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第三章
沈黙は肯定になる
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そうして言い出せないまま、その日が来た。
「ラファエル」
手紙を受け取った父の硬い声が名前を呼んで「部屋に来なさい」とだけ伝えられた。その声だけで何が起きたかを悟るのは簡単で、ラファエルは小さく頷いて父の後を追って部屋に入る。
大きな窓から見える空は青く澄み渡っているのに今の心境はどんよりとした雨模様だ。
ラファエルの顔を見てミゲルも事情を察したのか一度だけ息を吐いて机の上に手紙を置いた。
「アンジェリカ様からだ。内容はわかるな」
疑問符もなく続けられた言葉にラファエルはただ頷く。
「…このことをアルフレッドには」
「……言っていません」
ミゲルの中でも予想出来た答えだったのだろう、探るような視線を一度ラファエルに向けただけでそれ以上の詮索はせずただ「そうか」と落ち着いた声で返事をする。
「お前が城に行った日だな、これを提案されたのは」
これ、という言葉と同時に手紙をとんとんと人差し指で叩いた音にラファエルは頷く。
すとんと感情を無くしたような顔でミゲルを見るラファエルに息を吐いて机に肘をついて両手を組み、少し体を乗り出す。
「…アルフレッドには私から言おう」
「え」
それまで光を宿していなかった目に困惑の色が乗るのを見てミゲルは目を細めた。
「今のお前ではアルフレッドと話は出来ない。実際どういうつもりなんだ。この手紙の意味がわからないほどお前は愚かではないはずだよ、ラファエル」
手紙に記されていた内容は以前ラファエルがアンジェリカに言われた内容と変わらない。それを少し丁寧に遠回しに表現したものが入っているだけだ。
「手紙にはもうお前の許可は取ってあると書いてあった。それをどうアルフレッドに説明するつもりだ。お前の口から言えるのか?君を王女にあげることにしたなんて」
「ちが」
「違わないよ、ラファエル。……ああ、すまない。これじゃあダメだな。少し話を戻そう」
ミゲルは一度目を伏せて何かを思案するかのように眉間に皺を寄せた。
「…まず、この手紙にある許可、というのは本当か?」
ゆっくりと瞼を上げ、眉尻を下げて不安そうな顔をしているラファエルを見て少し胸が痛んだ。けれどそれに絆されてあげるにはもうラファエルは大人になりすぎていた。
「…アンジェリカ様の言葉に、何も言い返せませんでした」
はいともいいえとも言っていないと取れるラファエルの言葉にミゲルは益々眉間の皺を深くした。沈黙は肯定となる。ラファエルの言葉を信じるのなら、もうこれでアルフレッドをローデン家に仕えさせることはほぼほぼ不可能だ。
「…なぜかと聞いたら、お前は答えてくれるか?」
ラファエルはぎゅっと唇を噛んで俯いた。それが答えだ。
「…そうか」
す、と一度呼吸をしてミゲルは目を開けた。真っ直ぐとラファエルを見る目はもう父親のそれでは無かった。
「このことは私からアルフレッドに伝える。お前は部屋に戻りなさい」
ラファエルは無言のまま頷いて部屋から出る。扉がパタリと虚しくしまったのを見てミゲルは深く息を吐いてそのまま執務室から自身の寝室へと繋がる扉へ目線を移した。
「もういいぞ、アルフレッド」
扉が開きそこから少し見ない間にまた一段と男を上げた我が子同然の男にミゲルは眉を下げた。
「聞いていたか?」
「一言一句漏らさず」
疲労の滲むミゲルの声とは対照的に張りのある声で答えたアルフレッドの表情には怒りや落胆といった色は全く見受けられない。いつも通りの彼がそこにはいた。
「……私がいうのもなんだが、怒っていないのか?」
「全く。寧ろエルをああした原因と会えるなら願ったり叶ったりです」
「…頼むから穏便に頼むぞ。我が家は自分でいうのもなんだが吹けば飛ぶからな」
「そんなことはしませんよ」
これ以上ない程深い溜息を吐いたミゲルは昨夜のことを思い出した。
手紙が届いたのは昨日の昼だ。王城からのものだと一眼でわかるそれに何事かと驚いたがその内容にはさらに驚かされた。どういう事だと混乱したが数日前の食事の席での出来事を思い出し、そしてラファエルが王城へと出向いて帰って来てからの様子を思えばその内容はなんら不思議ではない。
寧ろこの内容を知っているからこそここ数日のラファエルの様子には納得が出来た。
「だが、何故王女が…」
「さあ。大方Sランクハンターが珍しいからでしょう。だから嫌だったんですよ」
「…本来なら飛び跳ねて喜ぶ栄誉のはずなんだがな、こうなるとそうも言えない」
ミゲルは背もたれに身体を預けた。埃一つなく磨き上げられた木目調の美しい天井を見上げて口を開いた。
「…手紙にはなるべく早くと書いてあった。本来なら今すぐにでも発たせるべきだが、運悪く今我が家の馬は全て出払っている。そうだな、アルフレッド」
「はい、そうですね旦那様」
「馬が戻るのは明日の朝だ。それまでは残念ながらお前はここにいなければならない」
「はい」
短く息を吐いて隣を見たミゲルはすっかり父親の顔に戻っていた。
「…ラファエルを頼んだ」
「言われずとも」
随分と頼もしく成長したアルフレッドに表情が緩みそうになるがそれを咳払いと共に押し留めてやや厳しい顔つきに戻す。けれどその表情が無理矢理作られたものだなんてことはミゲルと付き合いがある者は大体わかっていた。
「だがな、アルフレッド」
「はい」
「ラファエルはまだやらん」
「はい、まだ」
