愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

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お手柄バーバリー(笑顔)

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 今、私は多分歴史的瞬間に立ち会っていると思う。……おそらく、もしかしたら、きっと。

「ふぅ。バーバリー、かわい?」
「あ、ああ。可愛いよ、私にとっては孫のような存在だからね」
「えへへ」
「……」

 とはいえ、正直何が起きたのか把握しきれてはいない。

 宮殿内の医療室で薬の調合をしていると、突然後ろから誰かが私の口に何かを押し当ててきた。咄嗟に調合していた薬を後ろに居る人物の目を目掛けて振り撒いて距離を取ったが、どうやら押し当てられたものがリクロロメタンだったらしい。甘い香りとともに目元が急激に霞んでフラついてしまい、近くに居る人物が見えなくなった。
 ……と思いきや、どこから現れたのか「せいぎ、さんじょ!」と聞き慣れた、そして、そこに居るはずもないバーバリーの声と共に侵入者の「カヒュッ」という声と倒れる音が同時に聞こえてきたんだ。

 年寄りに、このスピード感はついていけん。
 侵入者もだが、バーバリーはどこから入ってきたんだ?

「バーバリーは、ロベール殿について行ったのではなかったかな。そう、イリヤから聞いてたけど」
「ついた。アレン、いいひと。お嬢様、ふさわしい」
「そうだね、ベルお嬢様とくっ付いてくれると嬉しいが……その話は置いておき、どうなってるのかな」
「サレン、にせもの。ラベル、いっしょ」
「そうか、ラベル殿と一緒に来たのか。サレン様が偽物というのは確実だな? 先ほども診察したが、気づかなかったよ」
「うん」
「頑張ったね」

 私は、薬品を嗅いだせいで震えている手をバーバリーの頭に乗せた。
 彼女は決して嘘をつかない。だから、サレン様が偽物だという話は本当のことだろう。しかし、目的は?
 顔も血液型も同じだったところを見ると、双子か何かか。それとも、この国に来た時点で偽物だったか。

 とにかく、薬を戸棚にしまおう。鍵をかけてここを出た方が良い。
 偽物だろうがなんだろうが、サレン様を見ておかなくては。

「うごく?」
「ああ、大丈夫だよ。毒の耐性はあるから、しばらくすれば落ち着く」
「うん」
「それより、この布地かな。土に埋めてきてくれるかい? それで、薬品の効果がなくなる」
「うん」
「ありがとう、私はサレン様の部屋に行くよ。バーバリーは旦那様のところに戻りなさい」
「まだ」
「何かやることがあるのかい?」
「うん」
「わかったよ。私に手伝えることがあれば、言いなさい」
「うん」

 どうやら、バーバリーは私についてくるらしい。
 頭を再度撫でると、嬉しそうに私の後ろについた。床に倒れ込んでいる人物に目も暮れないと言うことは、しばらくはノックアウト状態が続くと確信しているのだろう。目眩の原因になってるとはいえ、敵ながら少々同情してしまうよ。

 そう思い、部屋を出るときにチラッと倒れている人物を視界に入れたが……。

「!? こっ……え?」
「……アインス?」

 そこに居たのは、私の後任となった……そして、モンテディオの火事で焼死したと聞いていたジャック・フルニエだった。
 見た限り、火傷の「や」の字も見当たらない。やけどをしたら、多少は跡が残るのだが……。
 なんなら、以前見かけた時よりも少々太ったような? とても栄養のあるものを食していたとしか思えないようなジャック・フルニエが、バーバリーの一撃によって目を回していた。

 このままサレン様のところに行こうと思っていた私は、方向を変えて団員を呼びに行く。
 どうせ、医療室の前に立っていた団員は……ああ、完全に伸びてるな。呼吸はしっかりしてるから、ジャック・フルニエにリクロロメタンを嗅がされたのだろう。これは、時間が経てば回復する。
 とりあえず、バーバリーに見張ってもらって人を呼ぼう。


***



 ジャック・フルニエを団員に預け、私はバーバリーと共にサレン様のお部屋を訪れた。
 すると、すでに捕らえられていたようで、ラベル殿を筆頭に床へ伏せられたサレン様のお姿が確認できる。いつもならここで、あまり乱暴にしないよう注意をするが……まあ、彼女はそんなタマじゃないだろうな。

「離してよ! 人を呼ぶわ!」
「大人しくしてください」
「嫌よ! 私は、ロバン公爵の令嬢よ!? こんなことして、タダじゃ済まないんだから!」
「大国を貶めようとした罪人に、爵位は関係ありません」

 と、先ほど診察した時のようなお淑やかな性格が一切消え、まるで小動物がキャンキャン吠えているような印象を受けるサレン様が暴れている。それを、ラベル殿が平坦な話し方で返していた。
 鍛えられた男性数名に取り押さえられれば、バーバリーのような女性でない限り抜け出すのは容易じゃない。

