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第一章 召喚
ミーアの儀の夜
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この地上から見える一番大きな星が、今日も夜空に輝いている。
青白く光るその星の名を、ミーアという。
星に住む女神の名前がミーアと言い、それがそのまま星の名前になっている。
女神ミーアは、地上の憂いを払い、穢れを浄化すると言われている。
人間たちの醜い心や汚れた身体を、女神は光で癒すそうだ。
ミーアの光は2種類ある。白金と蒼白。
そのどちらの光が地上を照らしているかで女神の機嫌がわかるそうだけれど、そんな物はただの迷信で人の目の錯覚だ。年老いた神官くらいしか信じてはいない。
ただ、あの男が召喚された時の色合いは、確かにミーアのそれと同じだった。
白金に輝いた魔法陣。男の纏っていた蒼白いオーラ。
ミーアを見るだけで、レイのことを思い出してしまう。
本当に、忌々しいヤツだ。
僕はこれまで、心を乱すなと教わってきた。
何があっても涙を浮かべず、激昂することもせず、民の前では表情を変えるなと。
それなのに、あいつが来てからというもの、思い出すだけで表情が歪んでしまう。
──「お前。エスティン、と言ったか?」
──「そいつを捧げてもらおうじゃないか」
皮肉気に笑う男の顔。
こちらの弱みに付け込み、絶対に断られないとわかっているからこその物言いだった。
「エスティン様。落ち着かれませ」
教育係のサイデンに注意されて、僕は心を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。
僕の心の乱れは、そのオーラにも現れてしまう。
少しでも魔法の心得がある者なら、感情が顔に出なくてもオーラで一目瞭然だ。
儀礼の心得をサイデンから聞きながら、少しずつ気を鎮めていく。
とにかく、今夜は父王に言われた通りにミーアの儀に参列する。
今は、無事にその役目を終わらせることだけに集中するしかない。
僕は、上の空になりかけながらも、何とか今日の務めを終わらせた。
夜も更け、ミーアの星が正中、僕たちは神殿の方へと馬車で向かった。
儀式の場所は、白亜の建物の裏手にある聖場だ。
神殿の前で馬車を降り、そこからは徒歩で聖場へと進む。
石畳の大きな広場には、ミーアの像と捧げられた乙女たちの像が並んでいる。
かつては、ミーアの儀で実際に乙女を捧げる儀式があったようだ。捧げると言っても殺すのではなく、生涯神に仕えて生きるよう、神殿の地下に幽閉するという誓約をさせる儀だ。いわば、地下への幽閉を承諾させるわけで、実質的には社会的死であり、殺したようなものだろうと僕は思っている。
風が吹き、雲でミーアが翳った頃合いで、音楽が聞こえ始めた。
中央の台座の左奥で、奏者たちが弦を鳴らし、笛を吹いている。
神に捧げるその音楽は、聞いている者を厳かな気持ちにさせる。
現に今、乱れていた参列者の心が鎮まり、オーラが安定してきている。
やがて、右手前から神官たちが現れた。
神官長を先頭に歩き、その後ろを数人の男とが続き、中ほどに長い箱を携えた男たちが歩く。恐らくあの箱に剣が納まっている。勇者にしか抜けないと言われる、ミーアの剣だ。
静々と行列は進み、やがて広場の中央にある台座に到達する。
ドミートスが指示を出すと、箱はその台の上に置かれた。
ドンとドミートスが杖を打ち鳴らした途端に音楽が止み、辺りは静寂に包まれた。
先程まで吹いていた風すらも止み、梢の音も虫の音も聞こえなくなる。
そんな中、シャンシャンと鈴の音が聞こえてきた。
錫杖を振る神官の後ろを一人の男が歩いてくる。
漆黒の髪、淡いクリーム色の肌。
先日の変わった服装とはまた違う、この国の古えからある正式な衣装を身に着けている。
白い布地には白金の刺繍が施されていて、掲げられたトーチの光にきらきらと輝く。
長い衣を翻して歩く度に、頭と腕につけられた金の装飾が揺れている。
冠の真ん中には紫色の石が嵌められている。
王冠は緑の石であり、これはミーアの儀のためだけの冠だ。
男の表情は、先日とはまるで違っていた。
あんなに生意気そうで不遜な態度だったというのに、今は大人しい。
まるで牙を抜かれた獣のようだ。
それほどに禊ぎの儀は身に染みたのだろうか。
僕はその横顔を見ながら、違和感を覚えていた。
静かな足さばきで歩き、台の前まで行くと男は一礼した。
