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第一章 二人の旅路
宿と風呂
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ギルドを出たそのままの状態だからか二人は武器を背負ったままだがどれだけ賑わっている街でも治安が良いとは言えず、自然と盗難防止の為に持ち歩くしかない。歩く度に武器と防具が当たって音が鳴るが街中同じ音で溢れているから気にする様子もなく街の中を進んで行く。目指す先は武器屋だが、目的は購入ではなく研磨だ。その時だけはさすがに身軽にならざるを得ず、もしものことを考えて短剣だけ腰に佩いた。
「頼んだ」
「おうよ、任せとけい」
いかにも職人だと言わんばかりに捻り鉢巻を頭に結んだ老人がグッと親指を立ててアルフレッドに笑顔を見せた。それにしっかりと頷きを返したアルフレッドを見てから再び街に繰り出すと今度こそ宿を探しにいく。探すといってももう目星は付けてあり街の中でも人気のある宿屋に迷わず足を進めて木製のドアを潜ると帳場に進む。
「……いらっしゃいませ、宿泊希望の方ですか?」
その奥にいた宿屋の女将らしい恰幅のいい女性が怪しい身なりのラファエルを見て目を丸くするがさすがは客商売か、すぐに営業スマイルを貼り付けてハキハキとした声で用件を聞いてくる。
「はい、三泊程お願いしたいんですけど部屋ありますか?僕とこの人の分なんですけど。あと出来ればお風呂が広い部屋がいいです」
金貨の入った袋をじゃら、とテーブルの上に置くと目に見えて女将の顔色が変わった。もう少し付け加えるなら従業員らしき娘たちの視線と黄色い声が自分ではなく後ろに立つアルフレッドに注がれていて些か騒がしい。見た目から接客に厳しいだろうと予想されるほどキツい目をしている女将だが、今は滅多にない上客に部屋を提供するべく帳簿をすごい早さで捲っていたが一番新しいページまで見終えてその肩が落とされるのがわかった。
「……申し訳ありません、丁度部屋が埋まっております。一部屋なら空きがあるんですけど」
「そこでいい」
「え?」
それまで大木のようにラファエルの後ろから動かなかったアルフレッドがずい、と会話に入って来たことで女将の目が丸く開かれる。
「そこの部屋、風呂は広いのか?」
「え、ええ、もちろん」
「ならそこで決まりだ。三日間世話になる」
「ええ、で、ですが寝具が一つしか」
「問題ない。ソファくらいあるだろ」
有無を言わせないアルフレッドの物言いに女将の喉が困惑に震えているのが見て取れてラファエルは肘で隣の男の横っ腹を小突いた。
「すみません、強引で。でも僕たちハンターだし、土じゃないならどこだっていいので良かったらその部屋に泊まらせて貰えませんか?もちろんお代は二人分支払うので」
顔は見えずともラファエルの柔らかい語り口に少し納得したのか女将の表情がキリッとしたものに戻っていくものの「ですが」と更に食い下がろうとする様子にラファエルは被せるように口を開いた。
「それに一刻も早くお風呂入りたいんですよね。お願いしますっ」
言い終わると同時に頭を下げたラファエルに今度こそ女将は仰天して「頭を上げてください」なんて慌てふためきながら部屋の鍵をテーブルに置いた。それを見てから顔を上げたラファエルは満面の笑みで「ありがとうございます」と伝えて鍵を取り、こちらですと案内する宿娘の後を着いて部屋へと向かった。
どれだけ表情をくるくると変えようが全く伝わらないのだが部屋へと向かうその足取りから相当気分が高揚しているのがわかって女将は息を吐き出して、アルフレッドの背中をきゃいきゃいと囀りながら見ている娘たちに視線を向ける。
「何やってるんだいあんたたち!さっさと仕事に戻りな!」
ぴしゃりと雷が落ちたような鋭い声に娘たちは「は~い」なんて気の抜けた声を上げながら蜘蛛の子を散らすように自分の持ち場へと戻っていく。それを見届けてからテーブルに置かれた先程ラファエルが置いて行った袋を開けた女将は、想像以上の金貨の寮にまたしても仰天するのであった。
パタン、と案内された部屋の扉を閉めてすかさず鍵を閉める。一足先に部屋に入り早速ゴーグルとスカーフを取り去った相棒の姿を見てアルフレッドは呆れたように息を吐く。
