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致命的な名付け親
しおりを挟む私は今、セウル地方のド真ん中を流れる川の上流に来ている。
すぐそこまでは馬車で移動したのだけど、途中で賊と遭遇しちゃってね。まあ、なんだかんだで少年もとい青年……身長は私よりも低いけど、なんだか「少年」とは呼びにくいオーラがあるのよ。とにかく、そんな青年と焼き魚を食べてるってわけ。
……ちょっと、省略しすぎたかな。
「そんなにお腹が空いていたの?」
「……っ、んっ、んっ」
「ほら、お水も飲んで。むせちゃうわ、そんな勢いで食べたら」
「ん、ぐ……う」
「川のお水を、魔法で浄化させてあるから大丈夫。変なものは入ってないわ」
「……あ、あ」
とにかく、釣ったお魚をその青年と一緒に焼いて、食べているところなんだけど……。この子、一向に言葉を発しないのよね。
しかも、時折すごい勢いで周囲を見渡すの。その視線の鋭さは、例えるなら獣ね。以前、お父様が「王族のペットの躾を頼まれた」と言って連れてきた魔獣に似ているのよ。
そんな彼は、頭をペコッと下げてから水の入っているコップを受け取ってくれた。ということは、こちらの言葉はわかるみたいね。
にしても、綺麗なお顔だわ。かなり薄汚れてしまっているけど、その輝きは簡単に消えない感じ。むしろ、汚れているからこそ輝いているまであるわ。ずっと見ていても、飽きないってずるい!
「もっと食べる? 私、これ食べたら満足だから」
「う!」
「……そう、いっぱい食べてね」
「う!」
釣った魚の入っている容器を見せると、口元に魚の身を飛び散らせながら青年が嬉しそうに頷いた。
その笑顔の破壊力と言ったら……。
今までに感じたことがないような……うーん、なんというのかな。雷が全身の血管の中を流れるような感じって言えば伝わる? とにかく、そんな感じの衝動が全身を駆け巡ったのよ。今もその衝撃が足先に残っている。
こんな笑顔を見せられたら、1秒でも早く魚が焼ける魔法をジャンジャン使うわ! なんなら、さっきもらったお塩もジャンジャンかけて……は、身体を壊すわね。適量にしましょう。
「あなた、見た感じあまり食事をとっていない感じがするわ。こんなにたくさん食べて、お腹壊さない?」
「う!」
「……そう。壊したら、治療できるから良いけど」
「……う?」
お屋敷に居る人たちと違う人種だから、なんだか調子が狂うわ。
この青年には、人を見下す雰囲気が一切ない。だから、出会ってすぐにこうやって一緒に食事ができたのかも。警戒している方が、おかしいって気持ちになったのよ。
私は、青年のキョトンとした表情を見ながら、魔導書に手をかざして炎を出現させる。
これを、ああしてこうして……ううん、コントロールがまだちゃんとできてないわ。炎のゆらめきが均等じゃないし、風が吹いたら消えてしまいそうなほど弱々しいし。
これって、魔力不足なのかな。それとも、単に経験不足? 経験は前世で積んでるはずだけど……こういうのは、現世で適応されないものなのかしら……。
なんて四苦八苦させながらも、初回よりは時間を使わずに焼き魚を調理できた。手のひらサイズの大きな葉っぱに焼いたお魚を乗せて、完成!
一番初めはお魚の身がホロホロと溢れてしまって食べるところが少なかったけど、これなら結構いけるんじゃない?
「できた! どう、さっきより美味しそうでしょう?」
「うー!」
「ふふ、貴方は不思議な子ね。でも、名前がないと不便だわ。食べながら、教えてくれる?」
「うー……」
葉ごと青年へ手渡すと、両手を合わせて感謝の言葉を表現してすぐに受け取ってくれた。
そのタイミングで、私は青年へ名前を聞いてみる。いつまでも「青年」じゃよくないし、今聞かないとずっと聞けない気もしてね。
でも、案の定言葉は話せないみたい。
首を振りながら片手で喉を指差して、話せないことを教えてくれている。ということは、名前はあるみたいね。だって、なければ「ない」ってジェスチャーしてくれると思うし。
「そうなの。文字は書ける?」
「うう……」
「別に、責めてるわけじゃないからそんな顔しないで。……でも名前がないと会話がしにくいわね。まさか、Aさんってわけには行かないでしょう?」
「……うー」
青年は、肩身が狭そうな態度で魚を口にし始める。……その姿すら美を背負っているなんて、口が裂けても言えないわね。
ああ、手持ちがあれば、この子の服を買ってあげるのに。そして、引き裂いてしまった自分の服も買ったのに。
ある程度のお金は持っているわ。フラウンスで私が稼いだ分のね。
でも、こんな端金では服は愚かカバンだって買えやしない。1食をパン1個と考えるなら、ギリギリ1週間は持つかなって感じの額しか持っていないのよ。
魔導書を閉じた私は、申し訳なさそうな顔をしながらも手と口を止めないAさん(仮)を眺める。
……うん、美形だわ。
「じゃあ、何か違う方法で名前を知れる機会があるまで、私が付けましょう。良いかしら?」
「あい!」
「ふふ、良い返事だわ。じゃあ……どうしましょうか」
私の提案に、元気よく返事をした青年。
どうやら、私が仮の名前をつけて良いらしい。
そうと決まれば、気合いを入れてつけなくてはね。
Aさんはダメだから……Bさん? いやいや、そういう路線はよくないわ。もっと、美形に寄り添った名前を……美形の寄り添った名前って、そもそも何よ。
魔導書に何か参考になりそうな名前が……載ってるわけないわよねえ。
うーん、どうしましょう。
「あ!」
「!?」
「あ、ごめんなさい。驚かせてしまったわね」
「ううん」
「ありがとう、優しいわね。あの、名前を思いついたの」
「う!? う!」
「ふふ、急かさないで、あのね……」
「う! う!」
突然閃いた私に驚きつつも、青年は食べる手を止めて期待の眼差しをこちらへと向けてくる。
相当、名前をつけて欲しかったのかしら? ベタベタに汚れている手で、私の腕を掴んでくるわ。その仕草も、すごく可愛い。
私は、一回深呼吸をしてから口を開く。
「あのね、ベリー・キュートくん」
「……」
「ど、どうかな」
「…………」
「キュートくん、かわいいでしょ?」
「………………」
あれ、固まっちゃった。
名前に感動しちゃったのかな。それとも、嬉しくてフリーズしてる? ふふ、可愛らしいわ。さっきの獣のような表情より、こっちの方が良い。
私は、しばらくの間宙を見つめていた彼の……キュートくんの表情を堪能しながら後片付けに勤しんだ。
川を汚したらダメだものね。もらったお塩も余ったから、大切に保存しなきゃ。あと……。
そうよ。
考えてみたら、私は彼の名付け親になったんだわ。それが、なんだかとても嬉しい!
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