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第六章 創生
一人の男として
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バルツァールの家の修繕がようやく終わり、延焼した周辺の片付けも済んだ。
庭は以前に比べれば、見る影もない状態ではあるけれど。
僕は、窓の外に向けていた目を転じて、バルツァールに向き直った。
「それを、王子に訊いたのか?」
個人講義が始まる前、質疑の時間に尋ねた僕に、バルツァールはそう訊き返してきた。
珍しく呆気に取られたような顔をして問われて、僕は即座に否定した。
「いえ、先生に歴代のサガンがどうしてきたか質問してからにしようと思って」
そんなに驚くようなことは聞いていないはずで、こっちの方がびっくりしてしまう。
僕の答えを聞くと、複雑な顔つきで深い溜息を吐いた。
「頼むからこれ以上、波風を立てないでくれ」
「波風、ですか?」
リディアンが妃を迎えた後、アデラ城から離れた方がいいのか。
今回、バルツァールに尋ねたのはその件だ。
歴代サガンが離れて暮らしていたのなら、慣例に倣った方がいいと思っただけの話で。
波風を立てるほどのことではないはずだ。
「ただでさえ、君がうちに泊まった日のことで、王子にはいい印象がないんだ。その上、君に入れ知恵をしたと疑われたら堪ったものではない。その点を、重々承知の上で行動したまえ」
僕がバルツァールの家に泊まった日。
マティアス王子とここで対決した、あの夜のことだろう。
たしかに、バルツァールには相談し、リディアンには秘密にしていたことを、未だに根に持っている節はある。そのせいで、ここ最近は必ず1日の予定を確認され、逐一報告するよう言われている。
でも、それはすべて僕の行動によるところで、バルツァールに罪はない。
もっと言えば、二人は出逢った当初から険悪だった。
理由もなく、牽制し合っているように見えたくらいだ。
ただ単に、もともとお互いに思うところがあるってだけではないんだろうか。
どうも腑に落ちなくて黙り込んでいると、バルツァールは大きな目を眇める。
「君は、王子が妃を迎えることについて、どう考えているんだ」
「どうって……」
僕は、少し想像してみた。
リディアンが王太子妃と共に、アデラ城で暮らす日々。
相手の顔はまだわからないけれど、リディアンが選ぶのだから間違いはないはずだ。
見識豊かで、リディアンを支えられるような女性と歩むことになるだろう。
「きっと、今よりも幸せになるでしょう。リディアン自身も国民も」
「──本当にそう思っていそうだな。恐ろしい奴だ」
バルツァールはじろりと僕を睨んでから続けた。
「では、質問を変えよう。王子が妃を選んだあと、君はどうするつもりだ?」
この場合、どこに住むかという話ではないだろう。
その件はさっき話したばかりだからだ。
その上で、わざわざ僕に確認してくるということは、今後の身の振り方に違いない。
だから僕は、ずっと考えてきたことを言った。
「リディアン王子のサガンとして、相応しい力を身に着けていきたいです。今のままじゃ、二人の邪魔立てをするだけになってしまう」
「邪魔立て、とは?」
バルツァールは身を乗り出して聞き返す。
大きな翠色の瞳はいつになく真剣で、少し怯みそうになったけれど。
僕は、より詳しく自分の考えを述べた。
「王子は、王太子妃と共に国の未来について考え、行動していくことになります。僕は、二人が決めた進路を邪魔することなく、追い風となる自分でありたいと思っています」
「……王子が苦慮するはずだ。同情を禁じ得ない」
僕の考えを聞くと、バルツァールはまるで降参したかのように両手を上げた。
そんなに良くない回答だったのだろうか。
まるで出来の悪い子供に呆れる教師のような顔つきだ。
「これは、私が口出しすることではないとはわかっている。だから、年長者の一意見として捉えてくれればいい」