「おいエル、お前払い過ぎだ。それに貴族があんな簡単に頭下げるんじゃねえよ」
朝野営地から出発する前に軽く結った髪を解いて雑に手櫛を入れている様は貴族には見えないが、それでも瞳に宿る知性やほんの少しの立居振る舞いが彼を一般市民にはさせない。光に照らされた湖のように澄んだ青い目がラファエルを見て、そして人形のように整った顔をあどけなく崩して見せた。
「つい。それにお金を余分に渡したらその分待遇も良くなるんじゃないかな?あの女将さんくすねるような人には見えなかったし、何より今の僕はただのラファエルだから価値なんてみんなと一緒だよ。そもそも五人兄弟の末っ子だから貴族としてもあんまりな感じだし」
「…お前の人を見る目と次は気をつけるって言葉だけはマジで信用してねえんだぞ俺は」
「アルフに出会えた時点で人を見る目はあると思うんだけどなぁ」
アルフレッドの小言を慣れた様子で躱して滑らかな金の髪を靡かせながらラファエルは浴室と思われる場所に足を運ぶ。ガチャ、と扉を開けた後、一拍。
「ちゃんとしたお風呂だー!」
快哉を叫ぶ声がこちらまで聞こえてアルフレッドは息を吐きのそのそと声のした方へと向かい、開け放たれたドアから中を見ればその内装になるほどなと納得したように頷いた。ラファエルの生家であるローデン家と比べると当然劣るが、宿屋でこのクオリティならばあの金の価値はあるかもしれないと顎を指で撫でた。
水の落ちる音がして少し経つと湯気が浴室の中にふわふわと漂い始める。ラファエルは風呂好きというわけではないが衛生面に関しては人一倍敏感なところがある。例えば魔物を狩る時、洞窟に素材採集に行く時、ラファエルはどんな状況下でも必ず夜は肌を清めてから寝る。余程逼迫した状況ではまた別だが。
そして宿屋に訪れる際も必ず最優先事項は風呂があるかどうかだった。旅を始めてまだ思うように稼ぐことができなかった時、数日間体を拭くことしか出来なかったことが多々あるがラファエルはその度に日を追うごとに気分を急降下させていた。その時からなるべく宿では風呂が着いているところを取ってきたし、野営の時も水源を探すようになった。
「アルフも入る?」
懐かしいことを思い出しているとこちらを振り替ええたラファエルが不思議そうに今にもこぼれてしまいそうだと思う目を瞬かせて見ていた。バスタブに溜まった湯も半分を越えた頃で、確かに風呂にゆっくりと浸かるのも久しぶりだなとアルフレッドは頷いた。
「頼んだ」
「おうよ、任せとけい」
いかにも職人だと言わんばかりに捻り鉢巻を頭に結んだ老人がグッと親指を立ててアルフレッドに笑顔を見せた。それにしっかりと頷きを返したアルフレッドを見てから再び街に繰り出すと今度こそ宿を探しにいく。探すといってももう目星は付けてあり街の中でも人気のある宿屋に迷わず足を進めて木製のドアを潜ると帳場に進む。
「……いらっしゃいませ、宿泊希望の方ですか?」
その奥にいた宿屋の女将らしい恰幅のいい女性が怪しい身なりのラファエルを見て目を丸くするがさすがは客商売か、すぐに営業スマイルを貼り付けてハキハキとした声で用件を聞いてくる。
「はい、三泊程お願いしたいんですけど部屋ありますか?僕とこの人の分なんですけど。あと出来ればお風呂が広い部屋がいいです」
金貨の入った袋をじゃら、とテーブルの上に置くと目に見えて女将の顔色が変わった。もう少し付け加えるなら従業員らしき娘たちの視線と黄色い声が自分ではなく後ろに立つアルフレッドに注がれていて些か騒がしい。見た目から接客に厳しいだろうと予想されるほどキツい目をしている女将だが、今は滅多にない上客に部屋を提供するべく帳簿をすごい早さで捲っていたが一番新しいページまで見終えてその肩が落とされるのがわかった。
「……申し訳ありません、丁度部屋が埋まっております。一部屋なら空きがあるんですけど」
「そこでいい」
「え?」
それまで大木のようにラファエルの後ろから動かなかったアルフレッドがずい、と会話に入って来たことで女将の目が丸く開かれる。
「そこの部屋、風呂は広いのか?」
「え、ええ、もちろん」
「ならそこで決まりだ。三日間世話になる」
「ええ、で、ですが寝具が一つしか」
「問題ない。ソファくらいあるだろ」