 こうして見ると、先ほどの診察時の態度が演技だったとわかる。脈しか測っていなかったが、ちゃんと会話はしたし、食事をするところも見届けた。体内に残る瘴気を確認しようとしたら、「お腹が空いた」と言って後回しにしてたんだ。
 特に何も変わったところはなかったと思ったが……どうやら、私は人を見る目が衰えてしまったらしい。悲しいな。

「お父様に言いつけるんだから! こんなことして、戦争でもしようっていうの!?」
「おや? お父様に頼らなくても、貴女には立派な「毒」という武器があるでしょう」
「そっ……そうね。そうだわ、みんなどいて! 私の身体は毒よ! ……どうしてどかないのよ!」
「今更そんなこと言われましても、ハッタリだとわかりますよ」

 サレン様は、まるで人が変わったかのように稚拙な姿を晒している。
 こんな浅はかな行動をする人だったのかな。それとも、パニックになってるだけ? 彼女はもう少し、いや、もっと聡明な人物だったはず。
 やはり、バーバリーが「にせもの」と言ったのが正しいということか。これは、彼女の話じゃないが国が動くぞ。

 彼女は少なくとも、王族を騙している。
 一連の事件も彼女絡みだとすれば、カウヌ国がこちらに喧嘩を売ってきたと同義だ。隣国の皇帝は、何を考えているんだ? それに、本物のサレン様はどこに?

「サレン様、ジャック・フルニエは捕まりました。どうぞ、降参してください」
「!? え、ジャックが? え?」
「私を襲おうとして、失敗しました」
「そ、そんな……そ、んな」
「これ以上暴れても、無駄ではないでしょうか?」
「嘘よ、嘘よ……」

 騎士団が彼女を取り囲む中私が話しかけると、脱力したのかサレン様は急に大人しくなった。
 とはいえ、その瞳の奥に宿るものは諦めを知ろうとしていない。

 危ないと思ったと同時に、サレン様は騎士団を振り切って窓辺に身を寄せた。
 すぐにラベル殿が近づこうとしたが、

「来ないで! 飛び降りるわ」

 と、金切声に近い音を響かせて、恍惚とした表情でナイフをかざしている。近くの窓を片手で開けつつも視線はこちらへ向いているところを見るに、戦い慣れしているように感じた。
 武器をどこから取ったのか疑問に思っていると、今までサレン様が捕らえられていた場所で血を流している団員の姿が。どうやら、彼から獲物を奪い取ったらしい。腹部から流れ出る血が、絨毯の色を染めていく。

 急いで駆け寄ると、その団員は「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟きながら虚空を見つめていた。
 これはまずいぞ。出血量が多すぎる。

「バーバリー」
「うん」

 バーバリーがなぜここにいるのかはわからない。しかし、私の指示に動いてくれるということは、これもイリヤの計画のうちに入ってるのだろう。
 前線に出る彼女を横目に、私は血に染まる団員のそばに膝をつける。白衣を脱ぎ、傷口から流れる血を止めなければ。

 私が白衣で応急処置をしていると、すぐに察した周囲の団員たちも部屋にあったシーツやテーブルクロスを持ってきてくれた。

「少々危ないかもしれない。医療室から、私の茶色のカバンを持ってきてもらえるかな」
「はっ! すぐに!」
「リオネルをお願いします!」
「やれることはやるよ」

 部屋の奥では、「ひ弱なあいつとは違う!」と言いながら高らかに笑い、血のついたナイフを手にするサレン様の姿が。クリーム色の部屋着を身に纏っているせいか、その「赤」が鮮明に視界へと映り込む。

 が、まあバーバリーが行けばそれだけで勝負ありみたいなものだ。

「ふぎゃっ!?」

 と、蛙が潰れたような声と共に、ナイフが開いていた窓の外へと消えていく。
 そして、無様に床へ舞い戻る……いや、舞い伏せるというのかな? とにかく、先ほど私が部屋に入った時のように、サレン様は床に身体を押し付けられ動けなくなっていた。
 相変わらず早技だよ、バーバリー。でもな……。

「バーバリー、いえーい」
「……あ、はい」
「ありがとうございます……」

 でもな、その笑顔はやめたほうが良い。
 敵か味方かわからなくなるだろう、その笑みは。

 ラベル殿は苦笑で止まっているが、他の団員が戸惑っている。
 それでも、サレン様に手錠をかけるあたり職務は全うするらしい。えらいね、騎士団。

「抵抗したので、手錠をつけさせていただきます。ご観念ください」
「……」

 サレン様も、バーバリーが怖くなったらしい。
 恐怖に満ちた表情をしながら、彼女のことを見ている。……まあ、誰でもあの笑顔は怖い。

「持ってきました、アインス殿!」
「ありがとうございます。助手をお願いできますかな」
「はい! なんでもやります!」

 私は、カバンを持ってきてくれた団員に指示を出しながらリオネル殿の処置を進めた。
 その隣をサレン様が通ったが、それを気にする余裕はなかったよ。それよりも、目の前の命を救わないとな。
 

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