二人は顔を見合わせ、アルフレッドはしたり顔で笑ってミゲルはなんとも言えない複雑な顔をした。
「ラファエル」
手紙を受け取った父の硬い声が名前を呼んで「部屋に来なさい」とだけ伝えられた。その声だけで何が起きたかを悟るのは簡単で、ラファエルは小さく頷いて父の後を追って部屋に入る。
大きな窓から見える空は青く澄み渡っているのに今の心境はどんよりとした雨模様だ。
ラファエルの顔を見てミゲルも事情を察したのか一度だけ息を吐いて机の上に手紙を置いた。
「アンジェリカ様からだ。内容はわかるな」
疑問符もなく続けられた言葉にラファエルはただ頷く。
「…このことをアルフレッドには」
「……言っていません」
ミゲルの中でも予想出来た答えだったのだろう、探るような視線を一度ラファエルに向けただけでそれ以上の詮索はせずただ「そうか」と落ち着いた声で返事をする。
「お前が城に行った日だな、これを提案されたのは」
これ、という言葉と同時に手紙をとんとんと人差し指で叩いた音にラファエルは頷く。
すとんと感情を無くしたような顔でミゲルを見るラファエルに息を吐いて机に肘をついて両手を組み、少し体を乗り出す。
「…アルフレッドには私から言おう」
「え」
それまで光を宿していなかった目に困惑の色が乗るのを見てミゲルは目を細めた。
「今のお前ではアルフレッドと話は出来ない。実際どういうつもりなんだ。この手紙の意味がわからないほどお前は愚かではないはずだよ、ラファエル」
手紙に記されていた内容は以前ラファエルがアンジェリカに言われた内容と変わらない。それを少し丁寧に遠回しに表現したものが入っているだけだ。
「手紙にはもうお前の許可は取ってあると書いてあった。それをどうアルフレッドに説明するつもりだ。お前の口から言えるのか?君を王女にあげることにしたなんて」
「ちが」
「違わないよ、ラファエル。……ああ、すまない。これじゃあダメだな。少し話を戻そう」
ミゲルは一度目を伏せて何かを思案するかのように眉間に皺を寄せた。
「…まず、この手紙にある許可、というのは本当か?」
ゆっくりと瞼を上げ、眉尻を下げて不安そうな顔をしているラファエルを見て少し胸が痛んだ。けれどそれに絆されてあげるにはもうラファエルは大人になりすぎていた。
「…アンジェリカ様の言葉に、何も言い返せませんでした」
はいともいいえとも言っていないと取れるラファエルの言葉にミゲルは益々眉間の皺を深くした。沈黙は肯定となる。ラファエルの言葉を信じるのなら、もうこれでアルフレッドをローデン家に仕えさせることはほぼほぼ不可能だ。
「…なぜかと聞いたら、お前は答えてくれるか?」
ラファエルはぎゅっと唇を噛んで俯いた。それが答えだ。
「…そうか」
す、と一度呼吸をしてミゲルは目を開けた。真っ直ぐとラファエルを見る目はもう父親のそれでは無かった。
「このことは私からアルフレッドに伝える。お前は部屋に戻りなさい」
ラファエルは無言のまま頷いて部屋から出る。扉がパタリと虚しくしまったのを見てミゲルは深く息を吐いてそのまま執務室から自身の寝室へと繋がる扉へ目線を移した。
「もういいぞ、アルフレッド」
扉が開きそこから少し見ない間にまた一段と男を上げた我が子同然の男にミゲルは眉を下げた。
「聞いていたか?」
「一言一句漏らさず」
疲労の滲むミゲルの声とは対照的に張りのある声で答えたアルフレッドの表情には怒りや落胆といった色は全く見受けられない。いつも通りの彼がそこにはいた。
「……私がいうのもなんだが、怒っていないのか?」
「全く。寧ろエルをああした原因と会えるなら願ったり叶ったりです」
「…頼むから穏便に頼むぞ。我が家は自分でいうのもなんだが吹けば飛ぶからな」
「そんなことはしませんよ」
これ以上ない程深い溜息を吐いたミゲルは昨夜のことを思い出した。
手紙が届いたのは昨日の昼だ。王城からのものだと一眼でわかるそれに何事かと驚いたがその内容にはさらに驚かされた。どういう事だと混乱したが数日前の食事の席での出来事を思い出し、そしてラファエルが王城へと出向いて帰って来てからの様子を思えばその内容はなんら不思議ではない。
寧ろこの内容を知っているからこそここ数日のラファエルの様子には納得が出来た。
「だが、何故王女が…」
「さあ。大方Sランクハンターが珍しいからでしょう。だから嫌だったんですよ」
「…本来なら飛び跳ねて喜ぶ栄誉のはずなんだがな、こうなるとそうも言えない」
ミゲルは背もたれに身体を預けた。埃一つなく磨き上げられた木目調の美しい天井を見上げて口を開いた。
「…手紙にはなるべく早くと書いてあった。本来なら今すぐにでも発たせるべきだが、運悪く今我が家の馬は全て出払っている。そうだな、アルフレッド」
「はい、そうですね旦那様」
「馬が戻るのは明日の朝だ。それまでは残念ながらお前はここにいなければならない」
「はい」
短く息を吐いて隣を見たミゲルはすっかり父親の顔に戻っていた。
「…ラファエルを頼んだ」
「言われずとも」
随分と頼もしく成長したアルフレッドに表情が緩みそうになるがそれを咳払いと共に押し留めてやや厳しい顔つきに戻す。けれどその表情が無理矢理作られたものだなんてことはミゲルと付き合いがある者は大体わかっていた。
「だがな、アルフレッド」
「はい」
「ラファエルはまだやらん」
「はい、まだ」
二人は顔を見合わせ、アルフレッドはしたり顔で笑ってミゲルはなんとも言えない複雑な顔をした。
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