神官も一礼したのちに、ローブの袖を後ろに払い、箱の中に手を差し入れた。
取り出した剣は、白金の鞘に納められていた。
柄には冠と同じ紫色の石。
10年前、僕が7つの時にも見たはずなのに、僕は目を見開いて息を呑んだ。
聖剣というのは、嘘ではなかった。
見た目の美しさもだけれど、剣から立ち昇る魔力が尋常じゃない。
鞘に収まっていても尚、刀身の秘めた魔力が窺える。
畏敬の念に身体が強張り、指先が震えた。
僕は指先を内に握り込んで、なんとか身体の震えを治める。
神官の祈りが捧げられ、次いで剣を男に差し出した。
レイは、その剣を両手で受け取る。
その時だ。
レイの上に白金の光が差し込んだ。
雲間からミーアが覗いただけだと思いたかったが、時が時だ。
周囲からも感嘆のため息が漏れた。
レイは、剣を手に僕たちの方を振り返り、夜空に輝くミーアに向けて捧げ持つ。
そして、柄に手をやると、ゆっくりと剣を引き抜いた。
鞘から引き抜かれた白刃。蒼く輝く刀身にざわりと鳥肌が立つ。
そんなはずがない。
この男に、聖剣が抜けるわけがない。
そんな邪念は吹き飛んだ。
輝く剣よりも、僕は剣を引き抜いたレイに見惚れていた。
薄いクリーム色に見えていた肌は、内側から光を放っているように見える。
美しい、ミーアの光と同じ色。
剣を見つめる黒い瞳が、光を反射して濡れて輝いている。
召喚の時にも見えた、青い焔が全身から立ち昇る。
もう、否定のしようがない。
レイは、この国の勇者に違いない。
闇を払う、光となる存在。
抜き放った剣をミーアに向けて突き上げた瞬間、歓声が上がった。
途端に、僕は我に返り、顔を顰めた。
空気に呑まれていた自分が、恥ずかしくなる。
持て囃される男を睨みつけ、唇を噛み締める。
すると、不意にレイは僕の方に視線を向けた。
こんな遠くにいるのに、黒い瞳がこちらを射ているのがはっきりわかる。
儀式の最中に、なぜ僕を見ているのか。
腹立たしくて余計に顔を顰め、目を逸らさずにいると、顎先を上げて鼻で笑ってきた。
何だ、あの態度は。
あれが勇者のすることか?
レイは再び鞘に収めると、帯剣して聖場を後にした。
「何と美しい儀であったか」
「さすがは、異世界から召喚された勇者様だ」
勇者であることは認める。
けれども、さっきのは見惚れたんじゃない。
物珍しくて、目を奪われただけだ。
僕は、周りのざわめきを聞きながら、自身の胸の高鳴りに気付かないふりをした。
青白く光るその星の名を、ミーアという。
星に住む女神の名前がミーアと言い、それがそのまま星の名前になっている。
女神ミーアは、地上の憂いを払い、穢れを浄化すると言われている。
人間たちの醜い心や汚れた身体を、女神は光で癒すそうだ。
ミーアの光は2種類ある。白金と蒼白。
そのどちらの光が地上を照らしているかで女神の機嫌がわかるそうだけれど、そんな物はただの迷信で人の目の錯覚だ。年老いた神官くらいしか信じてはいない。
ただ、あの男が召喚された時の色合いは、確かにミーアのそれと同じだった。
白金に輝いた魔法陣。男の纏っていた蒼白いオーラ。
ミーアを見るだけで、レイのことを思い出してしまう。
本当に、忌々しいヤツだ。
僕はこれまで、心を乱すなと教わってきた。
何があっても涙を浮かべず、激昂することもせず、民の前では表情を変えるなと。
それなのに、あいつが来てからというもの、思い出すだけで表情が歪んでしまう。
──「お前。エスティン、と言ったか?」
──「そいつを捧げてもらおうじゃないか」
皮肉気に笑う男の顔。
こちらの弱みに付け込み、絶対に断られないとわかっているからこその物言いだった。
「エスティン様。落ち着かれませ」
教育係のサイデンに注意されて、僕は心を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。
僕の心の乱れは、そのオーラにも現れてしまう。
少しでも魔法の心得がある者なら、感情が顔に出なくてもオーラで一目瞭然だ。
儀礼の心得をサイデンから聞きながら、少しずつ気を鎮めていく。
とにかく、今夜は父王に言われた通りにミーアの儀に参列する。
今は、無事にその役目を終わらせることだけに集中するしかない。
僕は、上の空になりかけながらも、何とか今日の務めを終わらせた。
夜も更け、ミーアの星が正中、僕たちは神殿の方へと馬車で向かった。
儀式の場所は、白亜の建物の裏手にある聖場だ。
神殿の前で馬車を降り、そこからは徒歩で聖場へと進む。
石畳の大きな広場には、ミーアの像と捧げられた乙女たちの像が並んでいる。
