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第二章 癒し手
治療とキス
それから、待つこと5時間。
冒険者たちは小声でひそひそと話していたが、僕は黙って祈りを捧げていた。
やがて白々と夜が明けてきて、ミーアが見えなくなった頃、ダンジョンの中から人が出てきた。
一人では立っていられないのか、肩を借りて歩いて来る者がいる。
かなりの重症に思えたが、その後に続く者たちははしっかりと自分の足で歩いている。
着ている服はボロボロになっているが、それほど深手を負ってはいないようだ。
けれど、レイの姿が見えてきて、その穢れに息を呑んだ。
一体どれだけの魔物を討伐したのか、一人だけ纏わる穢れが違い、ところどころ肌が引きつっているのが見て取れた。
ゆったりとした足取りで天幕の中に入ってきて、手渡された水を飲んでいる。
余程喉が渇いていたのか、1杯目を呷るとすぐにカップを差し出して、もう一杯頼んだ。
唖然としてその様子を見守っていると、僕の視線に気が付いたようだ。
僕を目にすると、口端を上げて笑う。
その際に痛みを感じたのか、片目を眇めた。
僕は席を立ち、レイの傍へと近付いた。
「魔物の体液を、浴びたのですか?」
そうでなければ、髪にまで穢れが及ぶとは思えない。
「すごいな。エスティンは、千里眼の持ち主か?」
千里眼が何かは知らないが、揶揄されている気がした。
そんな場合かと、暢気なレイが腹立たしい。
僕は、さっきまで自分が座っていた席を指し示す。
「そちらにお座りください。立ったままでは治療しにくいので」
治療と言葉にすると、レイは一つ息を吐いた。
そして、天を振り仰いでから、椅子に腰かける。
まるで、不本意だとでも言いたげな態度に、僕は憤りを覚えていた。
不本意なのは、こちらも同じだ。
せめて、体液を浴びてすぐに浄化してもらえばいいものを。
何のために魔導士が同行しているのか。
まさか、魔物の体液が人体にとって毒になるという、基礎的なことさえ誰も知らないというのだろうか。
「酷い顔ですね」
髪だけではなく、顔もどす黒くなっている。
僕が指摘すると、喉の奥で低く笑う。
「お前の言葉の方が酷い」
僕はその言葉には取り合わず、すぐに治療に当たった。
レイの頬を両手で包み、気脈の切れ目を探す。
指先で肌を撫で、慎重に穢れの根源を見つける。
ある一点に触れると、レイの肩が揺れた。
痛みを感じるのだろう。それもそのはずだ。
肌の奥深くに穢れの根が見える。
これでは、指からの魔力では取り除けないだろう。
僕は指で狙いを定め、右頬にある根源に口付けた。
じわりと魔力が浸透し、穢れを滅する。
一度顔を上げて顔全体を眺め、目元にも唇を押し当てる。
本当は眼球を舐めるのも効果的だが、今はそこまでする必要はなさそうだ。
顔を離し、元の位置に座り直してから僕は尋ねた。
「お加減は?」
間近から目を覗き込むと、レイの顔が赤く染まっている。
穢れを治療すると、稀に気脈を刺激し過ぎて、副反応で熱が上がることがある。
魔物の穢れで身体機能が落ち、体温が下がることがある。
そのため、冷え切った身体を温めようという生理現象が起こるのだが、ここまで赤いとなると余程高い熱なのか。
「発熱しているかもしれません。体温を──」
額に手をやって確かめようとすると、レイは僕の手から逃れるように身を引いた。
そして、気分を害した時のように、険しい目付きで僕を見る。
「天然か?」
天然?
