【完結】役立たずな第三王子の僕は、大嫌いな勇者に迫られています…ってどうして?

佑々木(うさぎ)

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第二章 癒し手

エレギラの遺跡

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 魔の森周辺の魔物討伐の勅命が下ったのは、レイが召喚されてからちょうどひと月が経った日だ。魔物の住処となっている場所は、見当が付いているらしい。

 エレギラの遺跡。
 かつてミーアの神殿があったその場所に、ダンジョンが出現したというのだ。
 討伐部隊は、現状把握のために何度か魔の森のダンジョンへ下見に行ったようだが、それだけでも冒険者たちは深手を負っていた。ギルドを通して、その都度人員は確保できていたようだけれど、これでダンジョンの最深部に向かうとなったら、どれほどの犠牲が出るか。
 討伐部隊が頭を悩ませ、手をこまねいているうちに、勅命が下った。

 新たにできたダンジョンであるため、完全に未知の領域だ。下見の段階でも、中の道は迷宮のように入り組んでいて、最下層に降りていくのは至難の業だと判断されていた。少しでも道を違えれば帰還は難しい。経験豊富な冒険者であっても怯むほどで、なかなか手が出せないでいたようだ。

 国側で選別した討伐部隊は、わずか50人。
 一度にダンジョンに入るパーティーメンバーは、10人で構成するという話だ。
 その中で、毎回参加を決めているのが勇者であるレイ、冒険者リーダーのハロルド、そして、順路の道案内人兼参謀としてフィランという魔導士が随行する。
 ハロルドは、まだ28と若いながらも名高い冒険者だ。
 この国に流れ着く前に、竜の討伐もしたことがあるという。

 討伐の出立前の作戦会議に出席するよう、僕にも打診があった。
 提案したのは、神官長であるドミートスらしい。

「エスティン様もご同行いただけるとは心強い」

 会議の場でフィランに言われて、僕は戸惑いを覚えた。
 たしかに癒し手としての能力はあるが、他に力はない。
 ダンジョンに行ったところで、どこまで力になれるかわからない。
 そんな心の迷いを読まれたのか、中央の席に座るレイは言う。

「エスティンは、足手まといになる。連れて行きたくはない」

 はっきりと言われて、僕はついレイを睨みつけてしまう。
 失笑とでも言うべき気配が、会議の場に広がった。
 レイだけではなく、冒険者集団の中にも同意見の人間はいるらしい。

 僕は別に、当初はどちらでも良かった。
 むしろ、自分の勉学を優先させたいほどだった。
 でも、レイの態度や笑う冒険者に腹に据えかねた。
 僕は会議の場で、ハロルドを真正面から捉えて告げた。

「ドミートス様のお言葉に従います」

 僕を選定したのは、誰でもなく神官長だ。
 ここで同行を拒否するということは、ドミートスに逆らうことになる。
 できるものならやってみろと思っていると、誰もが口を噤んだ。
 僕はその様子を内心鼻で嗤い、表面上は涼しい顔で最後まで会議に出た。

 その後も何度か作戦を確認し、決行日に城から少し離れた広場に結集した。

「我らの肩には、この国の未来が掛かっている。名を上げるこの好機に、よもや尻込みする輩はいないだろうなあ。魔物を屠るぞ!」
「おお!」
「やってやる!」

 ハロルドの言葉に、野太い声が応じる。
 次に勇者であるレイが登壇すると、さらに周囲は沸き立った。
 どうやら荒くれ共に、レイは受け入れられているらしい。

「ハロルドが言った通りだ。我らはこの国の守護者だ。全力で行く」
「勇者様!」
「期待しているぜ!」

 口々に雄叫びを上げる集団を、僕は離れた場所から見つめた。
 王族の年に二度ある平民との一般参賀とは、様相がまるで違う。
 僕は内心呆れながら覗い、彼らと共に魔物討伐に向けて出立した。

