【完結】役立たずな第三王子の僕は、大嫌いな勇者に迫られています…ってどうして?

佑々木(うさぎ)

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第一章 召喚

どちらが上か

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 じっとその手を窺っていると、反対の手でくしゃりと頭を掻く。

「ここでは、握手の習慣はないか」

 ということは、レイのいた世界でも、友好の証に握手する風習があるということか。
 この国にはないと言ってしまうこともできたが、僕はやめた。

 ここまでされて、無下にはできない。
 僕はそこで手を差し出して、レイの手を握った。

 レイは頭を掻いていた手を止め、虚を衝かれたかのように目を瞠った。
 僕はレイの目から、握り合っている手へと視線を落とした。

 途端に少し硬質な指先が、僕の手を握り返してきた。
 前も思ったけれど、僕より体温が高い。
 筋肉が発達すると常人より体温が上昇するものだと、教わったことがある。
 勇者というだけあって、見た目よりも筋肉が付いているのかもしれない。
 手を握り合っていると、その手に左手を重ねてきた。
 手の甲を撫でられて、僕は戸惑いを覚える。

「小さい手だな。手のひらが薄いし、指も細い。白くて滑らかだ。王子ともなると俺たちとは手まで違うってことか」
「……もういいでしょう。離してください」

 僕の言葉が聞こえているはずなのに、レイは手を離そうとしない。
 にぎにぎと動かしては、もう一方の手で僕の手の甲を撫でてくる。
 まるで肌の質感を探るような手つきに、段々と落ち着かない気持ちになった。

「……勇者、様」
「レイでいい」
「そういうわけには、まいりません」

 僕が固辞すると、レイはくすりと笑う。

「勇者の俺と王子のお前の、どちらの立場が上なのかは知らない。それに、歳も俺の方が上なんだろうが、名前くらい呼んでくれてもいいだろう?」

 レイの方が上?
 たしかに、僕より背は高いけれど、そんなに違わないのではないだろうか。
 見た目も話し方も。オーラだって。

「勇者様は、おいくつなんですか?」
「18だ」

 思ったよりも年は離れていないかった。
 僕は、その漆黒の瞳を見返しながら言った。

「私は今年で17です。1つ違いです」
「17? お前が?」

 そんなに驚くこともないだろう。
 どこまで年下だと思っていたのか。

「てっきり、13か14くらいかと」
「……は?」

 それではあまりにも年下に見積もり過ぎだ。
 レイより背は低くて、身体も貧弱かもしれないが、それにしたって酷い。
 
 僕は、無理矢理握手を解いて手を引き、レイに向かって一礼した。
 言葉ではなくて態度で、お前とはもうここで話すことはないと伝えたつもりだった。

「待てよ。エスティン。気を悪くしたのなら謝るから」

 そう言いながら、レイは僕の隣に並ぶ。
 前のように、腕を引くことはやめたようだ。
 王族に許可なく触れてはならないという掟を、守ろうとしているのだろう。

「頼む。止まってくれ」

 どうしてこんなにしつこく、僕に構うのか。
 僕は一度足を止めて、レイに向き合った。

「まだ私に何か御用でも?」
「爺さんも言ってただろ。仲良くしろって」

 爺さん?
 仲良くしろ?

 全く心当たりがなくて、僕はレイの目を見つめたまま考え込んだ。
 レイと僕が一緒にいたのは、召喚の儀とミーアの儀、そしてこの間の中庭だけだ。
 そのうち、僕とレイに話してきた相手は──。

「まさか、ドミートス様のことですか」
「そうそう、その爺さん」
「不敬です」

 神官長を爺さん呼ばわりするなんて、あまりにも礼儀知らずだ。
 あの時、父を始めとした皆が跪いたことで、こいつは勘違いしているのかもしれない。

 けれども、僕はそこで思い至った。
 片や、未だかつて現れなかった異世界から来た勇者。
 片や、この国の世継ぎではない、第三王子の僕。
 ここで諭してしまえば、僕の方が身分が下で不敬ということになるか。

 思わず溜息が漏れそうになったが、ぐっと堪える。
 それより今は、「仲良くしろ」という発言の方が問題だ。

「ドミートス様の、どういった発言のことでございましょう」
「お前が癒し手で俺と一緒にいると百人力、みたいな話だ」

 そう言われて僕は思い出した。

 ──「癒し手であるエスティン様が勇者であるあなた様につけば、この国の未来は安泰でございます」

 あれを仲良くしろと曲解したわけか。
 今度こそ僕は、溜息を漏らしてしまう。

「あれは要するに、お前と力を合わせろってことだろう?」
「それは、そうですが」

 そう取れることは間違いない。
 できれば否定したいところだけれど。
 すると、レイは眉を上げた。

「力を合わせるには、仲良くなって互いを知るのが一番手っ取り早い。違うか?」

 だんだんと言いくるめられているような気がしてきた。
 力を合わせるには、互いを知るのがいいことは理解できる。
 ただ、この男の話はどこかおかしい。

「互いを知るのであれば、勇者様の剣技や魔力といった、実力をお示しいただくことが一番かと」

 お互いの内面を知る必要なんてない。
 実際、こんな話をすること自体が時間の無駄だ。
 不毛とさえ言える。
 僕の真意が伝わったのか、今度はレイが溜息を吐く。

「お前さ、一応この国の王子なんだろう?」

 一応、とはどういう意味だ。
 含むところがあるの明らかで、僕は首肯せずに見つめるだけにする。
 続きを視線で促すと、レイは言った。

「なら、もう少し感情を抑えた方がいいんじゃないのか?」
「……っ余計なお世話です」

 散々サイデンに言われてきていることを指摘されて、僕は憤慨した。

「ほら、そういうところだ」

 僕は言いかけた罵倒を何とか吞み込み、敢えて最上級の微笑みを浮かべた。

「御用がお済みでしたら、私はこれで」

 まだ食い下がってくるかと思いきや、なぜかレイは固まっている。
 微かに唇を開き、声も出ないという顔つきだ。

 僕は、これ幸いと一礼し、今度こそレイを置いて部屋に戻る。

「……何だ、あいつは。頭がおかしいんじゃないのか」

 僕は、湯浴みの用意がされる間、さっきの会話を反芻した。
 あの話しっぷりだと、また顔を合わせれば、しつこく言ってきそうだ。
 なるべく鉢合わせにならないよう、注意しなければならない。
 あいつと面倒なことになるのは、御免だ。

「エスティン様。御準備が出来ました。どうぞこちらへ」

 僕は、続き部屋にある風呂場で服を脱ぎかける。

 ──「今の服装もいい。王子らしい」

 どういう意味で言ったのかは知らないが、妙に引っ掛かりを覚える。
 僕は、側仕えにタイを解いてもらいながら、レイの言葉を思い出して我知らず眉を顰めた。
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