人工的であることの対義語か。
養殖のほうではないはずだ。
それとも、守護されて育った僕に対しての何らかの当て擦りなのか。
意味がわからずに、黒い双眸を見つめ返していると、クスクスと周囲で笑う声がした。
僕にはわからなくとも、周りは「天然」の意味がわかるらしい。
何か気恥しい思いをしたが、揶揄される謂われはない。
無言のままでいると、レイが口を開く。
「逆に聞くが、俺がお前の頬にキスしたらどう思う?」
どう、とは。
何を問われているのか真意が見えない。
「何のためにするのですか。勇者様には癒しの力はないでしょう?」
もし、癒すためだとしたら、どうということもない。
僕の答えが気に食わないのか、レイは盛大な溜息を吐いた。
「この世界には……親愛の情をキスで示す風習はないのか」
先程の行為はキスではない。
そう言いたいところだけれど、レイが聞きたいのは別のことだろう。
僕は、レイの問いに答えた。
「幼い子供なら、髪にキスすることはありますが」
大人になったら、そんなことはしない。
最後に髪にキスをされたのは、5年以上前のことだ。
すると、レイは僕の方へと身を寄せて、前髪を一房取るとそれに口付ける。
そして、そのままの姿勢で視線だけ僕に合わせてきた。
「どんな気分だ?」
「どんな、とは」
子供にするキスを、なぜ僕にしてきたのか。
そして、何を確認されているのか。
僕が視線で先を促すと、レイは椅子に座り直す。
「もう、いい。──それより、こっちの頬にもしてくれるか?」
左頬には穢れの根源はない。
だが、もしかしたら顔全体に浴びたことで、何か不快な思いをしているのかもしれない。
僕は仕方なく、もう一度顔を近付け、左の頬にも唇を押し当てた。
すると、髪を撫でられ、後頭部手を置いて引き寄せられる。
距離が近付き、何の真似かと距離を取ろうとすると、僕をその瞳に映した。
「エスティン……」
さらりと前髪を梳かれ、もう一度キスをされる。
何か落ち着かない心地がして、もうやめてくれと言いそうになったところで、天幕を開ける音が耳に届いた。
「お楽しみのところ悪いが、そろそろ作戦指揮を願えるか?」
現れたのは、冒険者のハロルドだ。
途端にレイは小さく舌打ちして椅子から立ち上がった。
「わかった、今行く」
僕は置いておかれて、結局王都に戻るまでの間、その後はレイと話すことはなかった。
冒険者たちは小声でひそひそと話していたが、僕は黙って祈りを捧げていた。
やがて白々と夜が明けてきて、ミーアが見えなくなった頃、ダンジョンの中から人が出てきた。
一人では立っていられないのか、肩を借りて歩いて来る者がいる。
かなりの重症に思えたが、その後に続く者たちははしっかりと自分の足で歩いている。
着ている服はボロボロになっているが、それほど深手を負ってはいないようだ。
けれど、レイの姿が見えてきて、その穢れに息を呑んだ。
一体どれだけの魔物を討伐したのか、一人だけ纏わる穢れが違い、ところどころ肌が引きつっているのが見て取れた。
ゆったりとした足取りで天幕の中に入ってきて、手渡された水を飲んでいる。
余程喉が渇いていたのか、1杯目を呷るとすぐにカップを差し出して、もう一杯頼んだ。
唖然としてその様子を見守っていると、僕の視線に気が付いたようだ。
僕を目にすると、口端を上げて笑う。
その際に痛みを感じたのか、片目を眇めた。
僕は席を立ち、レイの傍へと近付いた。
「魔物の体液を、浴びたのですか?」
そうでなければ、髪にまで穢れが及ぶとは思えない。
「すごいな。エスティンは、千里眼の持ち主か?」
千里眼が何かは知らないが、揶揄されている気がした。
そんな場合かと、暢気なレイが腹立たしい。
僕は、さっきまで自分が座っていた席を指し示す。
「そちらにお座りください。立ったままでは治療しにくいので」
治療と言葉にすると、レイは一つ息を吐いた。
そして、天を振り仰いでから、椅子に腰かける。
まるで、不本意だとでも言いたげな態度に、僕は憤りを覚えていた。
不本意なのは、こちらも同じだ。