 王都を出て、田舎道を進み、魔の森の中に入ったのは陽光が翳った頃だ。
 ダンジョンに到着した頃には、日が暮れていた。
 魔物討伐には日中がいいとされているが、ダンジョンに入るのは夜がいいらしい。
 隠れている魔物を一掃するためだと聞くが、夜は闇の魔力が活性化するため、討伐の危険性は高まる。
 どちらを取るか会議を重ねた末に、夜のダンジョンに入ることに決めたようだ。

 エレギラ遺跡は、ミーアに照らされてその姿をくっきりと浮かび上がらせている。
 外壁には蔦が這い、ところどころ崩れている様は、まるで廃墟だ。
 扉は開け放たれていて、禍々しい気配と生臭い瘴気が中から溢れ、周囲に漂っていた。

 こんな場所に入って行くつもりなのか。
 僕は我知らず顔を顰め、討伐隊の中にいるレイの顔を見た。
 この状況をわかっているのか、レイは飄々としている。
 魔力のないレイには感じ取れていないのか。
 それとも何度となく行われた下見で、既に慣れてしまっているか。
 いずれにせよ、まったく動揺しない姿は、ある種異様だった。

「ここに拠点を置く。エスティン様を始めとした治療師はここで待機を。神官様方もどうぞお寛ぎください」

 参謀役のフィランが、穏やかな笑みで言う。
 口調が丁寧で、まるで貴族のサロンに招かれているかのようだ。
 あまりに似つかわしくなくて、却って落ち着かない。

 まずは7人の討伐隊が入り口付近に集まった。
 それぞれが身体を解し、装備を確認している。
 僕はふと、レイを見た。

 前見た時のように穢れは感じられないが、手に気脈の滞りが見える。
 緊張しているせいなのか、前日寝不足だったのか。とにかく万全な体調とは言えない。
 僕は少し考えた後に、レイの方へと近付いた。

「レイ様、お手を」

 レイは、手にしていた剣を鞘に戻し、言われたまま僕に手を差し出した。
 僕はその利き手である右手を取り、口元に運ぶ。
 そして、なめし皮の手袋の上から、手のひらに唇を押し当てた。
 気脈を整え、最後に神の加護の祈りを捧げる。

「これで少しは剣が軽くなるはずです。ご武運を」

 レイに手を返して言うと、なぜか困ったように眉根を寄せている。

「……お前、よくそんなことができるな」

 そんなこと?
 癒し手の仕事をそんなこと呼ばわりするとは、一体どんな了見だ。
 だが、ここで言い争うわけにもいかず、僕は何も言わずにその場を下がる。
 見れば、ハロルドやフィランさえも、なぜか驚いたように視線を交わしている。
 僕は奇妙な気がしたが、何も聞かずに場を譲った。

 討伐部隊は、王都の広場とは違い、雄叫びを上げることもなく静かに中に入って行った。

「エスティン殿下、どうぞこちらへ」

 僕は拠点となる天幕の中に招かれて、簡易椅子を勧められた。
 ローブを払って腰掛けると、カップに注いだティーを手渡される。
 ダンジョンの前で悠長なと思ったが、夜になって冷えてきたため、受け取って少しずつ飲んだ。

「殿下には勇者様専属の癒し手となっていただきたく」
「それは、構いませんが」

 レイに集中できるのは、いいことではある。
 だが、他の冒険者が傷を負った際には、僕も力を貸すつもりでいた。

「魔力を温存くださいませ」

 僕と同じ癒し手である冒険者は、そう言って頭を下げる。
 その物言いに、僕は内心首を傾げていた。

 癒しにそれほど魔力は要らない。
 温存も何も、傷を治す程度で消費されるのは微々たるものだ。
 むしろ、治療には同調が要となるため、初対面が相手となると難易度が高いということが問題だ。
 何度か治療したことのあるレイ相手なら、その心配もなさそうだ。
 僕は椅子に座ったまま、彼らの無事の帰還を祈った。
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