【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)

文字の大きさ
39 / 90
第二章 ヒノデの国(下)

海神様

しおりを挟む
 雨で全身を濡らしながら走って向かう先は御伽噺の中にも出てきた港。
 時間で言えばまだ昼過ぎだからかどれだけ悪天候でも真っ暗というわけではなく、雨さえ我慢すれば遠くを見ることも可能だった。

 だが町は混乱を極めており、ほとんど半狂乱のように叫びながら少しでも海から離れようと住人が足をもつれさせながら走り、何人かとは肩がぶつかった。ただの言い伝えによる怯えでないということはラファエル達にもすぐにわかった。
 その原因を探ろうと視線を港に向けて、ラファエルは足を止めた。
 自分の目が限界まで開かれるのがわかって、自然と呼吸も止まった。

「おいおいなんだありゃあ」
「冗談でしょ…」

 同じく足を止めたオヅラとマヅラが同じ方向を見て呆然と呟いた。
 本来、魔物というのは何らかの要因で動物が巨大化したものを指す。だからこの世界には空想上の生き物は存在しない筈だった。
 それなのに、今五人の目に映っているのは間違いなくその常識を超えた存在がいて、空に向かってそれが吼える度に応えるように雷鳴が轟いた。
 蛇のようだがその身体はあまりにも大きく、頭部からは鬣のようなものが生えていてそれは背中に当たる箇所にまで続いている。前足だと思われる場所には鋭い爪があり、口からは牙が覗いていた。

「……龍…?」
「…さあな、けどあれが御伽噺の神様だっていうなら納得はいく」

 荘厳ささえ漂わせるその魔物は間違いなく二人が対峙してきた中で一番の個体だった。
 あの巨体が暴れれば確かに町一つ軽く消える。そう思わせるには十分な程、龍は大きい。

「間違いなくS級だ。どうする、五人で相手取るのは得策とは思えねえ」

 S級。その存在こそ最早御伽噺なのではと思っていたが、その存在が目の前にいることにラファエルは固唾を飲んだ。無意識に止めていた息を細く吐き出してアルフレッドの言葉に頷き、硬直しているオヅラを見た。

「…この国に騎士団のような人たちはいますか」
「…いるにはいるがここに来るまでに時間がかかり過ぎる。言い伝え通りあのデカブツがなんかしやがったらそいつらを待ってる間に町が消える」
「…そ、そうは言っても、あんな魔物どうやって…」
「……港から引き離そう」
 「はあ?」と方々から驚きの声が上がって視線がラファエルに集まる。けれどラファエルは頑として譲らなかった。

「港から引き離す。西の方に海岸があったから、そっちに誘き寄せよう。囮は僕がやる」
「駄目だ、俺がやる」
「アルフ」

 雨が降る中二人の視線が交差する。無言のまま睨み合い、折れたのはアルフレッドだった。

「…大丈夫。できるよ」
「……今回はその言葉信じるぞ。先走るなよ」

 ラファエルは頷いた。その顔にいつもの笑みは無い。そのことがこの状況がいかに切迫しているかを物語っていた。

「みんなは先に西の海岸に行ってて」
「あの!」

 杖を強く握ったタリヤが声を上げて視線が集まる。それに少したじろぐがタリヤは一度大きく深呼吸をしてからラファエルを見た。

「オレもラファエルさんと囮側に回るっす。絶対邪魔にはならないようにするんで、お願いします。サポートするんで」

 杖を握る手は震えていたが、その目は真っ直ぐにラファエルを見ていた。けれどとラファエルが答えを発する前にオヅラが息を吐いて腰に手を当てる。

「…心配いらねえよ。コイツはやる時はやる男だ。魔術の腕は俺らが保証する。連れて行って絶対に損はねえ。…タリヤ、気合い入れろよ」
「…はいっ!」
「無事に戻ってきたらキスしてあげるわ」
「あ。それはいいっす」

 この状況で三人は笑っていて、そのことにラファエルは目を丸くしたがすぐに同じように口元を緩めた。
 良いチームだと、素直にそう思う。

「よし、じゃあよろしくねタリヤ君。前には僕が立つから後方支援よろしく。…それじゃあみんな、また後で」

 すらりと鞘から剣を抜いてラファエルは地を蹴った。その後に続いてタリヤも駆け出し、少し経つと二人の背中は雨の中に消えていく。それを見てから残された三人も西の海岸へと駆け出した。空には変わらず雷鳴が轟いている。


 港まであと少しというところでタリヤが口を開いた。

「…なんで、戦おうって思ったんすか…っ?ここ、あなたの故郷でも、なんでもないっすよね?」

 ラファエルの心は酷く凪いでいた。これから間違いなく命の危険が伴う場所に飛び込むというのに穏やかな心地といっても良いかもしれない。

「……似てるんだよ、故郷に」
「え?」
「あと、助けたい人がいるんだ。その人子供ができたんだって。今が間違いなく幸せなのに、それをあんなのに壊されたくないじゃん」

 ここに来てラファエルは完璧に腹を括っていた。
 脳裏に浮かぶおみつの笑顔は、記憶にある姉や母の笑顔とよく似ていた。到底誰にも理解されない感情だが、ラファエルはこう思っていた。
 ようやく僕が助けられる番が来た。
 どんなことをしてでもあの人たちを助けて見せる。たとえ刺し違えてでも。
 ラファエルはスピードを上げた。風を切るように走るその姿を見て、タリヤは本能的に危険を察知した。

「ダメっすよラファエルさん‼︎」

 声は確かに届いていた。けれどそれはラファエルを止める枷にはなり得ず、ラファエルは強大な魔物に向かって足を踏込んだ。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

目指すは新天地!のはず?

水場奨
BL
ケガをして、寝込んで起きたら記憶が2人分になっていた。 そのせいで今までの状況が普通でないと気づいてしまった俺は、新天地を目指して旅立つことにした。……のに、ついてくんなよ!ってか行かせてくんない?! 逃げたい主人公(受)と手に入れたい彼(攻)のお話。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

処理中です...