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16:今までとこれから

気づいたこと

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 自分で言うのもなんだけど、私は変に大人びた子どもだった。

『先生、マナーを早く習得するためにはどうすれば良いのでしょうか』
『良い質問ですね、ソフィー嬢。答えは簡単ですよ』
『簡単?』
『はい。マナーを早く身につけたいのでしたら、場数を踏むことです。社交場に出向きお友達を作っても良いですし、伯爵にお願いをしてパーティに出席して恋をしても良いでしょう』
『先生のおすすめはどちらですか?』

 私の住む国では、上位貴族に属する子どもが13歳になると教養を学ぶ機会を与えられるようになる。うちも例外なく、王宮から派遣された講師が週3で訪れるようになった。
 挨拶や言葉遣い、テーブルマナーに国の歴史、バイオリン、裁縫などなど、学んだことがいつ頭から抜けてもおかしくないほどの量を詰め込んだわ。

 それまで外との交流が少なかった私にとって、苦痛の時間ではなかった。むしろ、閉鎖空間の中で覚えていた違和感が確実なものになったというかなんというか。
 おっとりとしたお姉様が気づいていないことに、私は早々に気づいてしまっていたのよ。気づかなければよかったのに。

『そうですね、その2つでしたら恋が良いでしょう。将来の殿方も手に入るかもしれませんし、マナーも身に付くなんて一石二鳥でしょう?』
『ふふ、先生もご冗談をおっしゃるのですね』
『人間ですから』

 私は、両親がいわゆる「毒親」というものだと気づいてしまっていた。
 きっかけは、今目の前で話しているマナー講師の一言……「ステラ嬢もソフィー嬢も優秀なお方なのに、どうしてご両親は……」という小さな呟きだった。お姉様も一緒に居たけど、聞こえたのは私だけだったと思う。先生も、まさか聞こえていたなんて思ってないだろうな。そんな小さな声だった。

 もちろん、それだけで「毒親」だと決めつけたわけじゃない。
 先生たちの話に出てくる同年代の子たちと比較して、自分たちの環境がおかしいことを確信したの。例えばそうね……。

『しかし、冗談ではなくてもっと外の世界を知りましょうね。他のご令嬢は、ご両親に部屋を漁られるようなことはされませんし、好きなものや嫌いなものを姉妹で合わせるよう強要はしません。ましてや、お仕事を手伝わせるような……』
『先生?』
『……失礼しました。45ページから再開しましょう。終わったら、今王宮で人気のある殿方を紹介しましょう』
『わかりました、先生』

 と、こんな感じ。
 今の環境が普通だと思っていた私は、言われた時は意味がわからなかった。でも、その時の先生の横顔は今になっても鮮明に思い出す。
 あれは、「同情」だったんだ。私たち姉妹に対しての。先生は優しいな。外のことをよく教えてくれるし、王宮で人気のレオンハルト大佐についても情報をくださるし。それに、両親がおかしい人だと気づかせてくれたから。

 本当に、大好きだった。
 外の匂いも、言葉も、それらをくださる先生たちが。

 でも、そんな人たちもあの会話で嫌いになってしまった。

『ステラ嬢には、才能があります。しかし、あの素直な性格が仇になり成長を妨げています。どうにか、ステラ嬢だけでも保護できないのでしょうか』
『私も、同じことを思いました。あれだけ覚えの良い子はそうそういません』
『環境が変わればきっと、マナー関連にも自信がつくと思うのですが……』

 そう、他の講師と客間で会話しているのを偶然にも聞いてしまったから。

 わかっていたわ。お姉様は、天才だと。
 何をやっても上手く出来てしまい、私が取り残されちゃうことなんて日常茶飯事だった。
 バイオリンも裁縫も、お料理だって何一つお姉様に敵うものはない。……そうね、勘の良さだけはお姉様より優れていたのかも。でも、本当にそれだけ。

 それでもお姉様を邪険にしなかったのは、優しかったから。いつも先を歩いて、でも、私が転べば戻ってきて手を差し伸べてくれるようなお姉様だったから。
 教え方は上手だし、私がいくら出来なくてもわかるまで実践して見せてくれるし。だから、それを利用したに過ぎない。

 レオンハルト様に渡したハンカチだって、お姉様を利用して私が甘い蜜を吸ったつもりになってただけ。
 私も、立派な両親の子だったってことね。血は争えない。

 そんな時だった。
 私に異術の光が宿ったのは。

 しかも、人の感情を操る異術なんて、神様は居たんだって思った。「これで両親を操って、普通の家庭にしなさい」と言われているような気がした。
 でもね。私にとっての普通が今までの生活だったから、世間一般的な普通がわからなかったの。だからこそ、力を使って「自分が有利になれる空間」を作ることしか出来なかった……って言えば、誰か信じてくれるかな。

 それに、なぜか最初からスムーズに使える異術。途中から宿したのにも関わらず効果が強く、異力も屋敷に居れば減った感じがしない。
 私も天才だったんだって思った。お姉様だけじゃなくて、私も保護対象になってこの屋敷から連れ出してほしいって。
 でも、いつまで経っても「外の大人」は動いてくれなかった。

 だから、今までの考えを捨てたの。外に出たいって考えを。
 その代わり、ここで快適に過ごそうって考えに切り替えて生活をし始めた。
 私だけを愛してくれる両親、使用人たち。お姉様を連れ出そうとする講師陣はもう来なくて良いことにして、当のお姉様は外に出ないようお洋服もアクセサリーも全部奪って別棟へ追いやって……。アカデミーの寮に行くより、快適でしょう?

 こうやって私は、自分を守った。
 上位貴族のお茶会へ積極的に参加して「自慢」の仕方を学び、別のお茶会でそれを披露する……。とても充実した日々だったわ。
 鈍感なお姉様にイラつくことはなくなったし、「できない」ことがグッと減ったし。とても楽しかった。

 楽しかったのよ、お姉様。


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