バルツァールは、そう前置きしてから告げた。
「王が、王であると同時に夫であり父であったように、王子は王太子であると同時に一人の男だ。それを忘れてやるな」
「それは──」
当たり前のことではないんだろうか。
僕が王に対して苛立ちを覚え、反発していた理由も、国王であることを優先しているようだったからだ。
結局は僕の思い違いで、王は王であると同時に父でもあった。
僕が、リディアンに対して、その前提を認識できていないという意味なんだろうか。
より明確にしたくて質問しようとすると、バルツァールは遮った。
「ここから先は、私から言うべきことはない。君が自分で理解するんだ」
バルツァールの言葉は難解過ぎて、掴みどころがない。
それでも、自分で考えるしかないというのなら、更に突き詰めていこう。
もしかしたら、僕が当たり前のことを理解せず、忘れているという意味なのかもしれない。
「わかりました」
「だと、いいんだがな」
そして、話は終わりとばかりに、僕に出した課題について問い掛けてきた。
僕は、渡された本の内容を元に、自分の言葉で答え始める。
問題はどれも確かに難しかったけれど、さっきのように答えに窮することはない。
基礎的な問いほど、答えに詰まることはないと言うけれど、確かにその通りだ。
僕は、バルツァールの話を胸に刻んで、アデラ城へ帰った。
リディアンとの今後のことだ。どんなに忙しくても疎かにはできない。
なるべく、リディアンが王太子妃を迎える前には、しっかり結論を出しておきたい。
その日も夜更けに部屋の扉が開いた。
薄っすらと光が差し込み、また暗闇に戻る。
僕に近付く足音がした後、顔を覗き込む気配を感じる。
こんな時間に現れる人間なんて、一人しか思い当たらない。
「リディ……?」
名前を呼んでみたけれど、返事はない。
もしかしたら、違ったのだろうか。
すると、さらりと僕の前髪を梳き、額に唇が押し当てられた。
微かにアルコールと香水の匂いがする。
でも、感じられたのはそこまでだ。
僕は、睡魔に逆らえなくて、再び眠りに落ちた。
記憶にあるのはそこまでだ。
庭は以前に比べれば、見る影もない状態ではあるけれど。
僕は、窓の外に向けていた目を転じて、バルツァールに向き直った。
「それを、王子に訊いたのか?」
個人講義が始まる前、質疑の時間に尋ねた僕に、バルツァールはそう訊き返してきた。
珍しく呆気に取られたような顔をして問われて、僕は即座に否定した。
「いえ、先生に歴代のサガンがどうしてきたか質問してからにしようと思って」
そんなに驚くようなことは聞いていないはずで、こっちの方がびっくりしてしまう。
僕の答えを聞くと、複雑な顔つきで深い溜息を吐いた。
「頼むからこれ以上、波風を立てないでくれ」
「波風、ですか?」
リディアンが妃を迎えた後、アデラ城から離れた方がいいのか。
今回、バルツァールに尋ねたのはその件だ。
歴代サガンが離れて暮らしていたのなら、慣例に倣った方がいいと思っただけの話で。
波風を立てるほどのことではないはずだ。
「ただでさえ、君がうちに泊まった日のことで、王子にはいい印象がないんだ。その上、君に入れ知恵をしたと疑われたら堪ったものではない。その点を、重々承知の上で行動したまえ」
僕がバルツァールの家に泊まった日。
マティアス王子とここで対決した、あの夜のことだろう。
たしかに、バルツァールには相談し、リディアンには秘密にしていたことを、未だに根に持っている節はある。そのせいで、ここ最近は必ず1日の予定を確認され、逐一報告するよう言われている。
でも、それはすべて僕の行動によるところで、バルツァールに罪はない。
もっと言えば、二人は出逢った当初から険悪だった。
理由もなく、牽制し合っているように見えたくらいだ。
ただ単に、もともとお互いに思うところがあるってだけではないんだろうか。
どうも腑に落ちなくて黙り込んでいると、バルツァールは大きな目を眇める。
「君は、王子が妃を迎えることについて、どう考えているんだ」