有無を言わせないアルフレッドの物言いに女将の喉が困惑に震えているのが見て取れてラファエルは肘で隣の男の横っ腹を小突いた。
「すみません、強引で。でも僕たちハンターだし、土じゃないならどこだっていいので良かったらその部屋に泊まらせて貰えませんか?もちろんお代は二人分支払うので」
顔は見えずともラファエルの柔らかい語り口に少し納得したのか女将の表情がキリッとしたものに戻っていくものの「ですが」と更に食い下がろうとする様子にラファエルは被せるように口を開いた。
「それに一刻も早くお風呂入りたいんですよね。お願いしますっ」
言い終わると同時に頭を下げたラファエルに今度こそ女将は仰天して「頭を上げてください」なんて慌てふためきながら部屋の鍵をテーブルに置いた。それを見てから顔を上げたラファエルは満面の笑みで「ありがとうございます」と伝えて鍵を取り、こちらですと案内する宿娘の後を着いて部屋へと向かった。
どれだけ表情をくるくると変えようが全く伝わらないのだが部屋へと向かうその足取りから相当気分が高揚しているのがわかって女将は息を吐き出して、アルフレッドの背中をきゃいきゃいと囀りながら見ている娘たちに視線を向ける。
「何やってるんだいあんたたち!さっさと仕事に戻りな!」
ぴしゃりと雷が落ちたような鋭い声に娘たちは「は~い」なんて気の抜けた声を上げながら蜘蛛の子を散らすように自分の持ち場へと戻っていく。それを見届けてからテーブルに置かれた先程ラファエルが置いて行った袋を開けた女将は、想像以上の金貨の寮にまたしても仰天するのであった。
パタン、と案内された部屋の扉を閉めてすかさず鍵を閉める。一足先に部屋に入り早速ゴーグルとスカーフを取り去った相棒の姿を見てアルフレッドは呆れたように息を吐く。
「おいエル、お前払い過ぎだ。それに貴族があんな簡単に頭下げるんじゃねえよ」
朝野営地から出発する前に軽く結った髪を解いて雑に手櫛を入れている様は貴族には見えないが、それでも瞳に宿る知性やほんの少しの立居振る舞いが彼を一般市民にはさせない。光に照らされた湖のように澄んだ青い目がラファエルを見て、そして人形のように整った顔をあどけなく崩して見せた。
「つい。それにお金を余分に渡したらその分待遇も良くなるんじゃないかな?あの女将さんくすねるような人には見えなかったし、何より今の僕はただのラファエルだから価値なんてみんなと一緒だよ。そもそも五人兄弟の末っ子だから貴族としてもあんまりな感じだし」
「…お前の人を見る目と次は気をつけるって言葉だけはマジで信用してねえんだぞ俺は」
「アルフに出会えた時点で人を見る目はあると思うんだけどなぁ」
アルフレッドの小言を慣れた様子で躱して滑らかな金の髪を靡かせながらラファエルは浴室と思われる場所に足を運ぶ。ガチャ、と扉を開けた後、一拍。
「ちゃんとしたお風呂だー!」
快哉を叫ぶ声がこちらまで聞こえてアルフレッドは息を吐きのそのそと声のした方へと向かい、開け放たれたドアから中を見ればその内装になるほどなと納得したように頷いた。ラファエルの生家であるローデン家と比べると当然劣るが、宿屋でこのクオリティならばあの金の価値はあるかもしれないと顎を指で撫でた。
水の落ちる音がして少し経つと湯気が浴室の中にふわふわと漂い始める。ラファエルは風呂好きというわけではないが衛生面に関しては人一倍敏感なところがある。例えば魔物を狩る時、洞窟に素材採集に行く時、ラファエルはどんな状況下でも必ず夜は肌を清めてから寝る。余程逼迫した状況ではまた別だが。
そして宿屋に訪れる際も必ず最優先事項は風呂があるかどうかだった。旅を始めてまだ思うように稼ぐことができなかった時、数日間体を拭くことしか出来なかったことが多々あるがラファエルはその度に日を追うごとに気分を急降下させていた。その時からなるべく宿では風呂が着いているところを取ってきたし、野営の時も水源を探すようになった。
「アルフも入る?」
懐かしいことを思い出しているとこちらを振り替ええたラファエルが不思議そうに今にもこぼれてしまいそうだと思う目を瞬かせて見ていた。バスタブに溜まった湯も半分を越えた頃で、確かに風呂にゆっくりと浸かるのも久しぶりだなとアルフレッドは頷いた。
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