【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)

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第三章 

わからない

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 トントン、ノックの音にラファエルの意識は浮上した。
 けれど部屋は暗く、そこでラファエルはもう夜になっていることを悟った。父から部屋に戻れといわれソファに腰を下ろしたところまでは覚えているがそれ以降の記憶が無く自分が今まで寝ていたのだとわかって、数秒ほど朧げだった思考が一気に晴れてそして焦りで心臓が大きく脈打った。
 夜、夜だ。

 ──もう、行ってしまったかもしれない。

 その考えに慌てて立ち上がったとこでもう一度ノックの音がした。
 早く聞かなくてはと足早に扉に駆け寄り勢い良く扉を開け放って、ラファエルはこれ以上ないほど目を丸くした。

「起きたか、エル。顔色良くなったんじゃないか?」

 穏やかな低音、優しい赤い目、そこにいるはずのない人物にラファエルは動けなくなった。

「……な、なんで…?」
「ん?」

 緩く首を傾げたアルフレッドが目を細めて一歩前に進み、ラファエルは一歩後ろに下がる。それを二、三回繰り返すと扉が閉まる音が聞こえて、ガチャンと鍵の掛かる音もした。
 部屋は暗く、頼りになるのは月明かりだけ。それでもラファエルからはアルフレッドの顔が良く見えて、その表情がどこか楽しげなのが理解出来ずさらに困惑した。

「…運悪く馬が全部出払っててな、明日発つことになった」

 ラファエルは首を振った。そんなことあるわけがない。

「…なんだ、俺はもういない方がよかったか?」

 楽しげな顔のままこともなげに告げられた言葉にラファエルはほとんど反射で口を開いた。

「そんなわけないだろ!」

 叫びにも似た声に誰よりもラファエル自身が一番驚き、片手で口を押さえてその場に座り込んだ。今の言葉を訂正すべきかどうかすらラファエルには分からない。
 もう頭がぐちゃぐちゃだった。

「エル」

 すぐ側でアルフレッドが膝をついた。ふわりと慣れた香りが届いたと同時に力強く抱き締められる。

「旦那様から聞いた。少しお前の側を離れる」

 耳朶に触れる吐息が熱くて、囁かれた言葉があまりにも辛くて、ラファエルは目の奥が痛くなる。けれどそんな感情を持つ資格なんて自分にはないのだ。あの時ラファエルは拒めなかった、アンジェリカに負けたのだ。だからこんな気持ちを抱くなんて間違っている。
 離れ難いなんて、寂しいなんて、思ってはいけないのに。

「……いやだ…」

 引きつるような声だった。

「…嫌だ、嫌だよ、いかないで…」

 まるで子供みたいな駄々を捏ねてラファエルは文字通りアルフレッドに縋り付いた。

「いかないで」
「エル、泣くな」

 幼い子供をあやすようにアルフレッドの手がラファエルの背中を撫でる。

「少し離れるって言っただろ。絶対に戻って来る」

 ラファエルは首を横に振った。そんなこと出来るはずがない、相手は王女で、本物のラファエルだ。アルフレッドを記憶の扉をこじ開ける鍵にする程想っている人がそう簡単にアルフレッドを手放すわけが無い。

「……こんなお前は初めてだ。そんなに俺と離れるのが嫌か?」
「、何、当然のこと言って」

 とめどなく流れてくる涙を拭うこともせず少しだけ身体を離してアルフレッドを見ると、その表情にこんな状況なのに心臓が高鳴るのを感じた。
 もう会えなくなるかもしれないのに、これが最後かもしれないのに、これ以上ないほど嬉しそうな顔をしたアルフレッドがそこにいてラファエルは泣きながら混乱した。

「な、なんでそんな顔…っ、もう、会えないかもしれないのに」
「お前が初めて俺に独占欲を見せてくれたから。惚れた奴に泣きながら行かないでっていわれて喜ばねえ男がいると思うのか?」
「…そんなこと、言ってる場合じゃ」
「エル、大丈夫だ」

 ラファエルの右手が頬に触れて今も流れ落ちる涙を指先で拭う。少しカサついた皮膚が擦れて少しだけ痛みを感じるが、それすらラファエルには大切な感覚だった。

「言っただろ、俺は何があってもずっとお前の隣にいるって」

 ヒノデの国から戻る船の上で言われた言葉を一言一句違わず伝えるアルフレッドにまたラファエルの目頭が熱くなって壊れた蛇口のように涙がぼろぼろと溢れる。それに心底嬉しそうに表情をくしゃりと歪めてアルフレッドが笑うから、今度は胸が切なく締め付けられた。

「エル、愛してる。俺が生涯を懸けて側にいたいと思うのはお前だけだ」

 ラファエルはその想いに応える言葉を持たない。
 けれどその言葉が今何よりも嬉しくて、どうしようもなく苦しい。
 心は果てがない程アルフレッドを求めて止まないのに、そうじゃない部分が手綱を引く。

 アルフレッドの想いがとても嬉しいと思う、天にも昇る気持ちだとさえ。けれどラファエルは分からないのだ。
 今この感情が自分のものなのか、記憶にあるラファエルのアルフレッドに対する気持ちをただ引き継いでいるだけなのかわからない。ヒノデの国で確かにラファエルは変わろうと決意した、だから改めて自分に向き合おうとした。
 けれど、本物と出会ってしまった。

 彼女のアルフレッドに対する執着とも取れる愛を前にラファエルは自信を喪失したのだ。
 アンジェリカとして誇りを持ち胸を張っている彼女がラファエルにはとても美しく見えた。その運命を受け入れ、ただ前に進む姿が羨ましいとすら思った。
 それに比べて自分はどうだ。

「アルフ…」

 いかないで、馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返す言葉はアルフレッドの唇によって遮られた。
 この温もりだって、本当なら本物のラファエルが感じるべきものだったのかもしれない。そう思うと罪悪感でどうにかなりそうだった。


 そうして翌日アルフレッドは城へと向かい、そして帰って来なかった。
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