2週間……?」
エルフとドワーフは顔を見合わせた。
そして、互いに互いを推し量る。
じっと視線を注がれて、まるで腹の中を読まれ、見定められている心地がする。
沈黙を破ったのはリディアンだった。
「今度はアデラ城に来ないか? うちのケーキを食べてもらいたい」
その言葉を伝えると、オイゲンは笑う。
「ほう? ドワーフにケーキを食べさせるとな? 挑戦状として受け取ったぞ」
料理上手で文化の発展しているドワーフ族だ。
それでも、アデラ城のケーキの味には満足するはずだ、と断言できる。
オイゲンに続いて、ヒューブレヒトも笑った。
「承知した。2週間後にアデラ城を訪問すると約束する」
「ありがとうございます」
2週間後。
それまでに計画をまとめなければならない。
僕はそれまでにやるべきことを、頭の中に思い浮かべた。
「ではまた、2週間後に」
僕たちはそこで別れて、アデラ城へ帰った。
「エクムントさん」
知っている顔にホッとしたけれど、後ろではまだやり合っている。
「どうせ、我々の言葉を介さないのだ。何を言ったところで構わないだろう?」
あれ? そうか。
僕にはわからないと思って、エルフの言葉で喋っていたのか。
「さあ、それはどうだかねえ」
ドワーフの1人がそう言って、振り返って僕を見る。
こういう時はどうしたらいいのだろう。
「えっと、すみません……」
「できる、のか?」
エルフと見られる男性が愕然としたように僕に聞き、頷くとまじまじと見つめてきた。
「そんな能力を有するサガンなど、これまで聞いたことがないぞ」
そして、隣にいたリディアンにも視線を向ける。
すると、リディアンは苦笑してから、僕を含めた皆に言う。
「立ち話もなんだ。場所を移動してはどうだろうか」
リディアンの提案にエルフとドワーフは顔を見合わせていたが、最終的には誘いに乗って、商会の裏手にある建物に移動した。
そこは、もともとリディアンが昼食用に確保していたところらしい。
事情を話すと、すぐに席が用意され、お酒とお茶が運ばれて来た。
「エルフと人間とドワーフの茶会か。珍しいこともあるものだ」
エルフの男性はヒューブレヒト、もう一人の女性はララノアと名乗った。
「わしも里にこもってばかりいたからなあ。人と会うのは久しい」
ドワーフの名前はオイゲン。里の長で、10年祭のために来ていたという。
「それでは、乾杯しましょうか」
盃を手にして乾杯し、僕はお茶を、他はみんなお酒を呑んだ。
「リディアン殿は、だいぶ噂とは違うらしい」
ヒューブレヒトはそう言って、僕を見た。
「サガン殿もだ。魔力はないと聞いていたんだが」
首を傾げてから、気難しそうな顔で僕を見てきた。
もしかしたら、僕が敢えて国に対して魔力を隠していたと思っていたのかもしれない。
ヒューブレヒトに魔力を見る目があるのなら、そう思われても仕方がない。
「噂に踊らされるとは、エルフも落ちぶれたもんじゃ」
オイゲンはやれやれとでも言いたげに溜息を吐く。
この会話のどこまでリディアンに通訳したらいいのか。
言葉はわかっても、通訳の心得はない。
すると、ララノアが身を乗り出した。
「大丈夫。私とヒューブレヒトは、エイノック語も話せるわ。だから、ドワーフの言葉だけ、リディアン様に伝えてくれるかしら」
「ありがとうございます。助かります」
そうして、三者面談ならぬ、三種面談が始まった。
最初の頃は、互いに気を使ってか、お酒や食べ物の話しかしなかった。でも、だんだんと酔いが回ったこともあるのか、話の内容が深くなっていく。
「エルフは緩やかに衰退していっている。魔力が弱まり、子も生まれない。ドワーフもそうだろう」
ヒューブレヒトの言葉に、オイゲンはちらりと視線だけくれた。
否定しないということは、事実なのだろうか。
「このままでは、我々は滅ぶ。だが、滅びゆく種でも、今日明日死ぬわけではない」
「エルフは死なないさ。しぶといからのう」
オイゲンはそこで言葉を切り、盃を置いた。
「滅ぶとするなら、ドワーフが先じゃて」
2人が黙り込んだ後、ララノアが言った。
「滅ぶのはまだ先。でも、このままでは心が先に死ぬわ」
──心が死ぬ。
僕はそれを聞いて、この国での2種族について考えた。
エイノックにおいて、エルフとドワーフの地位は低い。
魔力が人よりも劣るというほどじゃないし、能力がないわけでもない。
問題は他にある。
ヒューブレヒトやララノアのように、エイノックの言葉が話せるのならまだいい。
エルフの中には人間の言葉が話せない者も多く、通訳頼りなのが現状だ。
ドワーフも片言は話せるが、通訳もいないため、そもそも会話が成り立たない。
そのせいで誤解が生じて、社会に溶け込めないでいる。
中でも、光の精霊であるルミナスの地位は低く、扱いが酷過ぎる。
召喚された日の夜、僕は王都の外灯を見た。
ガラス製の筒の中で揺れる青白い炎。
ガス灯なのかと思ったけれど、ここで暮らすうちにガスを使う文明はないと知った。そして、あの外灯の正体が何であるかもわかった。
あの外灯のガラス内には、ルミナスが閉じ込められている。
奴隷として連れて来られて、ガラスの筒の中に入れられた。そして、街中を照らす灯りの役割をやらされている。
ルミナスでなければできないわけじゃない。
実際にルミナスが来る前までは、鉱石で事足りていた。
毎日交換しなければならない鉱石より安く、手っ取り早い。ただそれだけの理由だ。
「同胞の地位向上に努めたいと思うのは、不思議ではないはずだ」
リディアンは、表情を変えずに話を聞いている。
精霊を「使う」ようにしたのは、王太子であるマティアスだ。
奴隷として連れ帰ったルミナスの数が多く、処分に困って売り払ったという。
それなら、エルフの森に返すべきだった。
でも、ここからエルフの森は遠く、危険が伴う上に輸送コストが高い。
結果として、今の状況が生まれた。
「要するに、ルミナスに外灯以外の適職が生まれればいい。そういうことですよね」
僕がそう言うと、誰もが首を傾げた。
職を与えて、地位向上を目指す。
それなら、雇用を生み出すのが手っ取り早い。
「僕が考えます」
「タカト」
リディアンが止めに入ったが、僕はもう決めていた。
「2週間、お待ちいただけますか?」
「2週間……?」
エルフとドワーフは顔を見合わせた。
そして、互いに互いを推し量る。
じっと視線を注がれて、まるで腹の中を読まれ、見定められている心地がする。
沈黙を破ったのはリディアンだった。
「今度はアデラ城に来ないか? うちのケーキを食べてもらいたい」
その言葉を伝えると、オイゲンは笑う。
「ほう? ドワーフにケーキを食べさせるとな? 挑戦状として受け取ったぞ」
料理上手で文化の発展しているドワーフ族だ。
それでも、アデラ城のケーキの味には満足するはずだ、と断言できる。
オイゲンに続いて、ヒューブレヒトも笑った。
「承知した。2週間後にアデラ城を訪問すると約束する」
「ありがとうございます」
2週間後。
それまでに計画をまとめなければならない。
僕はそれまでにやるべきことを、頭の中に思い浮かべた。
「ではまた、2週間後に」
僕たちはそこで別れて、アデラ城へ帰った。
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