せめて、体液を浴びてすぐに浄化してもらえばいいものを。
何のために魔導士が同行しているのか。
まさか、魔物の体液が人体にとって毒になるという、基礎的なことさえ誰も知らないというのだろうか。
「酷い顔ですね」
髪だけではなく、顔もどす黒くなっている。
僕が指摘すると、喉の奥で低く笑う。
「お前の言葉の方が酷い」
僕はその言葉には取り合わず、すぐに治療に当たった。
レイの頬を両手で包み、気脈の切れ目を探す。
指先で肌を撫で、慎重に穢れの根源を見つける。
ある一点に触れると、レイの肩が揺れた。
痛みを感じるのだろう。それもそのはずだ。
肌の奥深くに穢れの根が見える。
これでは、指からの魔力では取り除けないだろう。
僕は指で狙いを定め、右頬にある根源に口付けた。
じわりと魔力が浸透し、穢れを滅する。
一度顔を上げて顔全体を眺め、目元にも唇を押し当てる。
本当は眼球を舐めるのも効果的だが、今はそこまでする必要はなさそうだ。
顔を離し、元の位置に座り直してから僕は尋ねた。
「お加減は?」
間近から目を覗き込むと、レイの顔が赤く染まっている。
穢れを治療すると、稀に気脈を刺激し過ぎて、副反応で熱が上がることがある。
魔物の穢れで身体機能が落ち、体温が下がることがある。
そのため、冷え切った身体を温めようという生理現象が起こるのだが、ここまで赤いとなると余程高い熱なのか。
「発熱しているかもしれません。体温を──」
額に手をやって確かめようとすると、レイは僕の手から逃れるように身を引いた。
そして、気分を害した時のように、険しい目付きで僕を見る。
「天然か?」
天然?
人工的であることの対義語か。
養殖のほうではないはずだ。
それとも、守護されて育った僕に対しての何らかの当て擦りなのか。
意味がわからずに、黒い双眸を見つめ返していると、クスクスと周囲で笑う声がした。
僕にはわからなくとも、周りは「天然」の意味がわかるらしい。
何か気恥しい思いをしたが、揶揄される謂われはない。
無言のままでいると、レイが口を開く。
「逆に聞くが、俺がお前の頬にキスしたらどう思う?」
どう、とは。
何を問われているのか真意が見えない。
「何のためにするのですか。勇者様には癒しの力はないでしょう?」
もし、癒すためだとしたら、どうということもない。
僕の答えが気に食わないのか、レイは盛大な溜息を吐いた。
「この世界には……親愛の情をキスで示す風習はないのか」
先程の行為はキスではない。
そう言いたいところだけれど、レイが聞きたいのは別のことだろう。
僕は、レイの問いに答えた。
「幼い子供なら、髪にキスすることはありますが」
大人になったら、そんなことはしない。
最後に髪にキスをされたのは、5年以上前のことだ。
すると、レイは僕の方へと身を寄せて、前髪を一房取るとそれに口付ける。
そして、そのままの姿勢で視線だけ僕に合わせてきた。
「どんな気分だ?」
「どんな、とは」
子供にするキスを、なぜ僕にしてきたのか。
そして、何を確認されているのか。
僕が視線で先を促すと、レイは椅子に座り直す。
「もう、いい。──それより、こっちの頬にもしてくれるか?」
左頬には穢れの根源はない。
だが、もしかしたら顔全体に浴びたことで、何か不快な思いをしているのかもしれない。
僕は仕方なく、もう一度顔を近付け、左の頬にも唇を押し当てた。
すると、髪を撫でられ、後頭部手を置いて引き寄せられる。
距離が近付き、何の真似かと距離を取ろうとすると、僕をその瞳に映した。
「エスティン……」
さらりと前髪を梳かれ、もう一度キスをされる。
何か落ち着かない心地がして、もうやめてくれと言いそうになったところで、天幕を開ける音が耳に届いた。
「お楽しみのところ悪いが、そろそろ作戦指揮を願えるか?」
現れたのは、冒険者のハロルドだ。
途端にレイは小さく舌打ちして椅子から立ち上がった。
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