「どうって……」
僕は、少し想像してみた。
リディアンが王太子妃と共に、アデラ城で暮らす日々。
相手の顔はまだわからないけれど、リディアンが選ぶのだから間違いはないはずだ。
見識豊かで、リディアンを支えられるような女性と歩むことになるだろう。
「きっと、今よりも幸せになるでしょう。リディアン自身も国民も」
「──本当にそう思っていそうだな。恐ろしい奴だ」
バルツァールはじろりと僕を睨んでから続けた。
「では、質問を変えよう。王子が妃を選んだあと、君はどうするつもりだ?」
この場合、どこに住むかという話ではないだろう。
その件はさっき話したばかりだからだ。
その上で、わざわざ僕に確認してくるということは、今後の身の振り方に違いない。
だから僕は、ずっと考えてきたことを言った。
「リディアン王子のサガンとして、相応しい力を身に着けていきたいです。今のままじゃ、二人の邪魔立てをするだけになってしまう」
「邪魔立て、とは?」
バルツァールは身を乗り出して聞き返す。
大きな翠色の瞳はいつになく真剣で、少し怯みそうになったけれど。
僕は、より詳しく自分の考えを述べた。
「王子は、王太子妃と共に国の未来について考え、行動していくことになります。僕は、二人が決めた進路を邪魔することなく、追い風となる自分でありたいと思っています」
「……王子が苦慮するはずだ。同情を禁じ得ない」
僕の考えを聞くと、バルツァールはまるで降参したかのように両手を上げた。
そんなに良くない回答だったのだろうか。
まるで出来の悪い子供に呆れる教師のような顔つきだ。
「これは、私が口出しすることではないとはわかっている。だから、年長者の一意見として捉えてくれればいい」
バルツァールは、そう前置きしてから告げた。
「王が、王であると同時に夫であり父であったように、王子は王太子であると同時に一人の男だ。それを忘れてやるな」
「それは──」
当たり前のことではないんだろうか。
僕が王に対して苛立ちを覚え、反発していた理由も、国王であることを優先しているようだったからだ。
結局は僕の思い違いで、王は王であると同時に父でもあった。
僕が、リディアンに対して、その前提を認識できていないという意味なんだろうか。
より明確にしたくて質問しようとすると、バルツァールは遮った。
「ここから先は、私から言うべきことはない。君が自分で理解するんだ」
バルツァールの言葉は難解過ぎて、掴みどころがない。
それでも、自分で考えるしかないというのなら、更に突き詰めていこう。
もしかしたら、僕が当たり前のことを理解せず、忘れているという意味なのかもしれない。
「わかりました」
「だと、いいんだがな」
そして、話は終わりとばかりに、僕に出した課題について問い掛けてきた。
僕は、渡された本の内容を元に、自分の言葉で答え始める。
問題はどれも確かに難しかったけれど、さっきのように答えに窮することはない。
基礎的な問いほど、答えに詰まることはないと言うけれど、確かにその通りだ。
僕は、バルツァールの話を胸に刻んで、アデラ城へ帰った。
リディアンとの今後のことだ。どんなに忙しくても疎かにはできない。
なるべく、リディアンが王太子妃を迎える前には、しっかり結論を出しておきたい。
その日も夜更けに部屋の扉が開いた。
薄っすらと光が差し込み、また暗闇に戻る。
僕に近付く足音がした後、顔を覗き込む気配を感じる。
こんな時間に現れる人間なんて、一人しか思い当たらない。
「リディ……?」
名前を呼んでみたけれど、返事はない。
もしかしたら、違ったのだろうか。
すると、さらりと僕の前髪を梳き、額に唇が押し当てられた。
微かにアルコールと香水の匂いがする。
でも、感じられたのはそこまでだ。
僕は、睡魔に逆らえなくて、再び眠りに落ちた。
記憶にあるのはそこまでだ。
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