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ある日突然、私は都合の良い透明人間になった

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 ラフザール国。
 そこは、周囲の倍は大きな国土面積を持つ大国だった。
 さまざまな国との貿易が盛んで、王都はいつも活気に満ち溢れていた。でも、それだけで「大国」と呼ばれているわけじゃない。

 この国には、「異術」と呼ばれる奇跡の力を宿す人間がいるの。不思議と、その人間はラフザール国以外の諸国からは生まれない。それは、持って生まれてくる人もいれば、ある日突然開花する人もいる。だから、この国は強い。
 異術って急に言われてもわからないわよね。それは、炎や氷を操ったり、はたまた人の心を操ったり。昔読んだ絵本にあった「魔法」というものに似てるかも。その2つの決定的な違いは、詠唱の有無。異術は、詠唱を必要としない魔法って感じなの。

「おお、ソフィーよ。さすが、私の子だ!」
「よくやったわ、異術を宿すなんて!」
「ありがとうございます。お父様、お母様」

 これは、そのラフザール国に住むとある伯爵家の2人娘のうちの1人の物語。
 異術を宿し、満面の笑みを浮かべるソフィー……ではなくて、妹が異術に目覚めたのを部屋の端で熊のぬいぐるみを持って縮こまっている私、ステラのお話です。



***



 妹のソフィーが異術に目覚めて1年が過ぎた。
 でも、姉の私はその兆候すらなく日々を過ごしている。

「本日はお呼びくださりありがとうございます。こちら、ベルナール家の自慢の娘、ソフィーです。人の感情を操る異術を宿す者です」
「ソフィーと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 今日は、私の誕生パーティ……のはずだった。でも、それはいつの間にか妹の婚約者探しのパーティに代わっていた。
 昨日まで「ステラ様のお誕生日会」と言って準備をしてくれていた使用人は、誰1人として私と目を合わせようとしない。王族の許可が必要なダンスホールを貸し切って、そこであくせくと働くだけ。

 きっと、昨日までの行動は建前だったのでしょう。
 だって、一晩であんな煌びやかなドレスを準備できるわけないじゃないの。今、妹のソフィーは赤とオレンジの情熱をイメージさせるドレスに身を包んで笑っている。私は、グレイの質素なドレスなのに。これしか用意されてないのに。

 なんてね。
 このパターン、いつもと同じなの。少しでも期待した私が悪かった。

「初めまして、ソフィー嬢。私は、レオンハルト・オルフェーブルと申します。父様がベルナール伯爵にお世話になっておりますので、ご挨拶にお伺いしました」
「レオンハルト様! お会いしたかったですわ!」
「おや、私をご存知でしたか」
「知らない人はいませんわ! 騎士レオンハルト大佐は、みんなの憧れですもの。ねえ、お母様」
「そうですわ。私の開催するお茶会でも、よく話題になります」
「光栄です」

 でもなんだかんだ言って、私は妹を心から恨めない。
 身体が弱いから、今はこうやって立っているけどいつ倒れるかわからないんだもの。なのに、異術なんか宿して身体は大丈夫なの?
 あの明るいドレスの色だって、顔色の悪さが目立たないようにって配慮の元そうなってるだけ。むしろ、早く彼女を座らせてあげたい。お父様とお母様は、どうして立ったまま挨拶をさせてるのかな。

 私は、頬を紅潮させて殿方に挨拶するソフィーを壁際の花になって眺める。
 パーティに招待されている人の中で、私もベルナールの一員だと気づく人はいるのかしら。まあ、いるわけないか。さっきから、お客様にグラスを手渡す使用人たちは私にお辞儀をしないし、見向きもしない。
 広い会場にかなりの殿方が来てるけど、ここに居て一度も声をかけられていない。……いえ、一度だけ。「レッドアイはある? それだけなくなってたんだ」って。

「そういえば、ベルナール伯爵にはもう1人娘さんがいらしたと記憶しております。ご挨拶をしたいので、どちらにいらっしゃるのかご教示いただけませんか?」
「ははは! 娘は1人ですよ。何を仰りますか」

 ソフィーを紹介しているお父様と、目が合った。見ると、下におろした手を振って私に「どこか行け」と言っている。
 そうね。私とソフィーは似てるから、見つかったら姉妹だとバレてしまうもの。
 でも、今日は私の誕生日パーティじゃなかったの? いつから、婚約者探しになったの? 招待客が誰1人疑問に思ってないってことは、元から婚約者探しだったのでしょうね。

 生まれて14年、私はソフィーと同じく家族に大切に育てられてきた。でも、彼女の異術が開花すると同時に生活が一変したの。
 今まで可愛がってくれた人たちは、全ての愛情をソフィーに注ぎ始めた。異術に目覚めなかった「ハズレ」の私は、存在すら認められなくなって1年弱。1人部屋から追い出され、今は使用人と同じ棟での生活を強いられている。

 食事と服装は、使用人よりはちょっとだけ良いかなって感じだけど。まるで、透明人間のような存在になってしまった。……今みたいに、お父様とお母様の都合の良い時だけ見える透明人間にね。
 いまだに、その落差に慣れない。今日、せっかくその落差が埋まると思ったけど……期待した私が悪かった。

 お父様とお母様に一礼した私は、透明人間になるためバルコニーへと逃げた。

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