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05:幸せの連続

りんごのような私

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 案内された場所は、レオンハルト様のお部屋だった。
 とてもシンプルだけど、1つひとつの装飾品や家具が洗礼されている感じがする。怖い。できるだけ触らないようにしましょう。弁償だなんてなったら、私の生涯金が吹き飛んでしまいそう。指紋も付けないように……は、無理かも。

「本当は、もう少し前に案内したかったのですが……。気持ちが重すぎるかなと思って遠慮していました。今日、それが叶って嬉しいです」
「……わ、私も嬉しいのですが、その」
「緊張しなくて良いですよ。ここでは、私と2人だけなので」
「で、でも……緊張、します」
「川で遊んだ時のように、はしゃいでください」
「それは無理です!」
「……良いのに」

 とりあえず、促されたからソファに座ってみた。
 最初は、お尻を浮かせてようと思ったけど……ダメね。腹筋が足りなかった。でも、とても座り心地が良いわ。今使ってるベッドの腰部分だけで良いから、この素材と交換したい。

 それに、この空間でレオンハルト様は寝起きして色々作業もしていらっしゃるのよね。いわば生活空間なのよね。
 ……どうして、私を入れてくれたのかな。こんな大切なところ、普通は他人を入れたいとは思わないけど。私なんて、恥ずかしくてお部屋に案内できないし。……それに、あの部屋を見せたら絶対に嫌われるし。

「さて、本を読みましょう」
「あ! ずっと持たせてしまってました……。ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。まずは、分けましょうか」
「はい、ありがとうございます」
「先に分けててくれますか?」
「もちろん」

 結構本数がいってしまったから、古本市に居た方に1つの紙袋にまとめて入れてもらったの。それを誰が持つのかで一悶着あり……じゃんけんで決めたら、見事に負けてしまったってわけ。次は絶対に勝つわ! 次は。次、次……。
 ダメ、暗くならない! 本を読んで落ち着きましょう。

 レオンハルト様は、ソファに座るかと思いきや紙袋をテーブルの上に置いてどこかに向かっていく。それを横目に、私は分別をした。ミステリーと恋愛は私、アクションものと伝記はレオンハルト様……。

「お待たせしました。私も分けます」
「……あ、それ」
「毎日使っています。私の宝物なんです」

 戻ってこられた彼の手を見ると、私がプレゼントした栞が納められていた。「これを使います」ですって。
 嬉しい。使ってくださってるのね。もう、それだけで胸がいっぱいだわ。

 私たちは、途中からメイドさんが持ってきてくださったお茶やお菓子をつまみながら本を読み漁った。焼き立てのクッキーは、涙が出るほどおいしかったわ。



***



「あっ!」
「どうしましたか?」

 本を読み始めてどのくらい経ったかしら? 目の前に置かれたソファーテーブルの上に積み上げられた本は、明らかに読み終わった分の方が高い。それほど、集中して読んでしまったけど……大切なことを忘れるところだったわ。思い出して良かった。

 私が声を発すると、隣に座っていたレオンハルト様の肩がビクッとした。
 どうやら、彼も集中していたみたい。悪いことしたな。

「あの、今何時でしょうか。時計を持っていなくて」
「今は、16時になります」
「大変! そろそろ帰らないと。17時には、お屋敷に戻っていないといけないんです」
「そうなのですね。では、あと30分は大丈夫でしょう。帰りは、馬車を出します」
「い、いえ、そんな。歩いて帰りますわ」
「御者のマークが、ステラ嬢を気に入ってるんです。ぜひ、使ってあげてください」
「……マーク様が?」

 マーク様って、以前裏門まで送ってくださった御者様よね。一度しかお会いしたことがないのに、私のことを気に入ってくださったの? 何か、彼に好かれるようなことをした覚えはない。むしろ、裏門までお願いしちゃったから余計なお仕事させてしまったけど……。
 でも、人に気に入られて嫌な気はしない。

 マーク様は、とても表情の豊かな御者様だったな。
 それに、レオンハルト様のことを「坊ちゃん」って呼んでらして……。ふふ、思い出すと面白いわ。

「どうされましたか?」
「あ……。マーク様とお話をした時、レオンハルト様のことを「坊ちゃん」とおっしゃっていたのを思い出しまして」
「あー。恥ずかしいから、外ではやめろとあれほど……」
「ふふ、愛されている証ですよ。とても自然に呼んでいらしたもの」
「他に何か言われませんでしたか?」
「他に?」

 他? 他に何か言われたかしら。
 確か、「お荷物のお忘れ物はありませんか?」って聞かれたわ。その話の延長線で、彼が侯爵様のご子息だと知って……そんな出来事が、なぜか遠い日のように感じる。

 そうよ。私のことが「お好きなようです」とも言われたでしょう。
 そんなそんな……。急に言われると、照れてしまうわ。思い出しただけでも、顔が熱い。

「お顔が真っ赤ですよ。りんごみたいだ」
「なっ……」
「何を言われたのです? 気になるなあ」
「……レオンハルト様が、私のことをお好きだと。そう、マーク様にお伺いしました。それを思い出して、その」

 顔が赤いと言われてすぐに、手に持っていた本に視線を落とした。よりによって、読んでいたものが恋愛小説だなんて! しかも、この主人公は遠距離を続けていた恋人を他のご令嬢に取られてしまうお話……。私もそうなっちゃうのかな。
 レオンハルト様を信じたいけど、それって彼の気持ちを縛り付けることと同義になってしまう気がする。それは、ダメよ。彼には、あの川で遊んだ時のように自由に笑っていてほしいもの。

 私が返答すると、不意に会話が途切れた。
 気まずいくらいの静寂と共に、どこからかコチコチと時計の秒針が響き渡っている。その音が、まるで私を断頭台にでも登らせているような錯覚を起こしてきた。
 何か、気に触るようなことを言ったのかしら? 先に謝った方が良い? 誠意を示すために、土下座を……ダメよ、それは女性がしてはいけないってマナーを教えてもらったでしょう。

 そうやって下を向いて震えていると、急に身体がソファから浮いた。
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