【完結】役立たずな第三王子の僕は、大嫌いな勇者に迫られています…ってどうして?

佑々木(うさぎ)

文字の大きさ
27 / 37
第五章 まやかし

存在しない記憶

しおりを挟む
「おはようございます、エスティン様」

 寝台の上でうとうととしていると声がかかり、カーテンが開かれた。
 眩しい陽光に目を眇め、僕はようやく目を覚ます。

「おはよう、サイデン」

 僕が挨拶を返すと、サイデンは微笑んでから一礼した。

「間もなく、朝食のお時間です」
「わかった。今起きる」

 一つ伸びをして、まだ夢心地で立ち上がる。
 洗顔を済ませ、着替えをしてから僕は階段を下りていった。

 食堂の入り口にはサイデンが待ち構えていて、僕に気付くとまずは身だしなみのチェックをする。今日は少し、ジャポが歪んでいたらしい。
 サイデンは僕の首の辺りに触れて、丁寧に結び目を直した。

「既にジェネウス様がお待ちになっております」
「ジェネウス?」

 聞き覚えのない名前に、僕は訊ね返した。
 こんな朝早くに食堂に来るなんて、普通はしないものだけれど。
 もしかしたら、昨夜のうちに泊まりに来た客人だろうか。

「ジェネウスというのは?」
「もちろん、エスティン様の弟君のジェネウス様ですよ」

 弟君?
 僕は訝しんでサイデンを見返した。
 こんな時に冗談を言うような人間じゃない。

「……何を、言って」

 僕は、気味の悪い心地がし、食堂の中へ入るのを躊躇った。
 だが、そのジェネウスという人間が誰であるのか、まずは確かめなければならない。
 不思議そうに僕を見るサイデンを尻目に、僕は食堂の中へ足を踏み入れた。
 すると、いつも僕が座る席の真ん前に、一人の少年が座っていた。

「おはようございます、お兄様」

 よく通る、子供らしい軽やかな声だ。
 王族の色である、金髪に緑の瞳。
 見た目はどことなく、母に似ていた。
 年の頃は10歳前後だろうか。
 無邪気な笑みを僕に向け、挨拶が返るのを待っている。

 あまりにも朝の風景に溶け込んだ姿だ。
 だが、だからこそ、ぞわりと鳥肌が立つほどに恐ろしかった。

 僕に弟がいるはずがない。
 四人兄姉の末弟なんだ。
 これほど年の離れた弟なんてあり得ない。

 では、この人間は一体何者だ?

 最初に疑ったのは、アルサイールかどうかだ。
 昨日の今日だ。無断で城に入ってこないとも限らない。
 一瞬で応接間から消えたことを考えれば、逆もできてしまうに違いない。

 僕は、少年の魔力の波長を探ろうとしたが、まったくわからなかった。
 何の魔力も感じられなかったからだ。
 結界が張られているかのように、一切の魔力がない。
 今度は、気脈のほうを探ってみた。
 触れるのが一番だが、見ただけでも判別はつく。
 そちらは、どうやら父や兄と似ている。

 だが、弟であることはあり得ない。
 
 何よりも恐ろしいのは、この場にいる誰もがこの人間を受け入れていることだ。
 長年仕えているサイデンすらも、この少年を僕の弟だと言った。
 ジェネウスが王族の一員であると、信じて疑っていない。

「どうして……」

 一体、何が起きている?
 それとも、おかしいのは僕の方なのか?

「朝食は、要らない」
「エスティン様?」

 得体のしれない人間と、食事なんて摂れるわけがない。
 かといってここで、この少年を糾弾することはできない。
 下手をしたら、僕の頭の方を疑われてしまう。
 気が触れたとでも思われたら、厄介この上ない。

 僕は後退り、踵を返して食堂を出ると、その足で学びの間に向かった。
 今は、一刻も早くレイに会い、このことを伝えたい。

 塔の階段を上って学びの間の中に入ると、既にレイがいた。
 給仕係がハーブティーを注ぎ、二人で何やら話しているところだった。
 そして、僕の方を見た給仕係は首を傾げて訊いてきた。

