【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

文字の大きさ
55 / 70
第六章 創生

一人の男として

しおりを挟む
 バルツァールの家の修繕がようやく終わり、延焼した周辺の片付けも済んだ。
 庭は以前に比べれば、見る影もない状態ではあるけれど。
 僕は、窓の外に向けていた目を転じて、バルツァールに向き直った。

「それを、王子に訊いたのか?」

 個人講義が始まる前、質疑の時間に尋ねた僕に、バルツァールはそう訊き返してきた。
 珍しく呆気に取られたような顔をして問われて、僕は即座に否定した。

「いえ、先生に歴代のサガンがどうしてきたか質問してからにしようと思って」

 そんなに驚くようなことは聞いていないはずで、こっちの方がびっくりしてしまう。
 僕の答えを聞くと、複雑な顔つきで深い溜息を吐いた。

「頼むからこれ以上、波風を立てないでくれ」
「波風、ですか?」

 リディアンが妃を迎えた後、アデラ城から離れた方がいいのか。
 今回、バルツァールに尋ねたのはその件だ。
 歴代サガンが離れて暮らしていたのなら、慣例に倣った方がいいと思っただけの話で。
 波風を立てるほどのことではないはずだ。

「ただでさえ、君がうちに泊まった日のことで、王子にはいい印象がないんだ。その上、君に入れ知恵をしたと疑われたら堪ったものではない。その点を、重々承知の上で行動したまえ」

 僕がバルツァールの家に泊まった日。
 マティアス王子とここで対決した、あの夜のことだろう。

 たしかに、バルツァールには相談し、リディアンには秘密にしていたことを、未だに根に持っている節はある。そのせいで、ここ最近は必ず1日の予定を確認され、逐一報告するよう言われている。

 でも、それはすべて僕の行動によるところで、バルツァールに罪はない。
 もっと言えば、二人は出逢った当初から険悪だった。
 理由もなく、牽制し合っているように見えたくらいだ。
 ただ単に、もともとお互いに思うところがあるってだけではないんだろうか。

 どうも腑に落ちなくて黙り込んでいると、バルツァールは大きな目を眇める。

「君は、王子が妃を迎えることについて、どう考えているんだ」
「どうって……」

 僕は、少し想像してみた。
 リディアンが王太子妃と共に、アデラ城で暮らす日々。
 相手の顔はまだわからないけれど、リディアンが選ぶのだから間違いはないはずだ。
 見識豊かで、リディアンを支えられるような女性と歩むことになるだろう。

「きっと、今よりも幸せになるでしょう。リディアン自身も国民も」
「──本当にそう思っていそうだな。恐ろしい奴だ」

 バルツァールはじろりと僕を睨んでから続けた。

「では、質問を変えよう。王子が妃を選んだあと、君はどうするつもりだ?」

 この場合、どこに住むかという話ではないだろう。
 その件はさっき話したばかりだからだ。
 その上で、わざわざ僕に確認してくるということは、今後の身の振り方に違いない。

 だから僕は、ずっと考えてきたことを言った。

「リディアン王子のサガンとして、相応しい力を身に着けていきたいです。今のままじゃ、二人の邪魔立てをするだけになってしまう」
「邪魔立て、とは?」

 バルツァールは身を乗り出して聞き返す。
 大きな翠色の瞳はいつになく真剣で、少し怯みそうになったけれど。
 僕は、より詳しく自分の考えを述べた。

「王子は、王太子妃と共に国の未来について考え、行動していくことになります。僕は、二人が決めた進路を邪魔することなく、追い風となる自分でありたいと思っています」
「……王子が苦慮するはずだ。同情を禁じ得ない」

 僕の考えを聞くと、バルツァールはまるで降参したかのように両手を上げた。
 そんなに良くない回答だったのだろうか。
 まるで出来の悪い子供に呆れる教師のような顔つきだ。

「これは、私が口出しすることではないとはわかっている。だから、年長者の一意見として捉えてくれればいい」

 バルツァールは、そう前置きしてから告げた。

「王が、王であると同時に夫であり父であったように、王子は王太子であると同時に一人の男だ。それを忘れてやるな」
「それは──」

 当たり前のことではないんだろうか。
 僕が王に対して苛立ちを覚え、反発していた理由も、国王であることを優先しているようだったからだ。
 結局は僕の思い違いで、王は王であると同時に父でもあった。

 僕が、リディアンに対して、その前提を認識できていないという意味なんだろうか。
 より明確にしたくて質問しようとすると、バルツァールは遮った。

「ここから先は、私から言うべきことはない。君が自分で理解するんだ」

 バルツァールの言葉は難解過ぎて、掴みどころがない。
 それでも、自分で考えるしかないというのなら、更に突き詰めていこう。
 もしかしたら、僕が当たり前のことを理解せず、忘れているという意味なのかもしれない。

「わかりました」
「だと、いいんだがな」

 そして、話は終わりとばかりに、僕に出した課題について問い掛けてきた。
 僕は、渡された本の内容を元に、自分の言葉で答え始める。

 問題はどれも確かに難しかったけれど、さっきのように答えに窮することはない。
 基礎的な問いほど、答えに詰まることはないと言うけれど、確かにその通りだ。

 僕は、バルツァールの話を胸に刻んで、アデラ城へ帰った。
 リディアンとの今後のことだ。どんなに忙しくても疎かにはできない。
 なるべく、リディアンが王太子妃を迎える前には、しっかり結論を出しておきたい。
 
 その日も夜更けに部屋の扉が開いた。
 薄っすらと光が差し込み、また暗闇に戻る。
 僕に近付く足音がした後、顔を覗き込む気配を感じる。
 こんな時間に現れる人間なんて、一人しか思い当たらない。

「リディ……?」

 名前を呼んでみたけれど、返事はない。
 もしかしたら、違ったのだろうか。
 すると、さらりと僕の前髪を梳き、額に唇が押し当てられた。
 微かにアルコールと香水の匂いがする。
 でも、感じられたのはそこまでだ。
 僕は、睡魔に逆らえなくて、再び眠りに落ちた。
 記憶にあるのはそこまでだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?

雪 いつき
BL
 仕事帰りにマンホールに落ちた森川 碧葉(もりかわ あおば)は、気付けばヌメヌメの触手生物に宙吊りにされていた。 「ちょっとそこのお兄さん! 助けて!」  通りすがりの銀髪美青年に助けを求めたことから、回らなくてもいい運命の歯車が回り始めてしまう。  異世界からきた聖女……ではなく聖者として、神聖力を目覚めさせるためにドラゴン討伐へと向かうことに。王様は胡散臭い。討伐仲間の騎士様たちはいい奴。そして触手生物には、愛されすぎて喘がされる日々。  どうしてこんなに触手生物に愛されるのか。ピィピィ鳴いて懐く触手が、ちょっと可愛い……?  更には国家的に深刻な問題まで起こってしまって……。異世界に来たなら悠々自適に過ごしたかったのに!  異色の触手と氷の(天然)騎士様に溺愛されすぎる生活が、今、始まる――― ※昔書いていたものを加筆修正して、小説家になろうサイト様にも上げているお話です。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。 ◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。 ◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。

処理中です...