かつては、ミーアの儀で実際に乙女を捧げる儀式があったようだ。捧げると言っても殺すのではなく、生涯神に仕えて生きるよう、神殿の地下に幽閉するという誓約をさせる儀だ。いわば、地下への幽閉を承諾させるわけで、実質的には社会的死であり、殺したようなものだろうと僕は思っている。
風が吹き、雲でミーアが翳った頃合いで、音楽が聞こえ始めた。
中央の台座の左奥で、奏者たちが弦を鳴らし、笛を吹いている。
神に捧げるその音楽は、聞いている者を厳かな気持ちにさせる。
現に今、乱れていた参列者の心が鎮まり、オーラが安定してきている。
やがて、右手前から神官たちが現れた。
神官長を先頭に歩き、その後ろを数人の男とが続き、中ほどに長い箱を携えた男たちが歩く。恐らくあの箱に剣が納まっている。勇者にしか抜けないと言われる、ミーアの剣だ。
静々と行列は進み、やがて広場の中央にある台座に到達する。
ドミートスが指示を出すと、箱はその台の上に置かれた。
ドンとドミートスが杖を打ち鳴らした途端に音楽が止み、辺りは静寂に包まれた。
先程まで吹いていた風すらも止み、梢の音も虫の音も聞こえなくなる。
そんな中、シャンシャンと鈴の音が聞こえてきた。
錫杖を振る神官の後ろを一人の男が歩いてくる。
漆黒の髪、淡いクリーム色の肌。
先日の変わった服装とはまた違う、この国の古えからある正式な衣装を身に着けている。
白い布地には白金の刺繍が施されていて、掲げられたトーチの光にきらきらと輝く。
長い衣を翻して歩く度に、頭と腕につけられた金の装飾が揺れている。
冠の真ん中には紫色の石が嵌められている。
王冠は緑の石であり、これはミーアの儀のためだけの冠だ。
男の表情は、先日とはまるで違っていた。
あんなに生意気そうで不遜な態度だったというのに、今は大人しい。
まるで牙を抜かれた獣のようだ。
それほどに禊ぎの儀は身に染みたのだろうか。
僕はその横顔を見ながら、違和感を覚えていた。
静かな足さばきで歩き、台の前まで行くと男は一礼した。
神官も一礼したのちに、ローブの袖を後ろに払い、箱の中に手を差し入れた。
取り出した剣は、白金の鞘に納められていた。
柄には冠と同じ紫色の石。
10年前、僕が7つの時にも見たはずなのに、僕は目を見開いて息を呑んだ。
聖剣というのは、嘘ではなかった。
見た目の美しさもだけれど、剣から立ち昇る魔力が尋常じゃない。
鞘に収まっていても尚、刀身の秘めた魔力が窺える。
畏敬の念に身体が強張り、指先が震えた。
僕は指先を内に握り込んで、なんとか身体の震えを治める。
神官の祈りが捧げられ、次いで剣を男に差し出した。
レイは、その剣を両手で受け取る。
その時だ。
レイの上に白金の光が差し込んだ。
雲間からミーアが覗いただけだと思いたかったが、時が時だ。
周囲からも感嘆のため息が漏れた。
レイは、剣を手に僕たちの方を振り返り、夜空に輝くミーアに向けて捧げ持つ。
そして、柄に手をやると、ゆっくりと剣を引き抜いた。
鞘から引き抜かれた白刃。蒼く輝く刀身にざわりと鳥肌が立つ。
そんなはずがない。
この男に、聖剣が抜けるわけがない。
そんな邪念は吹き飛んだ。
輝く剣よりも、僕は剣を引き抜いたレイに見惚れていた。
薄いクリーム色に見えていた肌は、内側から光を放っているように見える。
美しい、ミーアの光と同じ色。
剣を見つめる黒い瞳が、光を反射して濡れて輝いている。
召喚の時にも見えた、青い焔が全身から立ち昇る。
もう、否定のしようがない。
レイは、この国の勇者に違いない。
闇を払う、光となる存在。
抜き放った剣をミーアに向けて突き上げた瞬間、歓声が上がった。
途端に、僕は我に返り、顔を顰めた。
空気に呑まれていた自分が、恥ずかしくなる。
持て囃される男を睨みつけ、唇を噛み締める。
すると、不意にレイは僕の方に視線を向けた。
こんな遠くにいるのに、黒い瞳がこちらを射ているのがはっきりわかる。
儀式の最中に、なぜ僕を見ているのか。
腹立たしくて余計に顔を顰め、目を逸らさずにいると、顎先を上げて鼻で笑ってきた。
何だ、あの態度は。
あれが勇者のすることか?
レイは再び鞘に収めると、帯剣して聖場を後にした。
「何と美しい儀であったか」
「さすがは、異世界から召喚された勇者様だ」
勇者であることは認める。
けれども、さっきのは見惚れたんじゃない。
物珍しくて、目を奪われただけだ。
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