「これは、エスティン様。おはようございます。今朝はジェネウス様はご一緒ではないんですか?」

 その一言に、僕は愕然とする。
 城の中だけではなく、まさか塔の人間にまで広がっているなんて。
 喉が干上がり、声が出ない。

 無言でいる僕に、給仕係はそれ以上は何も言わずに去っていった。
 その場にはレイだけが残り、僕の様子をおかしく思っているのか、物問いたげな顔をしている。

「レイ様は、ジェネウスをご存知ですか?」

 まずは確かめなくては。
 僕がそう思って訊くと、レイは頷いてから言う。

「お前の弟じゃなかったか?」
「……っ」

 そんな……レイまでが、ジェネウスのことを弟だと記憶しているのか?
 わなわなと唇が戦慄き、次の言葉が出てこない。

「エスティン?」

 名前を呼ばれて、僕は意を決して言った。

「私は、末子です。弟なんて、いるはずがない」

 ジェネウスなんて、僕は知らない。
 僕の記憶の方が間違っているなんて、そんなこと──。
 だんだんと自信がなくなり、僕は狼狽えていた。

 レイは、目を眇めて僕を見て、訝しんでいる。
 やっぱり、にわかに信じがたいことだろう。
 僕は胸に手を当てて、必死にレイに訴えた。

「わかっています。信じられないことでしょう。私も、この状況が信じられません。起きたら私には、幼い弟がいた。昨日までいなかった人間が弟として現れたのです」

 あり得ないことが生じている。
 こんなこと、どうやったら証明できるだろう。
 レイは、じっと僕を見た後、口を開いた。

「講義の終わりに時間はあるか? ゆっくり聞かせてほしい」
「はい、お願いします」

 頭ごなしに否定はされなかった。
 僕はそれに安堵して、先生が来るのを待った。
 本当はもう、講義を聞くどころじゃない。
 それでも、こうして学びの間に来なければ、レイと会うことは叶わない。
 僕は焦れた思いを抱きながら、先生の講義を聞くふりをした。



「存在しないはずの弟、か」

 僕の話を最後まで聞くと、レイは考え込んだ。
 そして、伏せていた目を上げて僕に言う。

「腹違いの弟ということはないのか?」
「あり得ません。サイデンの様子からしても、記憶自体が塗り替えられているとしか思えないのです」

 考えを整理しながら話し、可能性を一つ一つ潰していく。

「それなら、またアルサイールのせいじゃないのか?」

 レイはそう言って、自分の意見を述べ始める。

「ありもしない国の王子を名乗って、城に乗り込めたくらいだ。存在しない弟になるのだって、不可能じゃないだろう」

 僕はその話しぶりを聞いて、心が震えた。

「レイ様は、信じるのですか?」

 レイにだって、いつの間にかジェネウスの記憶が植え付けられていた。
 自分の記憶を否定するなんて、簡単にできることじゃない。
 僕ですらも、自分が信じられなくなっているというのに。
 けれども、レイは笑う。

「エスティンがそう言うのなら、間違いない」

 どうしてレイは、いつだって僕の味方でいてくれるのだろう。
 僕は、レイの手に手を重ね、ぎゅっと握り込んだ。

「良かった……。信じて、もらえて……」

 もし、レイにさえも信じてもらえなかったら、諦めるしかなかった。
 自分の方が間違っているのだと、納得しようとしたかもしれない。
 それか、弟なんていないと主張して、頭がおかしくなったと思われたか。
 どちらにしても、レイがわかってくれるのは嬉しいし心強い。

 レイは、ポンと僕の頭に手を乗せて、優しく撫でた。

「お前は時々、とてつもなく気弱になるな。俺はいつでも、エスティンの味方だ。そのことを、疑わないでくれ」

 真っ直ぐな瞳で、レイは僕を見てくる。
 こういう時に、この人は本当に勇者なのだと感じる。
 ただ聖剣を担い、腕が立つだけじゃない。
 それでは、剣士ではあっても勇者ではないだろう。
 レイは、真の勇者だ。──少なくとも、僕の勇者なんだ。

「今晩、私の部屋に泊まっていただけますか?」

 僕が質問の形で頼むと、レイは驚いたように目を見開いた。

「怖いんです。きっと、誰も私を信じない。そこに一人でいるのが、恐ろしいのです」

 傍には、あのジェネウスがいる。
 どんなに距離を取ろうとしても、弟である以上は遠ざけられないに違いない。
 僕にとっての安全な場所がなくなるも同然だ。

 少なくとも真相がわかるまでの間、レイに傍にいて欲しかった。

「サイデンが許すとは思えないが」

 それが一番の難関だ。
 どうやってサイデンを口説き落とせばいいのだろう。

「わかった。とりあえず、話すだけ話してみよう」

 レイはそう言って、噴水の縁から立ち上がった。
 不安げに見上げていたからだろう。
 レイは、僕の顎を指先で捉えた。

「俺を信じろ、エスティン」
「はい、レイ様」

 自分のことは信じられなくとも、レイのことなら信じられる。
 僕が笑うと、レイは掠め取るようなキスをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

