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平穏のために
しおりを挟む過去と同じ時間、同じ御者の辻馬車に乗って一安心した私は、動き出すと同時に背伸びをした。
「んん~~っ! はあ……」
とっても気持ち良い!
背伸びって、こんな気持ちの良い行為だったのね。これからは、頻繁に背伸びをしましょうか。そうすれば、この小さな身体が少しは伸びるでしょうし。
で、肝心の今後の行動なんだけど、とりあえず前回食べ損ねたお魚を食べに行こうと思うの。
今はなんと言っても魔導書が手元にあるから、大きなお魚だってヒョイッて捕まえられちゃうでしょう? 調理はパパッとできるし、火も魔導書で起こせるし……それに、これからもうちょっと行ったところで乱闘に巻き込まれるのだけど、そこでお塩をゲットできるのよ。
香辛料の業者さんが、賊に襲われてあら大変! ちょうど通りかかってしまったこの馬車までもが標的に!? ってね。
でも、安心して。昔習得した護身術で今回も乗り切れるから。
前回も、1人でサクッと片付けたわ。
お礼にどうぞってお塩をいただいて途方にくれて、偶然通った川でお魚を見つけて魔導書~~~ってなったのが、前回のハイライト。
でも、今回は大丈夫! 待っててね、お塩ちゃん。余すところなく使ってあげるから! ……ん? それって、お魚さんに使う言葉か。
「お嬢さん、ここからちょっと揺れますからね」
「はあい、ご丁寧にありがとうございます」
私は、戦闘に備えて腕を回したり太ももの筋肉を伸ばすように足組みをする。
動きにくいから、ペチコートは脱ぎましょう。長いウェーブ髪は一つに縛って、ヒールも脱いで……。
知っている未来であっても、油断はしないわ。
……もう、殺されたくはないもの。
***
それから10分、夕暮れの景色を窓から眺めていた時のことだった。
何度も見た景色なのに、雲の形とか木々のゆらめきはちょっと違うのよね。前回は串焼きによく似た雲があったのに、今回はない。
……お腹が空いてるのよ。お屋敷にいた時の私は、いつも冷めた少量のご飯しかもらえていなかったから。決して食い意地がすごいわけでは……。
「わっ!?」
「!?」
ドンッと鈍い音が響き、馬の甲高い鳴き声が耳をつんざいてきた。それと同時に、前のめりになるような形で馬車が傾く。
私は、足に力を入れて踏ん張りながら、今の衝撃で引かれてしまったカーテンを急いで開けた。
目の前に広がっているのは、大勢の賊に業者さんの馬車が1つ。……うんうん、この光景だわ。当たり前なんだけど、賊の着ている服装まで同じ!
私、フラウンスにあてがわれていた爵位関連のお仕事をしていたせいか、記憶力は良い方なのよ。この後、すぐにあそこに居る赤い服を着た人が……。
「おい、見張りはどこに行った! 余計な仕事を増やしやがって!」
「す、すいやせん! 実は、昨日の晩飯に当たりまして……」
「はあ!?」
ふふっ……そうそう、この会話。何度聞いても笑っちゃうわ。
あそこに居る赤い服を着た人が、リーダーらしいの。
賊のみんなが頼りにしているあたり、人をまとめる力はあると思う。でも、なんだかこの会話は笑ってしまうなあ。
だって、考えてみて。
この会話は、もう何度も聞いたもの。しかも、一語一句違わず。
まるで、本でも読んでいるような気分になるのよ。次に同じ場面を見ることがあるなら、声に出して一緒に「演出」でもしましょうか。……いえ、もう痛いのは嫌だわ。今のなし。
身体に負った痛みは、覚えている。
恐怖も、心臓の痛みも全て。時間が遡ろうと、それだけは消えてくれない。
だからこそ、持っている力を利用して平穏を掴み取りたい。
「……ふう。じゃあ、今世の私のお手並み拝見といきましょうか」
私は、片手に小さな光を宿したのを確認し、馬車の扉を思い切り蹴り飛ばした。
……いいじゃないの。この戦闘で、どうせ馬車は使い物にならなくなるんだから。
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