【完結】役立たずな第三王子の僕は、大嫌いな勇者に迫られています…ってどうして?

佑々木(うさぎ)

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第一章 召喚

城の中庭

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 ミーアの儀の終わりに、父と兄たちに従って聖場を出て、城へと向かった。
 父と王太子である兄は同じ馬車で、僕は教育係と護衛と共に城へ戻る。

「さあ、エスティン様は、どうぞお休みください」

 成人していない僕だけが先に寝室に追いやられて、みんなでこれから祝宴だという。

 僕は別にいい。
 あんなヤツを祝う気はない。
 むしろ、一人になりたかった。

 側仕えと共に部屋に戻り、夜着に着替えて寝台に寝そべる。

「おやすみまさいませ、エスティン様」
「おやすみ」

 扉に背を向けて答え、僕は目を瞑る。
 部屋の灯りが消されて、窓から射し込む淡い光だけになる。
 いつもなら白金の光は心を和ませ、癒してくれるというのに、今日に限っては違った。

 それもこれも、レイのせいだ。
 今頃は、祝宴に出て酒を酌み交わしているのだろう。
 それすらも、想像すると腹立たしい。

 僕だって、父や兄とは話す機会があまりない。
 年が離れているのもそうだけれど、身分が違うのだ。
 子供の頃には許されていたことも、今では叶えられず、自分と父たちの間には見えない壁がある。

 もう子供ではない。
 それでいて、大人扱いもされない。
 
 いろいろな気持ちがい交ぜになり、眠れそうにない。
 僕は寝台に起き上がり、窓の外を見た。
 今なら、見つからないかもしれない。

 こういう時は、中庭に行くに限る。
 寝室の窓から抜け出して行ける、唯一の場所だ。
 庭が外に面していないということもあり、見張りが少ないのだ。

 僕は、バルコニーの扉を開けた。
 この段で音を聞きつけて側仕えが来ることも考えられたが、こちらに向かってくる足音はない。
 僕はバルコニーから外に出て、周囲を窺った。
 窓の下に衛兵はおらず、辺りにも人影はない。

 僕は、先に靴を落とし、柱を伝って下に降りる。
 そして、靴を履いてから立ち上がった。
 前に裸足で外を歩いたせいで、足の汚れからバレたことがあった。
 寝室に置いてある靴の時も、靴底に付着した土汚れで判明してしまった。
 その度にサイデンにこっぴどく叱られた。

 けれども、それはほんの小さな子供の頃で、最近は知恵がついた。
 脱走して見つかったことなんて、ここ数年はない。
 今履いているのは、脱出用にこっそり忍ばせている履き古した靴だ。
 これで準備万端だ。

 僕は、そっと足音を忍ばせて、中庭に向かった。

 垣根を越えて、花のアーチを抜けると中庭が見えてくる。
 ミーアの光に照らされ、咲き誇る花々が一面に広がっているのが目に入る。
 陽の光の中で見るのとは違い、白い花は青白く風に揺れている。

 さっきの儀式を彷彿とされたが、今は忘れよう。
 どうせ、僕には関係のないことだ。

 ──「癒し手であるエスティン様が、勇者であるあなた様につけば、この国の未来は安泰でございます」

 あの時、ドミートスはそう言ったが、僕が国に関わることなんてない。
 これまでの役目と言えば、せいぜい兄の代理で視察先に顔を出すくらいのものだ。
 その僕が、勇者が来たところで、何か重要な役割を担うとは思えない。

 拗ねているわけじゃない。
 自分の立場を弁えているだけだ。

 噴水まで歩いていき、その縁に座って、僕は考えた。
 ミーアに捧げられた乙女とは違い、僕は地下に幽閉されているわけじゃない。
 でも、この国の王子として生まれてきてしまったということは、国に僕が捧げられたようなものだ。
 成人したら婚姻相手も、政情を鑑みて決められるだろう。
 もうすでに、その候補は打診されていると聞く。

 僕は、自由を求めるほど子供じゃない。
 それでも、もう少しだけ足搔いてみたいと思っている。
 僕に何ができるのか。──僕にも何かできることはないのか、と。

 そうして、物思いに耽っていると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。
 石畳の上を歩く音。衛兵のそれではないのはその歩調でわかるけれど、教育係のサイデンでもなさそうだ。
 見つからないように、僕は木陰に回って隠れた。
 足音は更に近付き、そのまま通り過ぎるかと思われた。

「おい」

 突然聞こえてきた声に、僕は目を剥いた。
 僕の隠れた木の傍に、足を止める人物がいる。
 儀式の時とは違い、もう冠はつけていないが、衣装はそのままだ。
 なぜこいつが、ここにいるんだ?

「お前を探しに来た」
「……私を?」

 咄嗟に人前で使う人称に改めて問うと、レイは口端を上げる。

「お前だよ、エスティン」
「なぜ、勇者であるあなた様が私をお探しに?」

 すると、身を屈めて僕と目線を合わせた。

「さっきはあんなに睨みつけて来たくせに、殊勝な態度なんだな」

 やっぱり儀式で見られていたのかと内心慌てたが、顔には出さずに小首を傾げた。
 思い当たる節なんてないと態度で示すと、レイは目を眇める。

「まあ、いい。──行くぞ」
「行く、とは?」

 何を言い出したのかと問い掛けると、レイは唇を歪める。

「察しの悪いヤツだな。お前は俺に捧げられたんだ。ということは、俺のものだろう。好きにしていいはずだ」

 そう言って、僕の二の腕を掴んできた。
 硬質で長い指先、熱い手のひら、手前に引いた強い腕の力。

 すかさず僕は、その腕を払った。
 そして、胸元に差していた短剣を鞘から抜く。

 レイは一瞬目を瞠り、次いで「何のつもりだ」と笑う。
 僕が目を逸らさずにいると、ようやく本気だとわかったようだ。
 黒い瞳で僕を見据え、視線で問いかけてくる。
 僕は剣を引かずに、なるべく抑えた口調で告げた。

「許可なく王族に触れる者は、死罪です。この場で殺されても、異存はないでしょう?」
「勇者の俺を、王族のお前が殺すと? へえ、やってみろよ」

 僕の言葉に、挑戦的な視線を投げつけ、更に顔を寄せた。
 間近で見れば見るほどに、レイの瞳は輝きを増す。まるで、命のやり取りを楽しんでいるかのようだ。
 切っ先があと少しで届くというほどにレイが顔を寄せたところで、衛兵の声がした。
 
「何者だ!」
「──隠れろ」

 驚く僕に、レイは言う。

「どうせ、部屋から抜け出してきたんだろ? 戻らないと叱られるんじゃないのか?」

 叱られると言われて、その台詞は気に食わなかった。
 子供扱いされていると、はっきりわかったからだ。
 それでも、レイが正しい。
 自分がここにいる現状を衛兵に知られれば、元も子もない。

 慌てて短剣をしまい、物陰に隠れてやり過ごそうとした。
 その間に、レイは衛兵の方へ歩いて行く。

「悪い、道に迷った」
「これは、勇者様……っ。御無礼を」

 レイは、衛兵を従えて中庭を出て行った。
 その際に一瞬だけこっちを見て、肩を揺らしたのを僕は見逃さなかった。
 今すぐ走り寄ってなじってやりたいが、今は潜むしかない。

 僕は、レイが消えていくまでその背中を睨みつけた。
 そして、人の気配がなくなったところで、来た時とは逆を辿り、大人しく自分の寝室に戻った。
 その夜は気が昂っていたこともあってなかなか寝付けず、僕は思いつく限りの悪態を頭の中のレイに向かってぶつけた。
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