過労死で異世界転生したら、勇者の魂を持つ僕が魔王の城で目覚めた。なぜか「魂の半身」と呼ばれ異常なまでに溺愛されてる件

水凪しおん
BL
ブラック企業で過労死した俺、雪斗(ユキト)が次に目覚めたのは、なんと異世界の魔王の城だった。 赤ん坊の姿で転生した俺は、自分がこの世界を滅ぼす魔王を討つための「勇者の魂」を持つと知る。 目の前にいるのは、冷酷非情と噂の魔王ゼノン。 「ああ、終わった……食べられるんだ」 絶望する俺を前に、しかし魔王はうっとりと目を細め、こう囁いた。 「ようやく会えた、我が魂の半身よ」 それから始まったのは、地獄のような日々――ではなく、至れり尽くせりの甘やかし生活!? 最高級の食事、ふわふわの寝具、傅役(もりやく)までつけられ、魔王自らが甲斐甲斐しくお菓子を食べさせてくる始末。 この溺愛は、俺を油断させて力を奪うための罠に違いない! そう信じて疑わない俺の勘違いをよそに、魔王の独占欲と愛情はどんどんエスカレートしていき……。 永い孤独を生きてきた最強魔王と、自己肯定感ゼロの元社畜勇者。 敵対するはずの運命が交わる時、世界を揺るがす壮大な愛の物語が始まる。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました

BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」 え?勇者って誰のこと? 突如勇者として召喚された俺。 いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう? 俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

【完結済み】騎士団長は親友に生き写しの隣国の魔術師を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)
BL
アイゼンベルク帝国の騎士団長ジュリアスは留学してきた隣国ゼレスティア公国の数十年ぶりのビショップ候補、シタンの後見となる。その理由はシタンが十年前に失った親友であり片恋の相手、ラシードにうり二つだから。だが出会ったシタンのラシードとは違う表情や振る舞いに心が惹かれていき…。過去の恋と現在目の前にいる存在。その両方の間で惑うジュリアスの心の行方は。※最終話まで毎日更新。※大柄な体躯の30代黒髪碧眼の騎士団長×細身の20代長髪魔術師のカップリングです。※完結済みの「テンペストの魔女」と若干繋がっていますがそちらを知らなくても読めます。

魔王に転生したら幼馴染が勇者になって僕を倒しに来ました。

なつか
BL
ある日、目を開けると魔王になっていた。 この世界の魔王は必ずいつか勇者に倒されるらしい。でも、争いごとは嫌いだし、平和に暮らしたい! そう思って魔界作りをがんばっていたのに、突然やってきた勇者にあっさりと敗北。 死ぬ直前に過去を思い出して、勇者が大好きだった幼馴染だったことに気が付いたけど、もうどうしようもない。 次、生まれ変わるとしたらもう魔王は嫌だな、と思いながら再び目を覚ますと、なぜかベッドにつながれていた――。 6話完結の短編です。前半は受けの魔王視点。後半は攻めの勇者視点。 性描写は最終話のみに入ります。 ※注意 ・攻めは過去に女性と関係を持っていますが、詳細な描写はありません。 ・多少の流血表現があるため、「残酷な描写あり」タグを保険としてつけています。

触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?

雪 いつき
BL
 仕事帰りにマンホールに落ちた森川 碧葉(もりかわ あおば)は、気付けばヌメヌメの触手生物に宙吊りにされていた。 「ちょっとそこのお兄さん! 助けて!」  通りすがりの銀髪美青年に助けを求めたことから、回らなくてもいい運命の歯車が回り始めてしまう。  異世界からきた聖女……ではなく聖者として、神聖力を目覚めさせるためにドラゴン討伐へと向かうことに。王様は胡散臭い。討伐仲間の騎士様たちはいい奴。そして触手生物には、愛されすぎて喘がされる日々。  どうしてこんなに触手生物に愛されるのか。ピィピィ鳴いて懐く触手が、ちょっと可愛い……?  更には国家的に深刻な問題まで起こってしまって……。異世界に来たなら悠々自適に過ごしたかったのに!  異色の触手と氷の(天然)騎士様に溺愛されすぎる生活が、今、始まる――― ※昔書いていたものを加筆修正して、小説家になろうサイト様にも上げているお話です。

処理中です...